忍び寄る大変化を先行して可視化した「無縁社会〜“無縁死”3万2千人の衝撃〜」 NHKスペシャル(2010年) [ 調査報道アーカイブス No.42]

◆「無縁社会」を社会に認識させた番組

2010年1月31日夜、NHKスペシャルが「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」を放送するまで、日本では「無縁社会」という言葉がほとんど流通していなかった。試しに朝日新聞と読売新聞のデータベースで「無縁社会」をキーワードにして過去記事を検索すると、朝日では250件余り、読売では170件余りがヒットする。しかし、双方とも一番古い「無縁社会」の記事は、このNHKスペシャルの番組紹介だった。

番組は冒頭、警視庁湾岸警察署の警備艇が東京・台場の東京湾に出動するシーンから始まる。

(ナレーション)同行取材をしていた私たちのもとに、この日も身元不明の水死体が発見されたと連絡がありました。毎日のように発見される水死体。この日見つかったのは60代と見られる男性でした。

ここ数年、警察が捜査しても名前さえわからない、身元不明の遺体が増え続けています。

カメラはその後、人が亡くなった後を片付ける「特殊清掃業者」の担当者が東京・品川で遺品を整理する様子をとらえ、その部屋に残された骨壷にフォーカスする。遺骨の引き取り手がないのだ。その遺骨は宅配便で無縁墓地に送られた。

「残された遺族にはそっぽを向かれ、それ(遺骨)が休めるところもなく……」と紺色のスーツにネクタイを締めた業者は言う。そこに「そういう遺骨はどうなるんですか?」というテロップ。少し間があって、業者はこう言った。

「ゴミでしょうね」

NHK放送史のサイトから

◆全国すべての1738自治体に直接取材

無縁仏になった遺骨は自治体が葬ったり処理したりする。その対応に追われているのだという。「何か異常なことが起きているのではないか」。NHKの取材班はそう考え、全国1738のすべての自治体から聴き取り調査した。引き取り手がないまま、火葬・埋葬された遺体はどのくらいあるのか。その結果、2008年の1年間だけで、「無縁死」は3万2千人にも達していたことが初めてわかったのである。

(ナレーション)その中でも私たちが注目したのは「単身者」。1人で暮らす人が多いことでした。気づかないうち、水面下で広がっていた「無縁死」。いま、1人で生きている人たちの間で不安が高まっています。

(食卓の高齢女性)「心配なのはここにいて死んでても、骨だけになっても、電話がかかっても自分には分からない……」

(ナレーション)家族や会社とのつながりなくし、孤立して生きる人々。いま、「無縁社会」とも言える時代に突入しています。無縁死、3万2千人。私たちはその真相に迫ることにしました」

約5分に及ぶここまでの冒頭シーンのあと、番組は官報に記載された「行旅死亡人」を手がかりに取材を進めていく。「飢餓死」「凍死」などの文字が並ぶ官報。その中で、自宅の居間で亡くなっていたにもかかわらず、「氏名不詳」とされた男性の生前に迫っていく。


◆「『無縁』という言葉が『無念』に聞こえてならなかった」

取材班が1年をかけて作り上げた番組は、調査報道そのものと言ってよかった。全国すべての自治体に取材する「悉皆調査」は、すべてに網をかける調査取材の基本だったし、官報に記載された数行を手がかりにして亡くなった人の晩年を追いかける執念も見逃せない。そうした努力の末にできた番組は、大きな反響を呼ぶ。視聴者の声は新聞にも次々と載った。朝日新聞と読売新聞の投書から抜粋しよう。

【東京都、主婦・72歳】人との絆の薄さに、特に血縁の絆をなくした人の悲惨な最期に、ぼうぜんとした。誰もが、生まれたときは祝福され、慈しまれて育ったはずなのに、1年に3万2千人もの人が行政により無縁仏として葬られ、その数は増えているという。日本が貧しかった頃は、隣近所で助け合って生きていたが、高度成長と共に人との絆が薄くなったように思う。

【新潟県、自営業男性・70歳】遺骨を引き取っているお寺の住職、栗原啓允さんが語っていた。「私たちだって、ひとつ間違えば孤独死しなければならないかも……人生の終盤で孤立し、どこに埋葬されているのか、その人の痕跡が何も残らないというのは不条理だと思うのです」。番組はこの言葉を核に、不条理の状況をいくつか解き明かしていた。私は「ひとつ間違えば」に「いつ間違えたのか」を重ね合わせ、重く受け止めた。

【埼玉県、無職男性・73歳】遺体も遺骨も引き取る人がいない人生は、生きた痕跡さえもないということだ。最期を悼む誰かにみとられて、あの世に旅立ちたいものだ。

【東京都、僧職・51歳】長年暮らしたアパートの一室での孤独死も、本来は行き倒れ死を指すはずの行旅死亡人として扱われてしまう。人とのつながりが簡単に切れてしまう現代社会のもろさ。番組で繰り返し報じられた『無縁』という言葉が『無念』と聞こえてならなかった。

深刻な高齢化問題に関連し、NHKスペシャルはこの後、「老人漂流社会」シリーズとして「“老後破産”の現実」「終の棲家はどこ…」「親子共倒れを防げ」「団塊世代 忍び寄る“老後破産”」といった作品を次々と送り出した。いずれの番組も確かな取材に裏打ちされ、観る者の心を揺さぶる。

番組制作に携わったNHKプロヂューサーの板垣淑子氏は2018年、筆者(高田)の勤務先である東京都市大学メディア情報学部を訪れ、「世の中にどんな変化が起きているか、いつも五感を研ぎ澄ませています。変化は本当にささいな、小さなところに、本当に誰にでも目に入るところに現れている。そこに気づかないといけない」と語ったことがある。筆者なりに付け加えれば、その「気づき」を得るためには、知識というアンテナが要る。アンテナが低ければ、あるいはその数が少なければ、大切なものが目に入っていても何も気づかずに通り過ぎてしまうだろう。

「無縁社会〜“無縁死”3万2千人の衝撃〜」は2011年の菊池寛賞を受賞した。受賞に際しては「家族、ふるさと、地域や企業社会で人間の絆を失い、急速に孤立化する日本人。世代を超えて広がる新たな現代社会の病巣を丁寧な取材で抉りだし、警鐘を鳴らしている」と評された。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
NHK放送史「NHKスペシャル 無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」
文庫『無縁社会 ’無縁死’ 三万二千人の衝撃』(NHK 無縁社会プロジェクト取材班)
単行本『老人漂流社会』(NHKスペシャル取材班)

© FRONTLINE PRESS合同会社