<南風>李小龍と暮らせば

 「一九六五年以前に生まれた男子で、ブルース・リーの真似をしたことのない人はいるのだろうか」。敬愛する映画評論家、芝山幹郎著『映画一日一本 DVDで楽しむ見逃し映画365』(朝日文庫)の「燃えよドラゴン」の冒頭記述。 わたしは無類の「格闘技オタク」であり、小学校の頃から「プロレス&ボクシング」、「ゴング」の両誌を定期購読していた。格闘技の見巧者を自認していた高校生もあの李小龍(ブルース・リー)のアクションには心底度肝を抜かれたし、あまりにも流布した台詞「Don’t think.Feel!(考えるな。感じろ!)」は、怪鳥のような雄叫(おたけ)びと深淵な警句がない交ぜになって実に痺(しび)れたものだ。

 ところで映画の原題は「Enter the Dragon」になっている。このコラムを書くまでは意識しなかったが、これは脚本のト書きの表現法でドラゴン登場のような意味らしい。

 ト書きと言えばわたしは大の戯曲好きで、井上ひさしの被爆者を扱った不朽の名作『父と暮らせば』(同名の映画も傑作です)のパロディで『牛と暮らせば』というトホホ作を書いた。『養牛の友』という専門誌に3年余り連載していたエッセーの一編で、怠惰で好色な牛飼いの青年が放蕩の限りを尽くし、不適切な飼養管理で新生子牛を緑膿菌性の化膿性臍帯(さいたい)炎で死なせるといった設定。死亡した子牛が亡霊となって飼い主の枕元に現れ、広島弁で不憫(ふびん)な彼の言動を赦(ゆる)し諭し、励ますという構成だった。

 そう言えば、わが鳥取大学の同窓にも、李小龍に同化していた奇矯な御仁がいた。同じ学生アパートで共に国費留学生として1年間辛苦と懶惰(らんだ)を貪(むさぼ)りつつ暮らした先輩がそうである。

 ひょっとしたら県立中部病院小児科医療部長の小濱守安さんは、診察前の気合入れに「アチョー!」と発しているのだろうか。

(又吉正直、日本獣医師会 学術・教育・研究委員会委員)

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