「ビジネスにヒューマニティを取り戻す」 ユニリーバ前CEOポール・ポールマン氏語る、得る以上に与えるビジネスの在り方とは

Kevin Schmid

「私たちは今、地球と調和しながら共存していくのか、それとも絶滅した種という数値の一つになってしまうのかを真剣に決める重大な別れ道にいる。私自身はどちら側にいたいか分かっている」――。

ネスレのCFO(最高財務責任者)、そしてユニリーバの前CEOを務めたポール・ポールマン氏は、世界で最も著名で成功したビジネスリーダーの一人だ。そして彼はまた、組織の力を生かして世界中でシステムの変革を起こし、人類を救うというミッションに取り組んでいる最中でもある。

筆者が運営するPurpose 360(パーパスの力でビジネスやソーシャル・インパクトを加速させるポッドキャスト)のポッドキャストチームは、ポールマン氏とサステナビリティ戦略のコンサルタントであるアンドリュー・S・ウィンストン氏との共著である『Net Positive: How Courageous Companies Thrive by Giving More Than They Take (ネット・ポジティブ:困難を乗り越える企業は、得る以上に与えることで成長する※日本語版未発売)』の発売を記念して、ポールマン氏を番組に迎えた。共著は「ネット・ポジティブ」な企業をつくり、運営し、導いていくとはどういうことかに関心のある実践者やコンサルタント、学生の必読書となるだろう。

ネット・ポジティブとは?

本来は、差し引きしてプラスの意味だが、ポールマン氏とウィンストン氏は以下のように定義する。

「ネット・ポジティブとは、従業員やサプライヤー、地域社会、顧客、将来世代や地球を含むすべてのステークホルダーのために、すべての製品や事業、地域、国などあらゆるレベルにおいて、影響を与えるすべての人や存在するもののウェルビーイング(幸福)を向上させるビジネスのこと。ネット・ポジティブは北極星のようなもの。一度にすべてを達成できる企業は存在しないが、経済と地球を存続可能にしたいのなら、向かうべき方向だ。現代において重要なビジネスとして存在するということは、世界を豊かにするということだ。究極の質問があるーー。『あなたのビジネスが存在することで、世界はより良くなるか』というものだ」

もちろん、ポールマン氏は新著に記した知見以外についてもPurpose 360で語っている。ステークホルダー資本主義の潮流を率いるリーダーと評されている同氏は、2009年から2019年までユニリーバのCEOを務め、現在はSDGs達成に向けて産業界のリーダーを後押しし、さまざまな大手グローバル企業の元CEOが集結する組織「IMAGINE」の共同設立者として活動している。ユニリーバ時代は「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」を策定することで、停滞していた同社を立て直し、企業の規模や分野を問わずに、企業が従業員から地球にいたるまで全てのステークホルダーに貢献することによって、成功することができることを本質的に証明した。

以下に印象に残った内容を紹介する。

1. 「私はこれまでずっと簡単だけれども間違っていることよりも、難しいけれど正しいことを行うことが大切だと信じてきた」

年間の売上高が問題になっているのではなく、地球として私たちの生存がかかっているのだ。(そうは言っても、人類を救いながら財政的に責任のある経営は可能であり、そうすべきだ。詳しくは後述する)

ポールマン氏は「人間を人間たらしめる基本的な価値観のために戦うべき。それは、尊厳、敬意、公平性、思いやりなどの価値観だ。これらの価値観が侵害されたり、攻撃された時は、声を上げないといけない。人類の将来に関わる事柄だからだ」と言う。

2. 「私たちは将来の世代から奪っている」

7月29日は、「アース・オーバーシュート・デー(Earth Overshoot Day)」と呼ばれる人類の生物資源の需要がその年に地球が再生産できる生物資源の量を超える日だった。この日が1年の中で早く訪れるほど、人類の見通しはより厳しく、さらに私たちの子どもたちからより多くのものを奪うということになる。

