斎藤久志監督「佐藤泰志という人と"どう向き合えるか"」活弁シネマ倶楽部で『草の響き』を語る!

『草の響き』を手がけた斎藤久志監督が、“映画を語る”配信番組「活弁シネマ倶楽部」に初登場。番組MCを映画ライターの月永理絵が担当し、この映画のみならず、佐藤泰志その人に関するトークも繰り広げている。 本作は、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『きみの鳥はうたえる』に続く、佐藤泰志の小説の5度目の映画化作品で、函館の街を黙々と走り続ける心を病んだ男の、“生の輝き”を描き出しているもの。函館のミニシアターであるシネマアイリスの企画・プロデュース作品としてもこれが5作目となった。原作は、佐藤自身が自律神経失調症を患い、療法として始めたランニング経験をもとに書いた同名短編小説だ。心を病み、ランニングに没頭する主人公を演じたのは東出昌大。悩ましげな表情で主人公の抱える痛みを観客に訴え、やがて再生していくさまを走り姿で体現している。そしてその妻役を演じるのは、引っ張りだこの若手俳優・奈緒だ。夫の苦しみに寄り添おうとするさまを好演。そのほか、友人役に大東駿介、精神科医役に室井滋、さらに、Kaya、林裕太、三根有葵ら若手俳優が主人公と交流する若者たちを演じ、物語に豊かさを与えている。 シネマアイリスの菅原和博氏から、本作で監督を務めることを打診されたのだという斎藤監督。「函館イルミナシオン映画祭に、前作『空の瞳とカタツムリ』が招待され、参加したんです。その際に菅原さんとお会いし、お酒を飲みました。その1、2年後に電話がかかってきて、『草の響き』の映画化に興味はありますか?と言われたんです」と企画の始まりについて話す監督。月永は本作について、「この『草の響き』は、これまでに映画化されてきた佐藤泰志作品と比べて、原作がかなりシンプルですよね」と、ほかの4作品との大きな違いについて言及。これに監督は、「ページ数も少ないですし、話もないです。ほかの作品は、原作の要素をすべては使っていないですよね。むしろ切り取っている。でも本作は、ただ走っているだけの男の話なんです」と語っている。「これほどシンプルなストーリーで、かつ限られた登場人物/俳優さんだけでここまでの強度のある映画ができたのは、やはり原作の力の大きさもあるのではないかと思います」と月永は続けている。

「『草の響き』について書かれている文章を読んでいると、『小説の映画化ではあるけれども、佐藤泰志という作家本人のことも描いている作品なのではないか』という発言をよく見かけます。そのあたり監督自身は意識されたのでしょうか?」と月永が問うと、「この小説は、佐藤さんの私小説に近い書き方をされています。脚本を書いたのは僕ではありませんが、佐藤泰志という人と“どう向き合えるか”を考えていました」と答える監督。この監督の“向き合い方”が、作品には反映されている。佐藤泰志の年表にも触れながら、本作の主人公との接点に関してもトークは及び、映画ファン、佐藤泰志ファン必見の収録回となっている。

『草の響き』

監督:斎藤久志 原作:佐藤泰志 出演:東出昌大、奈緒、大東駿介、Kaya、林裕太、三根有葵、利重剛、クノ真季子、室井滋 工藤和雄(東出昌大)は、昔からの友人で今は高校の英語教師として働く佐久間研二(大東駿介)に連れられ、病院の精神科へやってくる。和雄は東京で出版社に勤めていたが、徐々に精神のバランスを崩し、妻の工藤純子(奈緒)と共に故郷の函館に帰ってきたばかりだった。精神科で医師の宇野(室井滋)と面談した和雄は、自律神経失調症だと診断され、運動療法として毎日ランニングをするように指示される。 札幌から函館へ引っ越してきた小泉彰(Kaya)は、スケボーで街を走っていく。転校したばかりで、学校ではどこか孤立気味の彰は、同じバスケ部に所属する同級生から、夏になったら海水浴場の近くにある巨大な岩から海へダイビングしてみないかと誘われる。誘いを了承したものの実はカナヅチの彰は、市民プールへ練習しにでかけ、そこで見事な泳ぎをする高田弘斗(林裕太)と出会う。弘斗は以前中学でいじめに遭い、不登校になった経験があるという。弘斗は、泳ぎを教える代わりに自分にスケボーを教えてほしいと頼む。弘斗の姉、恵美(三根有葵)も加わり、3人は人工島「緑の島」の広場で遊ぶようになる。 医師の指示通り、和雄は仕事をしばらく休み、毎日同じ場所を走り始める。少しずつ距離を伸ばしていく和雄だが、走る以外は何もできず、家事をすることも、純子を気遣うこともできない。函館山のロープウェイで案内スタッフとして働く純子は、黙々と走る夫と、愛犬ニコとともにどうにか生活を続けていた。東京出身の純子には、夫とその両親以外、函館には頼れる人が誰もいない。 広場で花火をする彰たち。その周囲を走る和雄に気づき、彰と弘斗は追いかけるように走り出す。すぐに脱落してしまう弘斗をよそに、彰は必死で和雄と並んで走り続ける。この日を境に、3人は時々一緒に走るようになる……。

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