大議論を呼んだゲーム条例 パブコメの“闇”も突いた地方テレビ局の執念 KSB瀬戸内海放送(2020年〜) [ 調査報道アーカイブス No.35 ]

◆「ゲーム条例」の裏に潜んでいたパブコメの闇

ネット・ゲーム依存症対策条例、俗に言う「ゲーム条例」が香川県で施行されたのは、2020年4月だった。罰則はないが、18 歳未満の子どもたちに対し、ゲームの利用時間を「1日60分(休日90 分)まで」とする目安が盛り込まれている。全国で初めての制定であり、一時は大きなニュースになった。「ネット中毒」「ゲームのやりすぎ」が深刻な問題になっているとはいえ、「家庭内でのことにまで行政権力が介入するのか?」といった批判が噴出し、大きな議論を呼んだ。

この条例が全国的に注目された背景には、香川・岡山両県をエリアとするKSB瀬戸内海放送の一連の調査報道がある。一番大きな影響を与えたのは、パブリックコメントの「水増し」問題とそのウラを暴いていく調査報道だろう。

条例の本格審議を前にして、香川県議会は2020年2月まで条例の素案に対するパブコメを求めた。 集まった意見は合計2686件。このうち、84パーセント、2269件が条例に「賛成」だったとされた。他方、ゲーム事業者は賛成0件、反対67件などとなった。ところが、具体的にどんな意見が集まったのか、議会が詳細を明らかにしようとしない。「概要」のみが議員に伝えられ、詳細は採決の後に公表するという。「パブリックコメントに寄せられた多くの意見についてほとんど検討が行われていないというのが実態ではないでしょうか」(自民党議員)、「非公開、議事録がないなど、県民不在の秘密会議とまで批判されています」(共産党議員)といった異論が渦巻く中、それでも議事は進行し、同年3月18日、ゲーム条例は原案通り可決された。

数々の問題を抱えた問題であっても、ふつうのパターンだと、おそらく取材はここで終わるのではないか。しかし、KSB瀬戸内海放送の取材チームは違った。4月1日の条例施行後もこの問題の取材を継続し、事実に基づいて疑義を唱えることをやめなかった。

「ゲーム条例のパブコメ「原本」が開示 多数を占めた賛成意見「全く同じ文章」が何パターンも」と伝えたのは、4月13日である。公開されていなかったパブコメの「原本」をKSB瀬戸内海放送の記者が情報開示請求で入手し、内容を分析したところ、文面が同一、しかも1行のみといった賛成意見が山のように出てきたのだ。入手したパブコメはA4用紙で4186枚分。その中身は、当時の番組はこう伝えている。

(記者) 「現在、寄せられた意見の仕分けをしているんですが、メールで寄せられた賛成意見にはいくつかのパターンがあることが分かりました。同じものを重ねています。例えばこちら。『条例通過により明るい未来を期待して賛成します。賛同します』といったほぼ同じ文言の、1行だけの文章が多く寄せられています」

KSBの集計によると「皆の意識が高まればいい」という内容が173通、「明るい未来を期待して…」が140通、「ネット、ゲームが子供達に与える影響様々ですので、賛成」が136通と、特に多くなっています。

(記者) 「こちら、メールで寄せられた意見なんですが、パブリックコメントへの意見賛成いたします。という全く同じ文面、改行のスペースまで同じのものがたくさんあります。送信日時を見てみますと、2月1日の11時21分、21分、22分、22分、23分…と、短い時間に相次いで送信されていることが分かります」


KSB瀬戸内海放送の記者たちはその後も取材を続け、条例に賛成の意見は同一のパソコンから連続的に投稿されていた疑いが濃厚であること、投稿文には雛形があったことなどを突き止めていく。しかも意見の中には、「依存症」が「依存層」に、「ご感想」が「ご感て想」に、という同じ誤字がそれぞれ20件以上もあった。同一のパソコンから同一人物が連続投稿した証左とも言える。

◆「今までの調査報道と比べて特筆されるものではない」と記者は言うが…

ゲーム条例の問題はその後、条例制定プロセスを検証する委員会の設置を求める意見が3会派から出たが、議長は拒否。さらに住民からの同様の陳情も否決された。一方、条例そのものが憲法の保障する基本的人権に抵触するのではないか、という声も強まった。弁護士らが次々と反対の見解を表明したほか、香川県内の高校生は「条例は基本的人権を侵害するもので憲法違反」だとして、同年9月、県を相手に提訴。裁判は今も高松地裁で続いている。

取材の中心にいたKSB瀬戸内海放送の山下洋平記者は「地方メディアの逆襲」の中で、松本創氏のインタビューに対し、こう語っている。

「一連の報道への反響は特にネット上で大きくて、もちろん注目していただけるのはありがたいんですけど、自分としては、今までやってきた調査報道と比べて、特筆されるものとは思ってないんです。情報公開請求は普通に使う取材手法ですし、だからこそ他の新聞社もやっている。不審なパブコメを見つけたといっても、誰が見ても一目瞭然でしたから。まあ、記者の基本動作を丹念にやったという感じでしょうか」

施行後もその是非が問われる異例のゲーム条例。それが導入されたのはなぜか。条例の中身と制定過程の問題点について検証する一連の放送は、地方メディアの意地を見せつけるかのような、見事な調査報道だった。一連の経緯を余すことなく示したドキュメンタリー番組「検証・ゲーム条例」は2021年の「日本民間放送連盟賞」のテレビ報道番組部門で優秀賞を受賞した。その際、こう評されている。

「番組は、情報公開請求で開示されたパブリックコメントの原本を用いて賛成意見の水増し疑惑を詳細に伝える。さらに施行後も問われる科学的根拠の希薄さ、法令が家庭生活に介入することの是非、制定過程への疑問などについて、さまざまな声を集め、多角的に検証している。丁寧な取材で俗信を振りかざす地方議会の劣化を浮かび上がらせ、制定を誘導した疑惑に対する問題意識からも報道機関の役割と責任を感じさせる調査報道として秀逸である」

■参考URL

「検証・ゲーム条例」(KSB瀬戸内海放送制作、youtube)

「ゲーム条例」報道に関する特設ページ(KSB瀬戸内海放送)

FM東京のレギュラー番組「TOKYO SLOW NEWS(フロントラインプレス協力)」から。KSBの山下洋平記者が出演「ネット・ゲーム依存症対策条例」(2020年7月7日放送)

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