「過去40年間で、哺乳類と爬虫類の68%がいなくなり、世界の熱帯雨林の半分を切り倒した。気候変動の問題はますます顕著になり、現在のシステムはあまりにも多くの人々を置き去りにしている」

3. 「企業の社会的責任を果たすだけではもはや十分ではない」

ネット・ポジティブな企業とは、得る以上に与えることを目指す企業だ。例えば、タイルカーペットメーカーのインターフェイス(米アトランタ)は、大気中の炭素を吸収する炭素吸収タイルカーペットを製造している。「ネット・ポジティブとは、何よりもまずはマイナスの影響を与えないことを意味する。多くの人はこのことをネット・ゼロと呼んでいる。地球の限界を超えている現在、私たちは修復(restorative、リストラティブ)や再生(regenerative、リジェネラティブ)について考える必要がある。私たちがネット・ポジティブと呼ぶのはこのことだ」。

今日の消費者は、CSRやサステナビリティに関する知識を持っており、企業に対して単なる慈善事業やレジでの募金キャンペーン以上のことを期待している。

「あなたの企業が存在することで、この世界に良い影響を与えていることをどうやって実際に示すことができるか。もしそれができないのであれば、そもそも世界の人々はなぜあなたの企業やブランドを自分の周りに置いておく必要があるのだろうか」

4. 「リーダーシップの変革なくして、システムやビジネスの変革は不可能」

CEOが先頭に立ち行動を起こさなければならず、それは賢明なことでもある。なぜなら、「これは大きな経済的機会だから」とポールマン氏は言う。また、リーダーは企業のあらゆるレベルに存在することも覚えておく必要がある。リーダーとは、ビジョンを持ち、それを実行する方法を見つけ出し、その実践に周囲を巻き込んでいく人のことだ。「勇気を持った、パーパスに基づいて行動するリーダーになるには、まずは自分自身から始めなければいけない。そうして初めて、より大きな変化を会社やシステム全体にもたらすことができる」。

5. 「壊したら、その責任をとる」

ネット・ポジティブであるということは、ポジティブなインパクト(影響)とネガティブなインパクトの両方を有しているということだ。全てのビジネスはどこかからリソース(資源)をとってくる。それが地球からだろうが社会からだろうが。

ネット・ポジティブな企業は、とったものを認識・集計し、何かしらの形で代替、もしくは再生する計画を立てる。ポールマン氏はこれを「全てのインパクト(影響)や結果は自分にあるということ。そしてそこがネット・ポジティブへの出発点だ」と言う。幸運にも、ネット・ポジティブ実現への道はコラボレーション(協業・協創)によって容易となる。企業は問題解決のために画期的で、革新的な取り組みも可能ではあるが、結局は「より大きなシステムの変化を誰かと共に推進していかなければ到達できない」のだ。

6. 「私は19世紀末に優れた才能を発揮していたウィリアム・ヘスケス・レバーがユニリーバを創設した当時の原点に立ち返った」

ポールマン氏がユニリーバに入社したのは世界的な金融危機の最中で、10年間も低迷をしていた時だった。何かが変わる必要があった。ポールマン氏は、ヴィクトリア朝時代の英国に誕生した同社の成り立ちを探った。2人に1人の赤ちゃんが1歳にもなれず、衛生面でも大きな問題を抱えていた。

レバーの目的はシンプルなものだった。「衛生を当たり前にすること」だ。そしてこの目標の背景に「繁栄の共有(shared prosperity)」という企業理念を掲げた。彼は、工場が完全に稼働するよりも先に従業員のための家を建設した。第一次世界大戦中には、年金や賃金の保証を導入した。つまり、レバーは「同時代に彼がもたらした全ての影響に責任を負った」のだ。ポールマン氏と彼のチームはユニリーバの元々のパーパスを「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」へと昇華させたのだ。

