VR技術、幅広い分野で活用へ 福祉、防災、ビジネス…コロナ禍を転換期に

© 株式会社熊本日日新聞社

ゴーグル型ディスプレーで疑似体験した学校の教室の様子。小学生と一緒に地図を作るシチュエーションで、会話や適応力などの社会性を身に着ける訓練をする(ジョリーグッド提供)

 発達障害の児童らが通う熊本県阿蘇市の「こども発達サポートセンター・びーぶる」。ゴーグル型のディスプレーを装着した小学5年の松田昇大君の目に映るのは、仮想空間に広がる学校の教室だ。上下、左右と頭の動きに合わせて視点が変わり、その場にいるような感覚を覚える。

 仮想空間では小学生数人が地図を作成しており、女の子から「線が曲がってるじゃん。『あれ』取ってきてくれる?」と問い掛けられた松田君は「それなら定規が必要だね」と答えた。「あれ」とだけ言われた指示をその場の状況から判断する力や、質問することの大切さを学ぶ訓練だ。

 具体的な場面を想定しながら社会性を身に付ける「ソーシャル・スキル・トレーニング」の一幕。映像や音で仮想空間を生み出すVR(バーチャルリアリティー)の技術を利用することでリアルな対面を避けられ、発達障害などで対人関係の構築が苦手な人でも取り組みやすい内容となっている。

 井野尊晴代表(35)は「具体的な状況をリアルに作り出せるVRは、聴覚よりも視覚的な情報が取り込みやすい発達障害者の支援には効果的だ」と手応えを感じ、松田君も「リアルで分かりやすいから、(映像内で問われた質問に)簡単に答えられた」と満足げだ。

 ゲームやライブ映像など、新時代のエンターテインメントとして広がるVRの世界。その臨場感が生み出す技術は福祉や防災、ビジネスなど、幅広い分野での活用が進む。生活や業務を便利にし、社会問題の解決につなげるツールとしても期待が高まっている。

      ◇       ◇

VRゴーグルを装着し、学校の教室での活動を疑似体験する松田昇大君=10月22日、阿蘇市

 「こども発達サポートセンター・びーぶる」では昨春から「ソーシャル・スキル・トレーニング」でVR技術を活用し、児童が仮想現実でさまざまなシチュエーションを経験しながら、受け答えや感情のコントロール方法を学んでいる。

 このVRサービスを提供する「ジョリーグッド」(東京)は、学校生活のほか、職業体験や面接など就業訓練用のコンテンツも開発。VRによる現実さながらの訓練で、精神障害者の復職率や職場定着率を高めた実績もあるといい、同社の竹内恭平さん(30)は「『体験』で終わらせるのではなく、現実の行動につなぐきっかけとして利用できる点が重要だ」と話す。

 VRも含むデジタル技術を使ったまちづくりや防災などを研究する古賀元也・崇城大工学部准教授(42)は「ここ20年で、決まった動きやアングルで『見る』だけだった映像に、瞬時に『形を変える』『参加する』という情報処理能力が加わるようになった。スマートフォンなど安価で高性能な機器を誰もが持つ時代となり、生活にその技術が浸透してきている」と分析する。

 総務省の2021年版情報通信白書によると、世界のVRとAR(拡張現実)のソフトウエアやサービス売上高の市場規模は、16年の9・3億ドルから20年は32億ドルと大幅に拡大。23年までの予測値では、ソフト・ハードのいずれも70~80%増を見込んでいる。

 米会員制交流サイト(SNS)大手メタ(旧フェイスブック)は最近、仮想現実空間「メタバース」への巨額投資を発表。3DコンピューターグラフィックスやVRの技術を応用して仮想空間を構築し、離れた場所にいる人同士が同じ場所にいる感覚で交流できる技術で、米IT大手マイクロソフトもビデオ会議システムのメタバース化を打ち出した。仮想現実を巡り、世界の動きが加速している。

専用ゴーグルを装着し、実物さながらの立体的な映像を映し出しながら作業する平田機工のVRシステム(同社提供)

 熊本市北区の生産設備メーカー平田機工は、19年末ごろから本格的にVRを活用。設計図をパソコン上のアプリケーションに落とし込み、実物さながらの映像を動かすことで、設計段階から装置間の干渉の有無を確認したり、デバッグ(修正)ができたりする。

 世界中にいる顧客に対してオーダーメードの生産ラインを作る同社にとって、ネットワークで遠隔地を結んで営業や打ち合わせに当たることは、業務の効率化やコスト削減に直結する。コロナ禍でよりその効果を発揮しているといい、熊本事業部の楠口雄一部長(49)は「リモートが主流となったことで各社のインフラ整備が進み、図らずも頻繁にVRを使うようになった。デジタル資産の新たな価値として、今後もさらに活用の幅が広がりそうだ」と話す。

 古賀准教授は「あらゆる分野のデジタル化は、人の負担を減らしたり、生活を豊かにしてくれたりと、多くの可能性を秘めている」と強調。「コロナ禍は従来のアナログ的なやり方をやめられない『壁』を取り払う転換期となった。場所を選ばずに人と人とがつながるプラットフォームとしての仮想空間は、これからさらに普及するだろう」と見据えた。(河北希)

この記事はいかがでしたか?