米夜行列車は“遅延常習犯”、乗り継ぎ5時間半でも冷や汗  「鉄道なにコレ!?」(第26回)

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

 新型コロナウイルスワクチンを接種後、夏の休暇を利用し、米国の首都ワシントンから西海岸ワシントン州シアトルまで全米鉄道旅客公社(アムトラック)で横断した旅では、中西部シカゴで二つの夜行列車を乗り継ぐ。もしもワシントンから乗った列車「キャピトルリミテッド」がシカゴに定刻に到着すれば5時間半後にシアトルへ向かう列車に乗り継げるが、“遅延常習犯”のアムトラックだけに冷や汗をかいた―。(共同通信=大塚圭一郎)

「キャピトルリミテッド」でシカゴ到着前の車窓から見えた旧ペンシルベニア鉄道の古い客車とビル群=7月30日、イリノイ州(筆者撮影)

 【定時運行】JR旅客6社などの日本の鉄道は、1分以内の遅れで走った列車を「定時運行」と定めている。JR東海によると、2020年度、東海道新幹線1列車当たりの平均遅延時間(自然災害などによる遅延を含む)は0・5分にとどまった。一方、アムトラックの「定時運行」の定義は列車の運行距離によって変わり、250マイル(約402キロ)以内の距離ならば到着時の遅延が10分未満、250マイル超350マイル以内ならば15分未満、350マイル超450マイル以内ならば20分未満、450マイル超550マイル以内ならば25分未満、550マイル超は30分未満とそれぞれ定めている。

 ▽遅れが拡大

 乗り込んだキャピトルリミテッドはワシントン中心部のユニオン駅を定刻の午後4時5分に出発したが、約26キロ離れた1駅目のロックビル駅(メリーランド州)の出発は定刻より11分遅れた。ワシントンから4駅目のカンバーランド駅(メリーランド州)に到着したときには午後8時16分と59分も遅れていた。

 この駅までの距離は約235キロと、東海道線ならば東京駅から袋井駅(静岡県袋井市)までにほぼ相当する。それでも首都ワシントンと隣接するメリーランド州なのだから、いかに州内が広いのかを実感させられる。

 ダイヤでは終点のシカゴ・ユニオン駅には翌朝の午前8時45分(中西部時間、東部時間は午前9時45分)に着くことになっている。乗り継ぐ西部ワシントン州シアトル行きの夜行列車「エンパイアビルダー」の発車は午後2時15分のため5時間半の乗り継ぎ時間があり、「シカゴ観光をたっぷり楽しむ余裕がある」と考えたくなる。

超高層ビルが林立するシカゴの街並み=7月30日、米イリノイ州(筆者撮影)

 だが、ワシントンからシカゴまで約1255キロあり、まだ行程の5分の1にも満たないのに既に1時間ほど遅れている。もしも遅延が増幅していけば5時間半もあったはずの余裕は食い尽くされ、乗り継げなくなるかもしれないと焦り始めた。

 ▽21会計年度は定時運行率の目標達成ゼロ

 というのも、アムトラックは定刻に着くのが珍しいからだ。アムトラックは運行距離が550マイル(約885キロ)を超える場合は30分未満の遅延ならば「定時運行」と見なされる。「定時運行」を1分以内の遅れと定めているJR旅客6社をはじめとする日本の鉄道に比べると実におおらかなルールだ。

 ところがアムトラックによると、キャピトルリミテッドの定時運行率は21年9月が35・3%、21会計年度(20年10月~21年9月)は38・7%と3分の1強にとどまる。15種類の列車がある夜行列車全体でも9月が53・8%、21会計年度は51・7%にとどまる。

 アムトラックは夜行列車の定時運行率目標を80%と定めているが、9月に達成したのはマイカーを運搬することができ、首都ワシントン近郊のバージニア州と南部フロリダ州を結ぶ「オートトレイン」(84・2%)だけ。21会計年度に目標を上回った列車はゼロで、最高のオートトレインでも74・5%、最低の「サンセットリミテッド」(南部ルイジアナ州ニューオリンズ―西部カリフォルニア州ロサンゼルス)は20・5%だ。

 ▽「貨物列車のため」を連発

 本コラム「鉄道なにコレ!?」の前号(「3人死亡の米列車脱線事故、なぜ貨物鉄道も被告に」https://www.47news.jp/47reporters/6960967.html)でご紹介した通り、アムトラックが走っている線路の大部分は貨物鉄道会社が所有しており、線路使用料を支払って運行している。途中単線の区間も多く、反対方向から来る貨物列車などと行き違うためには複線区間で待つ必要が生じる。

CSXの長大な貨物列車=3月26日、米メリーランド州(筆者撮影)

 キャピトルリミテッドが途中の区間で停車するたびに、乗務員は「貨物列車の待ち合わせのために停車中です」「貨物列車との行き違いのため、次の駅の到着は予定時刻より遅れる見通しです」と遅れの理由として貨物列車をたびたび引き合いに出す。

