複数部位のがんを血液検査で同時に診断・鑑別可能なDNA検査パネルの作成に成功 名古屋大ら

 がんの適切な早期発見と医療介入の鍵となる原発臓器の特定を、血液検査や尿検査といった簡便な手段でできるようになる可能性が出てきた。日本の研究グループが、細胞のがん化プロセスのひとつである「DNAメチル化」に着目した検査パネルを開発したところ、27種のがんについて高精度に特定できることを発見した。また血液中の腫瘍由来のDNA(ctDNA)を検査することでも、いくつかの部位のがんについては同様の結果を得られたとしている。

がん化におけるDNAの「シトシンメチル化」に着目

 成果を発表したのは、名古屋大学大学院医学系研究科消化器外科学の清水大助教・小寺泰弘教授、東京大学アイソトープ総合センターの谷上賢瑞特任准教授・秋光信佳教授、名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学の松井佑介准教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカ ル情報生命専攻の波江野洋特任准教授、九州大学病院別府病院外科の三森功士教授らのグループ。

 近年、血液中に漏れ出た腫瘍由来の DNA(circulating tumor DNA(ctDNA))が、悪性腫瘍の検査対象として注目され、血液検査による侵襲性の少ない検査技術の確立が急がれている。しかし悪性腫瘍で起こる遺伝子変異のほぼ全ては様々な悪性腫瘍で共通してみられるため、どの臓器に悪性腫瘍があるかを診断することは困難とされている。その一方で、がん化の重要なプロセスと言われる「DNAのメチル化(シトシンメチル化)」には臓器特異性や腫瘍特異性があると先行研究で指摘されており、今回研究グループはこの現象を検査対象とする診断パネルの開発に取り組み、その有効性を検証した。

 具体的には、公共データベースに登録されている28 種類の悪性腫瘍の合計7950症例から得られた、約450,000ヵ所の DNAメチル化データを比較解析することで、27種類の悪性腫瘍それぞれで特徴的にメチル化されているシトシンを抽出。707 症例における正常組織のDNAメチル化データと比較し悪性腫瘍に特徴的な異常メチル化に絞った上で、さらに、採血での診断に用いるため、健常者95例の全血DNAメチル化データと比較。最終的に2,572 ヵ所のDNAメチル化部位を解析するメチル化パネルを作成した(図1A)。作成した検査パネルは、がん組織に特徴的なDNAメチル化部位を抽出できなかった1つの悪性腫瘍を含む28種類の悪性腫瘍を明確にクラスタリングすることが可能だった(図1B)。さらに、 27種類の悪性腫瘍に関して、症例分布をβ分布による確率密度曲線に落とし込み、擬陽性と偽陰性が最小となる DNA メチル化値をその 悪性腫瘍存在診断の閾値として設定したところ、高い感度と特異度をもって27種類の悪性腫瘍を 診断可能であることが確認できた(図1C)。

 次に、自施設で入手した検体を用い、作成したメチル化パネルの診断能を検証した。まず乳がん (BRCA)・大腸がん(COADREAD)・胃がん(STAD)の凍結組織検体を対象にDNAメチル化状態を調べてメチル化パネルに当てはめたところ、ほぼすべての検体で該当する悪性腫瘍として診断可能だった(図2A)。メチル化パネルの作成に使用した公共データベースは、主に欧米人のデータで構成される一方、検証に用いた自施設での検体は日本人検体であるため、作成したメチル化パネルは人種によらず使用可能であることが示唆された。大腸がん(COADREAD)症例の原発巣組織と転移巣組織を用いた検討では、検体の種別の違いで判別能に差が出るか検証。原発巣については凍結組織検体、転移巣は常温で保存されたパラフィン包埋検体を用い、高速シークエンサーによりDNAメチル化を検出した。その結果、転移巣ではやや精度が落ちるものの、ほとんどの検体を大腸がんとして診断可能であることが確かめられ、組織検体の保存法や DNAメチル化検出手法によらずにメチル化パネルが適応可能であり、転移巣を用いた解析でも原発臓器を識別可能であることが示された(図2B)。最後に、大腸がん(COADREAD)患者8症例において、同一症例の同時複数箇所 から検体を採取した凍結組織検体 (多領域生検検体) を対象にDNAメチル化状態を調べたところ、その結果、ほぼすべての症例において大腸がん組織は大腸がんと診断され、正常組織と大腸がん組織を完全に区別できただけでなくクラスタリングも行えた(図2C)。この結果から、作成したメ チル化パネルの診断能は腫瘍内不均一性の影響を受けにくいことも示せたという。

 最後に、公共データベースから悪性腫瘍患者の血液検体メチル化データを入手し、作成したメチル化パネルが ctDNA を対象とした採血検査に応用可能か検証した。健常者・乳がん(BRCA)・大腸がん (COADREAD)・肺がん(LUAD/LUSC)患者の血液検体を用いた検証では、健常者での擬陽性率はわずか 3.7%であり、乳がん(BRCA)・大腸がん(COADREAD)はほとんどの症例で診断可能だった(図3A)。一方、肺がん症例の血液検体では、血液中に含まれる ctDNA の 5 量が少ないことが原因で肺がんとして検出することが難しかった。最後に、原発不明がん患者の血液データを対象に、メチル化診断パネルにより原発巣推定が可能であるか検証したところ、診断パネルを用いた原発巣推定は、臨床経過から予想された原発巣と概ね一致した(図3B)。

 研究グループでは、ctDNA のメチル化解析技術の開発が進めば、将来的に1回の採血で最大 27 種類の悪性腫瘍が診断できる検診技術の開発が可能だとしており、さらに、尿中にもctDNAが含まれることが分かってきていることから、尿検査への応用や、原発不明がんの原発巣同定にも活用が可能だとしている。この成果は論文として「Cancer Gene Therapy」誌に2021年11月8日付で掲載された。

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