警察はなぜ動かなかったのか 徹底取材で迫る「太宰府主婦暴行死事件」報道 TNCテレビ西日本(2020年〜) [ 調査報道アーカイブス No.40 ]

◆「届かなかったSOS 動かなかった警察」を追う

「太宰府主婦暴行死事件」は、凄惨で痛ましい事件だった。

2019年10月20日、福岡県太宰府市のネットカフェ駐車場の乗用車内で、市内に住む主婦・高畑瑠美さん(当時36歳)の遺体が見つかった。あざや刺し傷など暴行されたとみられる痕が全身にあった。逮捕・起訴されたのは、高畑さんの知人女性とその交際相手2人。3人は、1カ月近く監禁し、虐待行為を繰り返した末に死亡させた。高畑さん自身は、肉親らの借金問題など複雑な関係の末、被告女性らにマインド・コントロールされ、家を出ていく。その末の事件だった。

事件で亡くなった主婦(TNCテレビ西日本のHPから)

その事件の経過を丹念に追ったのが、福岡県のTNCテレビ西日本である。ただし、報道の主眼は、この異様な事件そのものに置かれていたわけではない。借金返済の肩代わりを求められ、被告らに日々追い詰められていく高畑さんとその夫たち。その苦しみにもスポットを当てつつ、事件前に相談した佐賀県警が全く相手にしなかったことに重点を置いているのだ。

被害を訴えても何も動かない警察ー。

この図式は各地で度々問題となってきた。著名なケースは、女子大学生が殺害された「桶川ストーカー事件」だ。被害者側は事前に何度も埼玉県警上尾署にストーカー被害を申告し、「殺されるかもしれない」と訴えていたのに、無視して取り合わず、挙げ句、女子大学生が殺害されてしまった事件である。それと同様のケースが佐賀県でも起きていたのだ。

TNCテレビ西日本は「すくえた命」と題する特集をニュース枠で、2020年9月28日から5日連続で放送した。その4回目は「届かなかったSOS 動かなかった警察」である。家族らが佐賀県警鳥栖署に相談に行った際のことが描かれる。

▼瑠美さんの母親
「やはり警察が、もっと早く手を打ってくれたら、ここまではならなかった。それはずっとあります」
▼夫・裕さん
「あのとき動いてくれていたら、こんなこと何ひとつ起こらなかったんだろうな」

家族が高畑瑠美さんの異変を確信したのは、事件が起きる4カ月前だった。

▼瑠美さんの母親
「瑠美が交通事故を起こして、瑠美に示談金というか、そんな感じで渡しているんですけど、相手からもらった示談書の住所とか名前を調べたら全然偽物だった」

瑠美さんが事故を偽装し、家族から400万円近い金をだまし取っていたことがわかったのだ。これに加え、勤務先からの電話が危機感をさらにあおった。

▼瑠美さんの母親
「瑠美が2カ月くらい無断欠勤とか、目がうつろだったりしておかしいから、何かやっているんじゃないかとか、迷惑電話が山本からかかってくると」

真面目で家族思いだった瑠美さんに起きた変化。家族は鳥栖警察署を訪ね、瑠美さんに多額の金を無心されていることや背後に山本被告がいることを相談した。

ところが警察は動かなかった。家を出て行ったのは高畑さん本人の意思だろうと調べもせずに言う。その後も家族は、被告から金を要求されたり、脅されたりが続く。今度はその電話を録音して被害届を出しに行った。

それでも、警察は相手にしない。

▼夫・裕さん
「録音時間が3時間ということで長い。恐喝にあたる文言が、どこの何分に、どういう風に言葉を発したか、わかりやすいようにして警察署に持ってきてくれと言われました」

音声データをすべて聞くことなく、被害届の提出を断ったばかりか、職務放棄とも取れるこんなやりとりもあったと遺族は主張している。

▼警察「このデータを文字に起こして、どれが恐喝で、どれが脅迫で、どれが強要に当たるのか、印を付けてきて下さい」
▼遺族「そんなの素人に分かるわけがないじゃないですか」
▼警察「いまはネットで調べられますから」

▼夫・裕さん
「警察署を出て行くときは放心状態に近かった。怖くて助けて欲しくて警察に行っているのに、警察が動いてくれなかったらどうしたらいいんだろうって」

高畑さんが遺体で見つかったのは、それから間もなくのことだ。それまでの4カ月間、家族は実に11回も警察を訪れ、相談している。

TNCテレビ西日本のHPから

▼瑠美さんの母親
「もう今まで見てきた瑠美じゃない姿をしていました。1番に頼るのは警察。警察を信頼しているから頼みに行くんですよね。人の命を預かる職業だからもっと真剣に私たちの言うことを聞いて欲しかった」


◆公安委員までも取材する記者「命が奪われているのになぜ笑う?」

TNCテレビ西日本の追及は、それから長く続いた。警察の対応は適切と言えるのか。家族らが鳥栖署を訪れた際の対応、その一つ一つを検証しながら、警察側の不作為や対応のまずさを突いていく。この問題が佐賀県議会でも取り上げられるようになると、議員にも見解を求めた。さらに、今年秋に入ると、県警を管理する佐賀県公安委員会の委員にも1人ずつ、カメラとマイクを向けていく。

地方メディアにとって警察は重要な取材先だ。地域の治安に関する情報は視聴者の関心も高い。そのため、警察を敵に回すかのような取材には、どうしても及び腰になりがちだ。しかし、TNCテレビ西日本にとっては、そんなことはお構いなしだったようだ。

事件で亡くなった主婦(TNCテレビ西日本のHPから)

この秋、佐賀県議会では、事件への対応が適切だったかどうかを再調査してほしいという請願が提出され、審議された。しかし、再調査に賛成した議員は2人だけ。公安委員長が答弁に立つ直前、自民党議員から「頑張って」とエールが飛び、2人はにこやかに笑顔を交わしたという。この光景に記者は怒った。10月1日放送分の最後は、こう結ばれている。

1人の命が奪われているのに、なぜ笑みがこぼれるのか。

取材を続けるTNCの記者の目には、「慣れ合いの構図」にしか映りませんでした。

警察の落ち度が指摘されながら誰も責任を取らず、このまま事件にフタをしてしまっていいのか。

佐賀県民に尋ねると-

◆佐賀県民
「自分たちの面倒なことはフタをするじゃないですか、そういう今の行政が嫌ですね、特に警察は嫌ですね」
「家族としては、真相を知りたいというのが本当じゃないですか」
「佐賀県に住むものとしても、しっかりと公表するいろんな事を、悪かったことは悪かったとして、そうしていかないと、反省しているのかなと(思う)」

TNCの取材を受けた佐賀県民のほとんどが、再調査をするべきだと答えました。

すくえた命…

多くの県民が疑問を抱いたまま、瑠美さんの死は過去の出来事にされようとしています。

TNCテレビ西日本が制作した報道ドキュメンタリー番組「すくえた命」(2021年5月放送)は、今年の日本民間放送連盟賞のテレビ報道部門で最優秀賞を受賞した。「対応の不誠実さと責任を逃れようとする警察組織の体質を追及していく姿勢は、『調査報道のあるべき姿』と高く評価した」と主催者はコメントしている。

■参考URL
TNC総力取材「すくえた命」太宰府主婦暴行死事件
【独自入手】佐賀県警の内部文書 本部長答弁と異なる“事実” 太宰府主婦暴行死事件(福岡TNCニュース、youtube公式チャンネル)
新潮文庫『桶川ストーカー殺人事件 遺言』(清水潔著)

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