“最終周の逆転”と“2連勝”には理由がある。ARTA NSX-GT逆襲の秘密【第7戦GT500決勝】

「最初に予兆があったのは最終周に入る1コーナーの手前ぐらい。彼らの加速が少し鈍ったので、スロットルを抜いているのか、単純にガス欠かどっちかだろうなっていうのは直感的に思いました。そして、2コーナーを立ち上がってからも加速していかなかったので、その瞬間『これは僕たちのレースだ』と思いましたし、なんとか引き寄せられたなと」

 2021スーパーGT第7戦もてぎ最大のハイライトとなった最終ラップの大逆転劇を、当事者である野尻智紀は淡々と振り返った。レース終盤、ARTA NSX-GTを駆る野尻はフロントウインドウに大きく映るカルソニック IMPUL GT-Rの平峰一貴を執拗に追い、何度も差を詰めインに飛び込もうと試みた。しかし、平峰は絶妙なブロックで猛攻を何とかしのぎ続けた。軽微な接触こそあったが、これぞプロの戦いと快哉を叫びたくなるような、息もつかせぬクリーンファイトは、しかしカルソニック IMPUL GT-Rの突然の失速で決着を見た。

「前のクルマがガス欠にならなかったら……抜けなかったですね」と野尻は断言する。たしかに、そうだったかもしれない。オーバーテイクが困難なもてぎで、大きなリスクを負うことなく抜くほどの速度差はなかった。しかし、結果的に野尻の熟達の技、そして初王座を獲得した全日本スーパーフォーミュラ選手権でも度々見せる強い気持ちが、相手の失速を引き寄せたともいえる。

「僕たちのクルマは練習走行のときから好調だったし、それによって彼らにピットや給油作業を短くしなければならないという、潜在的な意識を持たせられたことも、勝てたひとつの要因だと思います」

 どちらもシーズン後半戦に入って1勝を獲得し、サクセスウエイトは3kg差とほぼ同レベル。最終戦富士にタイトルチャレンジの権利を持って挑むためにも、今回のもてぎは絶対に負けられない戦いだった。

 予選では、比較的温暖なコンディションにピタリと合わせてきたヨコハマタイヤを履く2台が速く、WedsSport ADVAN GR Supraと、リアライズコーポレーション ADVAN GT-Rがフロントロウを占めたが、そのすぐ後方には3番手ARTA NSX-GT、4番手カルソニック IMPUL GT-Rとブリヂストン勢がつけた。スタートドライバーは、いずれもFIA-F2経験者である福住仁嶺と松下信治。彼らは抜群のスタートで順位をひとつ上げたが、ターン3の進入では松下が福住を抜き、2番手に駆け上がった。

2021スーパーGT第7戦もてぎ GT500クラス決勝スタート

「スタート自体は悪くなかったんですけど、12号車(カルソニック IMPUL GT-R)のブレーキが思った以上に奥で、前に出られてしまいました。なかなか抜けないサーキットなのに、あそこで前にいかれてしまったのは正直恥ずかしかったですし、もったいなかった……。チームに申し訳なく思いました」

 レース後、福住はウイナーとは思えぬような反省の言葉を並べた。松下の強みである強烈なブレーキングは、もてぎで大きな武器となる。そして『絶対に前に出てやる』という、星野一義監督によって増幅された強い闘魂がみなぎるアタックで、21周目にはトップを走っていたWedsSport ADVAN GR Supraの国本雄資も抜き去り、ついにトップに立った。そのままさらにリードを広げる作戦かと思われたが、ライバルに先駆け23周を走ってピットイン。バトンを受け継いだ平峰は、37.8秒というかなり短いストップでコースに復帰した。

『ちょっと早いな』と、カルソニック IMPUL GT-Rと同タイミングでピットインし、福住に替わってクルマに乗り込んだ野尻は直感的に思ったという。

「ピットが早いということは、8割方給油が短いとかそういうことにつながってくるので」

 ARTA NSX-GTのストップ時間は41.1秒と、それほど遅いわけではなかった。そのため野尻は、あまりにも早くピットを後にしたカルソニック IMPUL GT-Rの燃費が、終盤にかけてかなり厳しくなるだろうと予想し、そこに勝機を見たという。

「プッシュしていれば何かが起こる可能性があると思い、とにかくプッシュし続けました」と野尻。燃料残量を気にすることなく、タイヤに関してもとくにマネジメントすることなく全力で攻め続けた。それが、結果的に平峰にアクセルを多く踏ませることになり、ファイナルラップでの大逆転劇へとつながったのだ。

2021スーパーGT第7戦もてぎ ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺)

