総理にも防衛相にも隠していた海外スパイ活動 陸自「別班」を暴いた大スクープ 共同通信(2013年11月) [ 調査報道アーカイブス No.38 ]

◆冷戦時から続いていたスパイ活動

共同通信社の主な配信先は、地方紙である。そのため、共同通信が「1面トップ級」としてスクープを配信しても、そのニュースの広がりが「都会抜き」になることがある。だから、2013年秋に共同通信が配信した「超弩級」のこのスクープも、その類だったかもしれない。

「陸自、独断で海外情報活動」

「首相、防衛相に秘匿 冷戦時から」

「文民統制を逸脱」

「自衛官が身分偽装」

こんな見出しが地方紙の1面で踊ったのは、2013年11月28日朝刊だった。31の新聞が1面トップで扱い、英語、中国語、ハングルで海外に転電もされた。どんな内容だったのだろうか。1面のニュース本記を引用しよう。

陸上自衛隊の秘密情報部隊「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」(別班)が、冷戦時代から首相や防衛相(防衛庁長官)に知らせす、独断でロシア、中国、韓国、東欧などに拠点を設け、身分を偽装した自衛官に情報活動をさせてきたことが27日、わかった。陸上幕僚長経験者、防衛省情報本部長経験者ら複数の関係者が共同通信の取材に証言した。

自衛隊最高指揮官の首相や防衛相の指揮、監督を受けず、国会のチェックもなく、武力組織である自衛隊が海外で活動するのは、文民統制(シビリアンコントロール)を逸脱する。

衆院を通過した特定秘密保護法案が成立すれば、自衛隊の広範な情報が秘密指定され、国会や国民の監視がさらに困難になるのは必至だ。

陸幕長経験者の一人は別班の存在を認めた上で、海外での情報活動について「万が一の事態が発生した時、責任を問われないように(詳しく)聞かなかった」と説明。情報本部長経験者は「首相、防衛相は別班の存在さえ知らない」と述べた。

共同通信のスクープは新聞31紙で1面に掲載された(写真は高知新聞2013年11月28日)

最高指揮官たる首相にも内密にしたたままで、武装組織が海外でスパイ活動を継続してきたのだから、記事にもある通り、文民統制の完全な逸脱である。“軍の暴走”と言ってよい。鮮やかな、しかし、恐怖を覚える調査報道だった。

一連の配信記事によると、別班は「DIT」(防衛情報チームの略称)とも呼ばれ、メンバーは数十人。全員が陸軍中野学校の後継とされる陸自小平学校の「心理戦防護過程」の終了者だった。海外で活動する際は自衛官の籍を抹消し、他省庁職員などに身分を変えるなどした。現地では、商社の社員などに成りすまし、協力者(現地のスパイ)を使って情報を収集していた。違法行為にも手を染めていたほか、米軍との強固な関係もあったという。

こうした報道は、どうやって成し遂げられたのだろうか。


◆「部隊の独走は民主主義国家の根幹を脅かす」

この記事をスクープしたのは、共同通信社編集委員の石井暁氏だ。出たり入ったりはあったものの、記者生活の過半を防衛省・自衛隊担当として過ごしてきた。この記事を通じて何を伝えたかったのか。石井氏は自著『自衛隊の闇組織 「別班」の正体』でこう記している。

首相や防衛相が関知しないまま活動する不健全さは、インテリジェンス(情報活動)の隠密性とは全く異質で、「国家のためには国民も欺く」という考えがあるとすれば、本末転倒も甚だしい。張作霖爆殺事件や柳条湖事件を独断で実行した旧関東軍の謀略を挙げるまでもなく、政治のコントロールを受けず、組織の指揮命令系統から外れた部隊の独走は、国家の外交や安全保障を損なう恐れがあり、極めて危うい。まさに民主主義国家の根幹を脅かすものだ。

1973年、東京・九段下のホテル・グランドパレスで白昼、韓国の大統領候補だった金大中氏が韓国の情報機関に連れ去られるという「金大中拉致事件」があった。その際、金大中氏を張り込んでいたのが、事実上、「別班」だったという。

さらに、その部隊の活動に関する内部告発が日本共産党に対して行われ、機関紙赤旗が事実を追いかけていく。当時の報道は『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』に詳しいが、石井氏の取材はこの部隊が現時点でも存在しているかどうか、存在しているとしたら何をやっているかを掴む取材でもあった。実際、活動は続いていたし、当時の報道を上回る規模と範囲で活動は行われていた。

東京・市ヶ谷の防衛省(防衛省HPから)

◆石井氏「切るためにネタ元とは付き合っている」

筆者(高田)はこの報道をめぐって、石井氏と何度か語り合ったことがある。

地を這うような他の調査報道と同様、この取材も小石を丹念に積み重ねていく地道な作業の連続だった。端緒をつかんでから記事にするまで、実に6年近い年月を要している。この組織の存在を知り得るのは誰か。海外で情報活動に従事した経験者に取材できないか……。

石井氏の取材は難航を重ねた。長い年月を費やして、防衛省・自衛隊の奥深くに「取材の協力者」を作ってはいる。それでも、ささやかな端緒情報を肉付けしていくことは容易ではない。逆に、組織の側からは「痴漢冤罪に気をつけろ」「絶対にホームの端に立つな」といった警告も受けた。自衛隊の“闇の組織”が本気になれば、何をやってくるか分からない。その程度のことは想像できたという。

石井氏はまた、こんなことも言った。

「なぜ、普段から自衛隊や防衛省の連中と付き合っているか。酒を飲んでいるか。理由はたった一つ。書くためです。書く時に、相手との交友を切るためです。いわば、切るために付き合っている。それに防衛省・自衛隊の中には本当に国の先行きを憂いている人が何人もいる。彼らは、そこらへんの官僚や政治家より、何倍も民主主義の重要性をわかっています。そうした人たちの協力で、この取材はできました」

石井氏には、「キーパーソン」と名付けた協力者がいた。陰に陽に、この困難な取材を支えたパートナーのようにも映る。石井氏とキーパーソンの関係は、料理屋のシーンも交えながら、上掲書に活写されている。しかし、それほどまでに大事で親しい間柄のキーパーソンですら、いざとなったら、石井氏は切り捨て、パソコンのキーボードを打って原稿を紡ぐのだろう。

市民に知らすべき情報があると判断すれば、ネタ元など切り捨てる。その覚悟を持てるかどうか。すべての記者に向かって、そう言っているように筆者は思えた。おそらく、調査報道の要諦はその点にもある。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
現代新書『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(石井暁著)
単行本『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』(赤旗特捜班著)
石井暁氏『友人と酒を飲むのもNG…自衛隊の秘密情報部隊「別班」をご存じか 帝国陸軍から引き継がれた負の遺伝子』(現代ビジネス)

© FRONTLINE PRESS合同会社