布袋寅泰の才気ほとばしる「GUITARHYTHM」"90年代ロックンロール" の大胆な提示  1988年 10月5日 布袋寅泰のファーストソロアルバム「GUITARHYTHM」がリリース

満を辞してこだわり・美学を詰め込んだ布袋寅泰「GUITARHYTHM」

BOØWYの活動中期以降、布袋寅泰はギタリストやコンポーザーのみならず、プロデューサーとしても辣腕を振るい続けた。サードアルバム『BOØWY』(1985)製作時に佐久間正英からスタジオワークの基礎を吸収した彼が、和製ニューウェイブの名盤『JUST A HERO』(1986)、バンドのルーツである'80s初頭〜それ以前の影響源を取り込んだ『BEAT EMOTION』(1986)、総決算にして同時代のUKギターロック〜一部でHR/HM的なヘヴィネスも垣間見える『PSYCHOPATH』(1987)といった三者三様の名盤にプロデューサーとして多大な貢献を果たしたことはファンの方にはお馴染みのことだろう。

そうした彼のファーストソロ作『GUITARHYTHM』(1988)は、当人曰く「1枚のレコードを作ることに、それこそジャケットひとつのことまでも、ドップリ浸かってドップリ終わること」を目標に掲げた作品であり、実際に細部に至るまで彼のこだわり・美学が詰まっている。

自信に満ちた声明文と“ほぼ一発録り”の裏にある緻密な仕事

リリース当時の彼の自信に満ちた声明文は、ふんだんな固有名詞も相まって今なお非常に刺激的だ。以下はその一部抜粋である。

「そろそろ90年代ロックンロールの幕開けというべきロックンロールを提示しなくてはいけない時期が来た」

「テーマは【スピード】【リフレイン】【メロディ】【コンピュータ】【パンク】の5つに集約されている。わかりやすく言うとセックス・ピストルズのギタリストとジグ・ジグ・スパトニックのリズム隊をバックに、エディ・コクランがビートルズの歌を赤いスーツを着て歌うということだ」

この意匠の大部分は、2曲目のエディ・コクラン「C'MON EVERYBODY」のカバーに表れている。曲自体が破綻しかねないほど各パートにエディットをかけまくり、マシンビートで疾走する超高速ロックンロール―― というとアンダーグラウンドな香りも漂うが、濁りのない明るくくっきりした音作りは確実に1988年の音楽市場のマナーに沿ったものでもある。

この曲をはじめ、本作はほぼ全編 "ギターとマシン演奏の一発録り" という潔いエピソードの一方、ギターは全てライン録音であり、そこから緻密なポストプロダクションで磨き上げられ成立している。この点は『BOØWY』『JUST A HERO』でも彼を支えた名エンジニア、マイケル・ツィマリングの貢献も大きいだろう。

Spotify:布袋寅泰「C'MON EVERYBODY」

Spotify:Sigue Sigue Sputnik「Love Missile F1-11」

ホッピー神山・藤井丈司と育んだ、ダークで耽美的な世界観

本作で全編のキーボードを務めたホッピー神山は国外でもその名を知られた日本屈指のニューウェーブバンド、PINKのメンバーである。布袋は彼らのファーストアルバム『PINK』(1985)で2曲のギターを務めた経験があり、神山もBOØWY時代の『BEAT EMOTION』へ参加するなど、この時点でお互い知己の存在であった。

また、プログラミングを勤めた藤井丈司は元・YMOのテクニカルアシスタントであり、当時最先端のエディットワークが詰まったサザン『KAMAKURA』(1985)への参加でも知られる人物だ。本作の数ヶ月前にリリースされた桑田佳祐のソロ初作『Keisuke Kuwata』(1988)にも携わっており、打ち込みの造りに親和性が見られるのも面白い。

彼らの持ち味は、ニューエイジ的なシンセが印象的な「MATERIALS」や「WIND BLOWS INSIDE OF EYES」などで顕著に見られる。特に後者は、サビ以外がドイツ語のポエトリーリーディングで構成されている(しかも読んでいるのは布袋ではない)というユニークな楽曲。ダークで耽美的なムードを纏ったまま妖しくメロディアスなサビへと流れ込むさまは、スイスのエレポップバンドであるYelloの諸作も彷彿とさせる… と思ったところで人を喰ったようにジャズ的な4ビートに切り替わりエンディング(かつアナログA面ラスト)を迎える編曲は、布袋の才気がほとばしる本作の隠れたハイライトだろう。

Spotify:布袋寅泰「WIND BLOWS INSIDE OF EYES」

Spotify:Yello「Lost Again」

宇野亜喜良を起用、アートワークの存在感にも注目

本作は格調高いストリングスをフィーチャーしたトラックが1曲目および最終曲に配されている。この2曲でデジタルロックの楽曲群をサンドしたハイセンスな構成も、宇野亜喜良による超然とした佇まいのアートワークの前では不思議と納得させられてしまうところがある。それまで寺山修司の舞台や宣伝美術の仕事で知られた宇野をロックアルバムに起用した点でも本作は画期的であり、これをきっかけの一つとして宇野は後年、SHAKALABBITSやBUCK-TICK、椎名林檎などの作品も手がけるようになっていった。

アートワークの存在感をはじめ “架空のサウンドトラック” というコンセプトに恥じない奥行き・振れ幅・特異性を持った本作は “売れっ子バンドマンの華々しいソロデビュー作” というよりも、現代の先鋭的インディーレーベルからひっそりとリイシューされたり、好事家の間でオリジナル盤レコードが数万円で取引されたり…… といったカルト名盤に通ずる匂いに満ちている。

UKでのシングル「DANCING WITH THE MOONLIGHT」の売上次第で可能性があった本格的な海外進出が果たせなかったことは今にすれば大変残念だが、この異様に硬派かつストレンジなアルバムは今後本格的に再評価・再解釈の機会を得るべきだろう。この先にあり得た、例えば「POISON」や「バンビーナ」の彼とは異なる “幻のカルトスター路線” に思いを馳せずにはいられない作品だ。

カタリベ: TOMC (トムシー)

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