 アムトラックは毎月、線路所有鉄道会社ごとでの遅延状況を発表している。その区間を走ったアムトラックの列車が遅れた時間に応じて線路所有会社を「A」から「D」、および“落第点”を意味する「F」の5段階で評価し、遅延に対する利用者からの批判の矛先をかわそうと必死だ。

 キャピトルリミテッドの場合、ワシントン側は貨物鉄道大手のCSXトランスポテーションの線路、シカゴ側は貨物鉄道大手のノーフォークサザン鉄道(NS)の線路を走っている。アムトラックによると、キャピトルリミテッドの1万マイル(約1万6千キロ)当たりの遅れは9月、CSX区間内で1224分、NS区間内は2536分だった。21会計年度はCSX区間内が930分、NS区間内が2287分となり、いずれも目標の900分を超えている。

 列車全体の評価でCSXは9月、21会計年度ともに上から2番目の「B」に入っているが、NSはともに「D」と“ぎりぎり合格”の水準だ。

 ▽4時間を超える遅延も目撃

 米国で鉄道は主要な貨物輸送手段の一つとなっており、ディーゼル機関車と貨車が計100両を超えるような長大な列車が多く行き交う。最近は新型コロナウイルス禍からの経済活動再開が進み、住宅建設などに使う木材、自動車組み立て用の部品、火力発電所で使う石炭といった幅広い品目を盛んに運んでいる。

 筆者が乗ったキャピトルリミテッドは、CSXが線路を保有する区間で既に1時間ほど遅れている状態。このあと、遅延がより深刻になる傾向があるNSの区間に入るのは不安要因だ。旅行の約2週間前にはシカゴからワシントンへ向かうキャピトルリミテッドが4時間半ほど遅れたのを目撃したばかりだった。

 このときはアムトラックのディーゼル機関車が故障したのが原因で、救援用のCSXの機関車に先導されていた。最近では11月8日にシカゴを出発した列車が、翌日に6時間17分遅れで終点のワシントンに到着した。

アムトラックの機関車故障のため、CSXの機関車がけん引した「キャピトルリミテッド」=7月16日、米メリーランド州(筆者撮影)

 カンバーランド駅を出発してしばらくすると夜のとばりが降り、街灯も住居の明かりもまばらな森林地帯に突入した。機関士は「プアーン」という警笛をけたたましく鳴らしながら列車を走らせる。

 この列車ではベッドメーキングはセルフサービスらしく、午後10時ごろに自分で上の寝台を引き出して横たわった。乗っている客車が機関車の真後ろのため、ディーゼルエンジンの大きな音と警笛が枕元まで響いてくる。

キャピトルリミテッドの寝台車に備えている上の段のベッド=7月29日、米ペンシルベニア州(筆者撮影)

 そんな“鉄路のハーモニー”のおかげで、実に奇異な夢を見た。福井鉄道(福井県越前市)の既に引退した電車「300形」に乗って正面を眺めていると、救急車が線路を横切ろうとしている。電車の運転士が警笛を鳴らして急ブレーキをかけると、間一髪で救急車が線路を渡って衝突が回避された―というものだった。

 ▽遅延の“マイルール”?

 翌朝に目を覚ますと、インディアナ州ウオータールー駅に着いたところだった。スマートフォンで時刻を確認すると東部時間午前7時51分で、定刻6時36分から1時間15分遅れだ。遅延があまり広がっていないことに胸をなで下ろした。

 朝食のオムレツとマフィンを受け取るために食堂車へ向かうと、販売カウンターに行列ができている。後ろに並んでいた男児が父親に「こんなに速い列車に乗ったのは初めてだよ」と語り掛けると、お父さんは「でも日本にはずっと速い列車が走っているよ」と教えていた。私が男児に「お父さんの言う通りだよ。日本には新幹線という高速列車があり、最高時速320キロで走る列車もあるよ」と東北新幹線の最高時速を伝えると、父親も「ワオ、それは速いね」と舌を巻いていた。

アムトラックのキャピトルリミテッドで出された朝食のオムレツ=7月30日、米インディアナ州(筆者撮影)

 キャピトルリミテッドはシカゴ・ユニオン駅に1時間45分の遅れの中西部時間午前10時半に滑り込んだ。乗り継ぐ列車が出発する3時間45分前に到着できたのは歓迎すべきことだが、アムトラックの緩い定時運行ルールでも「遅延」に当たる。

 ところが、シカゴ到着前に車内放送のマイクを握った男性乗務員は「右手に(五大湖の一つ)ミシガン湖が広がっています」と案内するなど終始明るい口調で、遅れたことへの明確な謝罪はなかった。

アムトラックのキャピトルリミテッドの車窓から眺めたミシガン湖=7月30日、米イリノイ州(筆者撮影)

 アムトラックに詳しい知人の米国人によると「乗務員は利用者が他の列車に乗り継げる時刻に運行すれば、定時運行と受け止めている」とか。おおらかなアムトラックの定時運行ルールをさらに上回る、実におおらかな“マイルール”があるようだ…。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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