解散から投開票日まで戦後最短の衆院選、在外投票で阿鼻叫喚 ネット導入求め署名開始

米首都ワシントンの日本大使館で衆院選の在外投票を行う人たち=10月20日(共同)

 新型コロナウイルス禍の中で行われた10月の衆院選。解散から投開票日まで戦後最短の17日間に設定され、海外有権者からは「投票が間に合わなかった」などと悲鳴の声が上がった。選挙後には在外でのネット投票導入を求める署名活動も始まっている。運用開始から約20年。在外選挙制度が抱える問題を追った。(共同通信=金友久美子)

 ▽1票の値段6万円?

 「解散からわずか5日で選挙戦、公示日から12日の投票期間というのはあまりに短い。周囲でも多くのトラブルが発生していた」。こう振り返るのは、英国在住の翻訳ライター、澤木友美さん(46)だ。

 在外公館投票ができるロンドンの日本大使館からは片道約3時間の距離がある中部マンチェスターで暮らす。大使館での投票は難しく、今回は送料38ポンド(約6千円)を払って日本国内の選挙管理委員会へ投票用紙を郵送した。

 ツイッター上では投票手続きが間に合わなかったケースや遠方の在外公館に泊まりがけで投票に行った苦労話であふれ、中には「飛行機代6万円」をかけて1日がかりで在外公館投票に駆け付けたという人もいた。澤木さんは「政府は有権者が投票しやすい環境を整えることに全く無関心だと感じる。(投票しやすい国内と海外とでは)投票の前から『1票に差』があることに目を向けてほしい」と訴える。

郵便による在外投票の書類(田上明日香さん提供)

 ▽海外と日本を1・5往復

 特に目立ったのが郵便投票を巡るトラブルだ。在外有権者の投票方法は(1)在外公館での投票(2)郵便投票(3)帰国しての投票―の3パターンがある。2017年の前回衆院選では在外公館投票が全体の9割以上を占め、郵便投票は3%にも満たなかったが、今回は政府がコロナ禍を理由に郵便投票を推奨したこともあり、郵便投票を選択した人の大幅な増加傾向がみられた。

 しかし、郵送で投票するには海外居住地と日本の選管との間で3回(1・5往復)の送付を経なければならない。まず「投票用紙請求書」と「在外選挙人証」を登録先の市区町村選管に送り、選管から投票用紙や封筒などが届いて1往復。その後、さらにその投票用紙に記入して選管に送り返す必要がある。

 また、第1段階の請求は選挙期日が決まっていなくても事前に行えるが、投票用紙の投函は公示日翌日以降でなければ無効になるという「落とし穴」がある。選管への投票用紙は10月31日の投票終了時刻(通常午後8時)までに到着していなければならず、間に合わなければ、これもまた無効票となってしまう。

 今回、解散から投開票までの期間が短かったことから、請求手続きを済ませていた人の中でも「選管からの投票用紙を待っていては間に合わない」と感じて在外公館での投票に途中から切り替えようとしたケースが目立った。だが、そこにも制度の壁が。在外公館での投票では在外選挙人証をその場で提示することが要件となっており、選管から在外選挙人証が返送されてこなければ投票が認められない。東京都港区などでは選管側が投票用紙の発送時期の規定を理解しておらず、発送が遅れるミスも発生した。

海外の有権者が投票するために必要な在外選挙人証(共同)

 ▽投票所15カ所見送り

 途上国では最初から投票への道が閉ざされていたケースもある。政府は在外投票を世界226カ所の在外公館で実施する一方、大使館が一時閉鎖中のアフガニスタンや、新型コロナ禍で航空便が制限された地域など計15カ所では在外投票の実施を見送った。

 「在外公館投票が実施されず、その連絡も大使館から一切なかった」と語るのは、東ティモールで国際協力関係の仕事に従事する女性(34)。大使館から投票日に関する知らせが届かないため「ホームページを見てみたところ『実施しません』と記載されているのを見つけて驚いた」と振り返る。郵送投票を勧める事前の案内もなく、そもそも日本への国際宅配便が月1、2回の運行に限られている中では事前に知らされていても1・5往復のやりとりが必要な郵便投票への切り替えは、時間的に困難だったとみられる。

 その後、大使館ホームページ上には「在外公館投票は終了しました」との案内が掲載されていた。女性は「実施してもいないのに『終了しました』と書かれていることにもショックを受けた。少なくない国で在外公館投票が間に合わない可能性がある選挙日程を組んだことについて大きな疑問を感じている」と憤る。

オンライン取材に応じる田上明日香さん

 ▽5日で署名6千人

 イタリア・ペルージャ郊外で暮らす翻訳業、田上明日香さん(38)は交通費や宿泊費約2万6千円をかけて、片道約4時間のローマの大使館で投票した。「この先、何年、何十年と同じ苦しみを味わいたくはない」と、オンライン上で知り合ったドイツや米国在住の女性2人とともに、11月4日から在外有権者向けのネット投票の早期導入を求める署名活動を始めた。

 複雑な制度について「在外有権者の票が無効になるように、何重にもわなが仕掛けられているかのようにさえ見える」と疑問を投げ掛ける。改善すべき制度上の課題があまりに多いため、どうしたら問題を分かりやすく伝えられるかを話し合い、署名活動ではネット投票に主張を絞った。当面の目標は1万人だが、わずか5日間で6千人以上の署名が集まった。

 総務省の有識者研究会は2018年8月にネット投票を海外在住者向けに導入することが技術的に可能とする報告書を発表。昨年2月には実証実験を東京都内で実施した。署名活動では2022年夏の参院選で在外邦人を対象としたネット投票の実証実験を行い、25年の参院選で全面運用を目指している。ただ、ネット投票はマイナンバーカードによる本人確認が前提。マイナンバーやネットを通じた情報管理に不安を持つ人も多く、政府の信頼性が問われているとも言える。

1994年10月の在外投票運動(竹永浩之さん提供)

 ▽ツイート8千件

 在外選挙制度は1990年代に世界各地で起こった運動がきっかけで創設され、衆参比例代表選挙を対象に2000年に運用がスタート。その後、小選挙区にも対象が広がった。海外有権者ネットワークNY共同代表の竹永浩之さんは制度創設を求める署名活動に関わって以来、在外投票の改善を訴えてきた。近年は在外投票に関するツイッターの分析も積極的に行ってきたが「これまでの国政選挙では関連ツイートがせいぜい数百件だったが、今回は主なものだけでも8千に及んだ」と関心の広がりに驚きを隠さない。

 背景として二つの要因を挙げる。一つはソーシャルメディアの普及で「途上国を含め、これまでは見えにくかった各地の在外投票を巡る窮状をリアルタイムで共有できるようになった」。もう一つは、米国でもコロナ前から続いていた黒人差別反対運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ)」が昨年大きな注目を集めたように「コロナ禍をきっかけに人権などに関する意識が高まり、社会的に声を上げる動きが広がった」と指摘する。国内と同様、海外でも億万長者から不法滞在者まで多種多様な邦人が生きる。公平な1票の実現に向けた海外の動きは、国のかたちを巡る問い掛けでもある。

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在外ネット投票の早期先行導入を求める署名はこちら

https://chng.it/Xz4HWvfW

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