■納得できるまで、徹底論戦

 野尻が言うように、ARTA NSX-GTは土曜日朝の走り始めから一貫して速かった。王座を争うライバルとのサクセスウエイト差を鑑みても、優勝候補と思わせるスピードがあり、今季初勝利を手にした前戦オートポリスからの良い流れをしっかり保っているようにも見えた。しかし、そのオートポリスでは野尻とエンジニアのライアン・ディングル氏が激しく議論する姿を目撃したという証言もある。

「そうですね。結構ぶつかってはいます。エンジニアさんとしての考え方もあるし、ドライバーとしてのクルマの考え方もあるので。なかなか折り合いがつかず、そうなってしまうときはやっぱりあります」と、野尻はそれが一度きりではなく、昨シーズンから論戦が続いていることを認める。

「スーパーフォーミュラでもライアンは僕の隣でやっているし、彼の考え方やクセは分かります。それが予選では良い方向に進むときが多いけど、決勝になると『それは辻褄が合わないんじゃない?』というところも出てきたりするので、双方が納得できるまで徹底的に話し合うようにしています」

 スーパーフォーミュラでも同様だが、近年野尻はチームのエースとして覚悟を持ってクルマづくりに取り組んでいる。以前は、納得できなくても最終的にはエンジニアの考えを尊重し引いていたというが、いまは「ダメなら自分が責任を取る」と、エンジニアリング面においても自分の意見を強く主張するようになったという。

「土曜日の予選後も、決勝のセッティングを決めるのに夜の7時くらいまでかかってしまい、そこからメカさんは仕事を始めたので結構大変だったと思います。そして、決勝前のウォームアップの後にもスプリングを組み換えてもらいました。このままではダメだと、僕も仁嶺も思ったので。ただし、そうしてもらった以上はちゃんと結果を残さなければならないし、自分自身を厳しく見つめる必要もあります」

2021スーパーGT第7戦もてぎ ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺)

 野尻の言葉の断片をピックアップすると、やや高圧的に仕事を進めているように感じるかもしれないが、実際はそうではなく、エンジニアもまた自分の考え方を強く主張し、妥協することなく徹底的に議論しているのだ。

 レース終了後、撤収作業を進めながらディングルエンジニアは「日本人は遠慮をするほうだと思いますけど、僕も本当はそっち系なんです」と笑った。

「議論して相手に何か強く言われると少しへこむし、去年からそういったことがちょっとありすぎたとも思うけど(笑)、それを越えていくことが大事だと思います。チームになるためにはお互いを深く理解する必要があるし、それには少し時間がかかります。でも、僕たちは良い方向に向かっているし、これからさらに強くなれると思う。あっ、野尻が帰ってきた! ちょっと声をかけてきます」

 多くの取材を終えようやくピットに戻ってきた野尻のもとにディングルエンジニアが駆け寄り、ふたりは爽やかな笑顔でかたく抱きあった。

「僕らには、もうちょっと先があると思っています」という野尻の言葉は、相手を信頼し、コンビネーションのさらなる深化を確信しているからこそ。

「次の富士は、今年の2戦目のときも調子が良かったのであまり心配していません。予選でしっかり前に並ぶことが一番重要なので、まずはそこをしっかり考えて臨みたい。決勝についてもある程度データはあるし、ライアンと考えを共有しながらクルマを作りあげれば、大丈夫だと思います」

 今回の優勝、そしてシリーズリーダーであるSTANLEY NSX-GTが今回ノーポイントに終わったことで、ARTA NSX-GTは一気に5ポイント差のランキング2位に浮上した。自力でのタイトル獲得が可能なのはこの2チームの選手たちに絞られたかたちだが、それでも可能性は依然6チームの選手に残されている。上位3台のNSX-GT、すなわちSTANLEY、ARTA、Astemoは過去にチームとして富士での充分な実績があり、タイヤ選択を除けば大きくセッティングを外すとは考えにくい。

 また、昨年は富士を『狩り場』としていたGRスープラ勢も、ラストチャンスを狙っている。昨年の最終戦でKeePer TOM’S GR Supraを襲った悲劇が、現状で燃費面のアドバンテージがあるとはいえ、NSX勢にも起きないとは限らない。そして今回、魂の入った走りが残念ながら結果には結びつかなかったカルソニック IMPUL GT-Rも、タイトル争い以上にシーズン2勝目を意識した戦いを仕掛けてくるはずだ。

 2週間のインターバルでクルマをどこまで仕上げることができるか? エンジニアにとっても、メカニックにとっても、そしてもちろんドライバーにとっても、眠れぬ初冬の夜がしばらく続く。

※この記事は本誌『オートスポーツ』No.1564(2021年11月12日発売号)からの転載です。

2021スーパーGT第7戦もてぎ GT500クラスを制した野尻智紀/福住仁嶺(ARTA NSX-GT)
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