横浜・鶴見川、最近おとなしい「暴れ川」 流域は過密地、40年の治水成果…気候変動で残る水害リスク

流域の市街化が進んだ鶴見川の下流部。大きく蛇行しており、氾濫が起きやすいとされる=横浜市鶴見区

 横浜、川崎市内などを流れ、流域の市街化が著しい1級河川の鶴見川。かつては氾濫を繰り返し、「暴れ川」と呼ばれたが、最近は大規模な水害が発生していない。関東や東北で記録的な豪雨となった2019年10月の台風19号(東日本台風)の際も堤防からあふれることはなかった。

 全国に先駆けて実施され、昨年40年を迎えた「総合治水」の成果だが、戦後最大だった1958年の狩野川台風規模の洪水には今なお対応できていないとされ、激しい雨の増加が見込まれる気候変動への本格的な対策もこれからだ。

◆人口密度1位

 「流域内人口密度が全国の1級河川の中で最も高い鶴見川の社会・経済的重要性を踏まえると、治水安全度の確保は十分ではない」

 10月半ば、下流部を管理する国土交通省京浜河川事務所(横浜市鶴見区)で行われた鶴見川水系河川整備計画の「点検」。水文や生態学、都市防災などの専門家らに、これまで取り組んできた河道掘削や堤防整備などの状況を説明した。

 「国土交通省管理区間については、目標である戦後最大の狩野川台風規模の洪水を安全に流下できない状況」「東京都、神奈川県、横浜市管理区間については、時間雨量50ミリを満足しているが、さらなる安全度向上が望まれている」

 整備計画は2007年に策定され、おおむね30年を期間とする。対策上の目標である1958年の狩野川台風では流域の平均雨量(2日間)が343ミリに達し、2万戸以上が浸水。その後も高度経済成長期を中心に台風などでたびたび増水、氾濫したが、国の管理区間では82年の洪水を最後に、堤防を越えてあふれる「外水氾濫」の被害は確認されていないという。

◆台風では調整池が活躍

 紙一重だったのは、2019年の東日本台風だ。

 同事務所によると、市街地に降った雨が排水能力を超えてあふれる「内水氾濫」は起きたが、鶴見川流域の平均雨量は288ミリ。似たような進路だった狩野川台風を上回ることはなかった。

 その一方で、東日本台風の際は、流域の雨水をためる機能が注目された。

 日産スタジアム(横浜市港北区)のある多目的遊水地(貯水容量390万立方メートル)では、増水した鶴見川の水約94万立方メートルを一時的に貯留。スタジアムは高床式で浸水せず、台風上陸翌日にラグビーワールドカップの試合が実施された。

 この時の貯水量は03年の運用開始後、3番目に多く、鶴見川の水位を30センチほど下げる効果があったという。

 加えて、多目的遊水地とは別に流域の各所に整備された約5千カ所の調整池などで、約279万立方メートルもの雨水をため込んだ効果も大きかった。東京都町田市の源流部にある「保水の森」も、下流の水害抑止に力を発揮した。

◆氾濫の恐れはなお残る

 こうした流域全体で多様な手法を組み合わせることが、鶴見川で1980年から展開されてきた「総合治水」の考え方だ。東日本台風などを受けて国が打ち出した「流域治水」の先例として、近年再び脚光を浴びている。

 ただ、狩野川台風の頃に約10%だった流域の市街化率は今、85%を超え、人口も約200万人と約4倍に増えた。

 森林や農地の減少で保水力が低下し、降雨後に水位が上昇のピークを迎えるまでの時間が短くなっている。狩野川台風クラスが来襲すると、氾濫する恐れは今もある。

 加えて今後は地球温暖化に伴う台風の強大化や豪雨災害の激化で、水害リスクがさらに高まるとみられている。

 河川整備計画の点検ではこうした背景を考慮し、「流域内の関係機関との連携を図り、流域全体での取り組みを促進していく」と強調。計画の見直しを検討する姿勢も示した。

 点検のために開催された鶴見川流域水委員会の委員で、源流の保全などに長年力を注いできた慶応大の岸由二名誉教授は「社会情勢が変化し、急激な都市化から温暖化への対応に視点が切り替わりつつある。時代が変わったという認識で考えていくべきだ」と指摘する。

◆鶴見川
 源流は東京都町田市。横浜市鶴見区の河口から東京湾に注ぎ、全長は42.5キロ。流域面積は235平方キロ。矢上川や鳥山川、早淵川、恩田川などの支流があり、国と東京都、神奈川県、横浜市が管理を分担している。流域の形が動物のバクに似ていることから「バクの川」とも呼ばれる。

© 株式会社神奈川新聞社