日本車両製でも日本にないギャラリーカー

 【汐留鉄道俱楽部】日本で最後の2階建て新幹線車両「E4系」が10月1日に定期運行を終えた中、米国の通勤鉄道では「ギャラリーカー」と呼ばれる2階建て客車が現役だ。JR東海子会社の鉄道車両メーカー、日本車両製造(名古屋市)が製造したが、日本には導入されていない。運用している路線の一つ、バージニア急行鉄道(VRE)に向かった。

 VREは首都ワシントンの玄関口のユニオン駅を発着してバージニア州北部と結ぶマナサス線、フレデリックスバーグ線を抱える。ともにワシントンへの通勤客の輸送が中心のため平日だけ営業し、原則としてバージニア州からユニオン駅へ走る列車を朝に、ユニオン駅からバージニア州へ向かう列車を夕方にそれぞれ運転している。

VREの走行中の列車。手前がギャラリーカー=4月20日、米首都ワシントン

 しかし、マナサス線には早朝にユニオン駅を出発してバージニア州へ向かう列車が1本だけある。ダイヤが改正された10月18日より前の8月31日、午前6時25分ユニオン駅発の列車に乗り込んだ。

 VREは新型コロナウイルス感染防止のため、利用者ができるだけ手を触れずに乗車できるよう配慮している。スマートフォンのアプリで乗車券を購入できる。また、客車の乗車口にあるデッキから客室に入るには自動扉があるものの、扉の下にあるボタンを足で蹴って開けられる。客室内には手をかざせば消毒液が出てくる装置も備えている。

 VREが100両所有している日本車両製のギャラリーカーはステンレス製で、1階に通路がある中央部分は2階まで吹き抜けになっている。1階は通路を挟んで左右2列ずつ座席があるが、「ギャラリー」と呼ばれる2階の回廊には左右の窓に沿って1列ずつの座席しかない。

 JR東日本の東海道線や横須賀線・総武線快速などの近郊形電車に連結している2階建てグリーン車は吹き抜けではないため、1階と2階にそれぞれ左右2列ずつ座席を設けられる。

 それらに比べてギャラリーカーは座席が減る。ただ、中央部分を吹き抜けにすることで客室乗務員が1階の通路を進むだけで、2階の乗客の検札もできる利点がある。

 私はVREの2階席に腰掛け、1階を歩いてきた客室乗務員にスマホ画面を見せて検札を受けるという“上から目線”の欲求を抱いていた。ところが客室に入ったとたん、私のもくろみは撃沈した。

 そこには男性乗務員がおり、「切符を見せてくれ」と言われたのだ。乗務員の指示に従うのは当然で、スマホの画面を見せた。確認を受けた後に階段を上がって2階席へ向かったが、少なくとも往路は2階で検札を受けるチャンスを失った。

 定刻になると、けん引する機関車がうなるようなディーゼルエンジン音を響かせながら出発した。マナサス線にはマナサス地域空港に隣接した終点のブロードラン・空港駅まで計10駅あるが、乗った列車はユニオン駅を出発すると途中の停車駅はバージニア州のアレクサンドリア、終点の一つ手前のマナサスの両駅だけだ。しかし、ユニオン駅から52・6キロ離れたマナサス駅までの所要時間は1時間7分と、各駅停車より2分の短縮にとどまる。

 マナサス駅に着く直前でその謎が解明された。VREが発着するマナサス駅のプラットホームは1本しかなく、到着4分前にユニオン駅へ向かう反対方向の列車が出発する。そこでマナサス駅の手前で約15分停車し、反対方向の列車と行き違うのだ。

VREのギャラリーカーの客室内(上)と、1914年に建てられたマナサス駅舎=8月31日

 下車したマナサスの駅舎は1914年に建てられ、周辺にも古い建物を活用した飲食店や小売店が目立つ。散策して史跡を巡ったり、買い物をしたりするのに楽しそうな場所だ。しかし、到着したのが午前7時半という早朝のため商店は営業しておらず、しかも平日のため出勤時間に間に合う午前7時56分発のユニオン駅行きに乗らなければならない。駅周辺を急いで散策し、20分余り前に降り立ったばかりのホームに戻った。

 入線した列車は、だいだいと黒の警戒色のしま模様になった2階建て客車を先頭にしている。往路は機関車が引いていたが、今度は2階部分に運転台を設けた制御客車で操作し、機関車が押している。前後両方向に走れるプッシュプル運転をしているのだ。

 往路でかなわなかった2階席での検札を望んだものの、乗車する扉の傍らに乗務員が立って検札業務をしていたため再び肩すかしになった。ただ、ワシントンに近づいて乗客が増えていた時点でも利用者がソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)をした座り方ができているのを見ると、ギャラリーカーの利点は実感できた。

 VREによると、新型コロナ禍前の2019会計年度(18年7月~19年6月)の1日当たりの平均乗客数は約1万8千人となり、1992年の営業開始当初の約6倍に膨らんだ。輸送力拡大で縁の下の力持ちとなってきたのがギャラリーカーだ。これからも新型コロナ感染防止に留意しながら利用できる見本を示すギャラリーのように活躍を続けてほしい。

 ☆共同通信・大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)ワシントン支局次長。日本車両のギャラリーカーは米西部サンフランシスコと近郊を結ぶカルトレイン、中西部シカゴ周辺のメトラなどでも走っています。

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