アート作品として生きる
第93回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた『皮膚を売った男』。脚本・監督は、チュニジア出身のカウテール・ベン・ハニアだ。
物語の舞台は2011年のシリア。その頃、「アラブの春」と呼ばれる民衆による反政府運動がシリアを含むアラブ諸国で起きており、政府はそういった動きに強く警戒していた。主人公サムは公共の場で恋人アビールに愛の告白をするのだが、その際に冗談めかして「革命だ!」と口にすると、たまたま居合わせた人に通報されて捕まってしまう。その結果シリアにいられなくなってしまったサムはレバノンへと逃げ、その後アビールは外交員とお見合い結婚をしてしまい……というところから話は始まる。
サム自体が罪人になってしまったこともあるが、内戦が激化していくにつれてますますシリアに戻れる状況ではなくなり、沢山の人々が国外へと出ていった。夫がベルギーの駐在員であったアビールもシリアを離れていた。そういったシリアの国と人々の背景に目をつけた有名アーティストのジェフリーは、高額な報酬と引き換えに「背中に入国許可の査証(ビザ)を模したタトゥーを掘らないか?」とサムに持ちかける。アビールに会うためにそれを引き受けたサムは、自身が美術館に展示され売買の対象になることで、様々な事態に巻き込まれていく。
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当事者のYES/NOに関わらず社会が放っておいてくれない問題
この突飛とも思える話は、実在するアーティストで本作にも出演しているヴィム・デルボアが発表した「Tim」という、実際に人間の背中にタトゥーを彫ったアート作品に影響を受けている。ヴィムは美術品に対する保険を扱う外交員として登場するのだが、ここは少し皮肉が効きすぎているように感じた。
社会への問題提起というアートのいち側面へ、物体が担うはずだった視線の向く先が生物、しかも人間だったらどんなことが起きるだろうか? 本作はそれを分かりやすく描いた「もしも」な作品になっていて、実在するアート手法をシリア内戦の状況と合わせることで、フィクションとして拡張させることに成功していると思った。
いくつかのメディアで紹介されているように、この映画はいわゆる「悪魔との契約」型のストーリーなのだが、いま実際に現代社会でタトゥーを取り巻く環境の見直しが求められているだけに、それが物語の中心にあることで、リアリティをもって映画を観るための一助になっているとも感じた。タトゥーの受け入れ方によって、鑑賞後の感想が違ってきそうなところも面白い。
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当事者がYESかNOかを決めるだけでは済まず、社会が放っておいてくれない問題にどう向き合うか? というのは人類の永遠のテーマだろう。頭の中では“言葉を尽くしてもきっと答えはない”という結論になると思いつつも、自分は結構そういった題材を扱った作品の引力に抗えないなと改めて痛感させられた。観た人とちょっと話したくなる、そんな映画です。
文:川辺素(ミツメ)
『皮膚を売った男』は2021年11月12日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
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