兵庫県議「号泣会見」につながった地道な資料読み 「政務活動費」不正に関する報道 神戸新聞(2014年) [調査報道アーカイブス No.41]

◆西宮市選出の県議、城崎温泉や東京、博多などを日帰りで年195回訪問

「西宮の皆さんに選出されて、やっと議員になったんです!」と泣き叫びながら、机をたたき、釈明を続ける議員ー。その場面を記憶している方は多いと思う。政務活動費の不正支出を指摘された、野々村竜太郎・元兵庫県議の釈明会見だ。その「号泣会見」の映像はインターネットを通じて、日本どころか世界に伝わった。あまり知られていないかもしれないが、この不正は地元神戸新聞の調査報道スクープによって明らかになった。

2014年6月30日、神戸新聞夕刊に「目的示さず交通費300万支出 西宮の県議、政務活動費から」という大きな記事が載った。記事は、次のような書き出しで始まっている。

兵庫県議会の野々村竜太郎議員(47)=無所属、西宮市選出=が2013年度、豊岡市と兵庫県佐用町、東京都、福岡市の4カ所を日帰りで計195回訪問したとして、政務活動費(政活費)から計約300万円を支出していたことが30日、県議会が公開した収支報告書で分かった。報告書には交通費の領収書添付が一切なかったほか、現地での活動を示す記載も見当たらず、“不自然”な支出に説明を求める声が強まりそうだ。

政活費の収支報告書は30日午前9時半に公開が始まった。神戸新聞社は野々村氏への取材を試みたが、同日正午現在、連絡が取れていない。

野々村氏の収支報告書によると「要請陳情等活動費」として計301万5160円を支出。その全額が、自宅最寄りの阪神武庫川団地前駅(西宮市)から特定の4カ所までの往復の切符代に使われていた。

行き先は、JR城崎温泉駅(豊岡市)=106回▽JR佐用駅=62回▽JR博多駅(福岡市)=16回▽東京都内=11回。4月に11日連続で福岡と東京を、6月から7月にかけては12日間連続で豊岡と佐用を交互に訪れるなどしていた。本会議など議会登庁日などと重なる日付の訪問はなかった。

神戸新聞の第一報と、釈明会見で号泣する野々村氏(神戸新聞のHPから)

◆「第2の議員歳費」にメスを入れる

社会面には「野々村県議『交通費』突出 領収書の添付ゼロ」という関連記事もある。西宮と城崎温泉を106回、同じく博多に16回……これらはいずれも1年間の話だ。報告書の通りなら、野々村氏は1年の3分の1を城崎温泉で過ごしていたことになるが、それはそれで常軌を逸した議員活動だ。もちろん、報告書が虚偽なら300万円超もの資金を不正流用したことになり、より大きな問題になる。

政務活動費の使途は一定の枠内で議員本人の裁量に任されており、「第2の議員歳費」と呼ばれる。不正使用も時折発覚していたが、この野々村氏の問題が発覚するまでは、報道されても一地域の話で終わったり、一過性の出来事として忘れ去られたりすることが多かった。要するに、地味な話だったのである。それを一変させたのが、神戸新聞の報道だった。釈明会見は前述の通り「号泣会見」となり、一躍全国区のニュースになる。これ以降、「政務活動費」の存在や問題点は広く社会で知られるようになったと言ってよい。


◆議会担当の「ルーティン」ではあったが、徹底的に調べた

では、野々村氏の不正に関する取材はどう進んだのか。後に報道部長を務めた神戸新聞の志賀俊彦・東京支社長は2020年6月、東京FMのラジオ番組「TOKYO SLOW NEWS」(制作協力・フロントラインプレス)に出演し、「ローカル紙・地方紙のチカラ」と題する語りの中でこんな経緯を明かしている。「速水」氏は番組のパーソナリティー・速水健朗氏。

志賀:取材したのは当事の社会部です。県庁担当の記者で、県議会も担当するのですが、その2人の記者が取材に当たりました。この取材自体は特別なことではありません。政務活動費の収支報告書というのは公開されるんですけれども、この時期にそれをチェックするのは県庁担当の記者の、まあいわば、ルーティン作業なわけです。当時の県議89人の報告書があって、これが1万ページほどありました。それを調べる中で、野々村さんが陳情や住民相談に当てたとした政務活動費が1年で300万円に上っていて、その全額をなぜか切符代として報告してたんですね。その異様さが2人の記者の目に留まったということです。
速水:そしてあの記者会見になっていく流れなんですね?
志賀:そうですね。その記者会見の前、私どもがこの報告書の公開の日に合わせて、新聞で報じたわけです。
速水:インパクトの強さゆえに毎日ワイドショーが取り上げるような状況になったんですが、神戸新聞がチェックして取り上げてなかったら、気づかれずにスルーされていた可能性もあるということでしょうか?
志賀:これは公開されている情報ですので、いずれ気付く人はいたと思いますけれども、公開に合わせて気づいたというのは神戸新聞だけであったということですね。

問題が明らかになった後も神戸新聞は追及の手を緩めなかった。釈明会見での神戸新聞記者による質問は、多くの質問者にとってお手本のような鋭さだ。

野々村氏は議員を辞職し、その後、在宅起訴されるが、その間も神戸新聞は「野々村元県議 『東京出張日』に兵庫県庁滞在か」「政活費問題 野々村元県議『切手代』で金券購入か」「野々村元県議、カード明細書改ざんか 報告書に添付切り貼りの疑い」といった独自ニュースを報じていく。

さらに「政活費不正疑惑、各地に飛び火 市民感覚とかけ離れた実態」といった記事も掲載。この問題が全国に波及し、各地で同様の不正が発覚していく事態にも目を向けた。

上で紹介した「TOKYO SLOW NEWS」で神戸新聞の志賀氏が語っているように、政務活動費の収支報告書はどこの議会でも年に1回公開される。それを取材するのは、議会担当記者のルーティンでもある。しかし、公開に合わせて議会側から配られた資料にだけ目を通して済ますのか、あるいは、眼を皿のようにして元資料を読み込み、領収書の1枚1枚までチェックするかでは大きな差が出る。政務活動費をチェックする方法そのものは難しくないが、そこで手を抜くかどうかは、決定的な差になって現れることがあるのだ。

神戸新聞は後者を選んだ。志賀氏は「これは公開されている情報ですので、いずれ気付く人はいたと思います」と語ったが、実は、そうとは言い切れない。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
神戸新聞による一連の報道(公式HP)
単行本『「政務活動費」ここが問題だ 自治体〈危機〉叢書』(宮沢昭夫著)
単行本『号泣議員と議会改革:市民のための議会改革処方箋』(丸尾牧ほか著)

© FRONTLINE PRESS合同会社