7. 「サプライヤーの多くは、自社の掲げるパーパスが従業員の間でも共有されてきていることを実感している。狭い限定的な範囲での、株主にとっての価値だけでなく、何か大きなものの一部分を担っていると感じ始めている。これはとても良い刺激だ」

ユニリーバのサステナブル・リビング・プランの挑戦は、企業がもたらす影響に当事者意識を持つことから始まった。「私たちは世界の人々に販売する最終製品に責任を持ち、信頼と透明性を約束している。そのため、製品を生産するために使用される全てのものが、最高の基準に沿っていることを確かにしないといけない」。そのためには、サプライチェーンを巻き込む必要がある。ユニリーバのような大企業のサプライチェーンとなるとその数はとてつもなく多い。「私たちが着手した時には、9万〜12万社のサプライヤーとの取り引きがあったが、購入していた全製品の約75%を占めていた上位1000社に絞り込み、彼らに対して支援を行った。研修や開発を行いながら、「私たちと同じコミットメントと基準に沿ってビジネスをしませんか?そうすればより強力なパートナーになれる」と伝えた。

8. 「すべての答えを知っているわけではないのだから、心地のいい目標ではなく気が引けるような目標を設定しないといけない。しかし、それはあなたが必要だと分かっている目標だ」

覚えておくべきことは、人類の未来がかかっているということだ。企業は今日、安全で、達成できるとわかっているESG目標を設定しがちだ。「これは、人類が置かれている現在の状況を考えると、無責任な行動となるだろう。率直に言うと、現在の透明性が高くなっている社会では、このような企業は発言と行動の内容の隔たりを徐々に指摘されるようになっていくと思う」。大胆な目標を掲げることは、達成するために他のパートナーを募ることにつながり、全ての関係者にとって利益となること多い。「信頼の原動力は透明性であり、信頼は発展に導いてくれる」とポールマン氏は話す。

9. 「多くの企業は感動して泣けるほど素晴らしいバリューを掲げているが、それを実際に実現させることには失敗している。そしてそれが腐った文化を作り出している」

ユニリーバの成功は、ポールマン氏が培ってきた文化によるところが大きい。同士がCEOだったころ、7万人の従業員が研修に参加し、自分自身のパーパスを明確にし、そのパーパスが組織やその中での役割とどのように一致するかを学んだ。その結果はどうだったかーー。

「それぞれが自分のポテンシャルを最大限に発揮でき、すべての人が人種や性別、文化に関わらず最大限尊重され、意思決定は階層の中で力のある人が決めるのではなく、現場のレベルに委ねられ、共通のゴールのもとで団結できる環境となった」

10. 「ビジネスにヒューマニティを取り戻す必要がある」

ネット・ポジティブなリーダーであるには勇気が必要だ。短期的な利益や業績発表を断ることは勇気がいる。「私たちは『勇気』という言葉が好きだ。この単語はフランス語の“Coeur(心)”という語に由来している。ミルトン・フリードマンがしようとしていたように、スプレッドシートや単純な数字に『ビジネス』を集約することはできない。コロナ禍で特に見られたのは、リーダーが高いレベルの共感や人間性、謙虚さを示していることだ。そうしたパーパースを起点にするリーダーは、パートナーシップの力を理解していたのだ。システム思考で、世界をもう少しより全体的に捉え、多世代にわたって物事を考えているのだ」

最後に、ユニリーバのような規模の組織が行なったように、変革の最中であっても利益を上げることは可能だ。ポールマン氏の在任期間中、同社は290%の株主総利回りを達成している。2019年までに、ユニリーバのサステナブル・リビング・ブランドは他のブランドのポートフォリオよりも69%速いペースで成長し、総売上高の75%を占めている。ポールマン氏は「これは驚くべきことではない」と言う。「社会とより深くつながり、世の中のニーズをよく理解しているのだ。そして、ブランドを運営している人たちはおそらく少し強い責任感を持っているだろう」。

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