まるで耽美なマジック!ビル・チャーラップによるブルーノート復帰作に酔いしれる

©Keith Major

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文:岡崎 正通

お洒落でスマートな個性とともに趣味の良いタッチを聴かせて、ジャジーな魅力をいっぱいに振りまいてゆくピアニストのビル・チャーラップが、久しぶりにブルーノート・レーベルに戻ってきた。「ストリート・オブ・ドリームス」と名付けられた新作は、インパルスへ吹き込んだ前作「Uptown Downtown」以来4年ぶり。ブルーノートでのトリオ作品としては2007年の「Live at The Village Vanguard」以来10数年ぶりのアルバムということになる。

“ブルーノートとの結びつきは、僕にとって、とても大切なものなんだ。多くの偉大なプレイヤーたちがブルーノートへ録音をおこなっているし、僕自身もブルーノートをつうじて音楽を進めていったわけだからね・・”。そんなレーベルへの復帰ということもあって、チャーラップはいつになく思いを込めてスタジオ録音にのぞんでいるようだ。彼の弾くタッチの一音一音からは瑞々しい香気が立ち込めて、とても良い気分にさせてくれる。

単に美しいとか楽しいというだけでなく、彼のピアノ表現はいっそうの深みを増して、これまでになかったほどの渋い味わいをもつものになっている。ベースのピーター・ワシントン、ドラムスのケニー・ワシントンとのコンビネイションもいっそう密になって、3人が互いの音を良く聞きながら、トリオとしての一体感をもった音楽を創りあげてゆくのが良く分かる。

1966年10月生まれのビル・チャーラップは、現在55歳。思えばこのトリオが結成されたのは1997年のことで、以来25年にもわたってビル・チャーラップ・トリオは不動のコンビネイションを誇ってきたわけだが、そんなトリオのもっとも成熟した姿が「ストリート・オブ・ドリームス」には生々しく捉えられている。

“僕にとってトリオのメンバーは、それぞれが3分の1ずつの役割をもっているんだ。3人が等しく個性を出しながら、曲についての思いやニュアンスを聞き合ってプレイする。もちろん即興プレイの奥行きも、どんどん深いものになっているよ・・”。

©Keith Major

ビル・チャーラップのピアノ・スタイルは、けっして派手に多くの音符を弾きまくるといったタイプのものではない。磨き抜かれた感性とともに音を選んで、とつとつと歌うように弾き上げてゆくのだが、そこから絶妙なスイング感が生まれるとともに、メロディックな美しさがいっそう際立って耳に届いてくる。

チャーラップの演奏を語るときに、よくテディ・ウィルソンやハンク・ジョーンズ、トミー・フラナガン、アーマッド・ジャマルなどの偉大な名手たちの名が引き合いに出されるが、彼らに共通するのはピアニストとしての優雅な味わい、趣味の良さといったもので、言い替えるならば決して奇をてらうことのない誠実な歌心であるとも言えるだろう。

そんなジャズ・ピアニストたちのもっていた美質を受け継ぎながら、今日のヴィヴィッドなピアノ・ジャズの響きを聴かせてくれるビル・チャーラップ。そして強靭なビートを送り出すベースのピーター・ワシントン。ブラッシュ・ワークを主体に、ときにスティックに持ち替えて躍動感あふれるリズムを叩き出すケニー・ワシントンのツボを得たドラミングの妙も素晴らしい。

©Keith Major

演奏されるレパートリーには、スタンダード曲やジャズ・ナンバーがバランス良く並んでいる。オープニングの<ザ・デューク>は、デイヴ・ブルーベックがデューク・エリントンに敬意を表して書いたオリジナル。

この一曲を聴いただけでも、チャーラップの磨き抜かれたピアニスティックな個性はもちろんのこと、トリオのバランス感覚が頂点に達していることが良く感じとれることだろう。続く<デイ・ドリーム>は、そのエリントン楽団の為に書かれたものだが、チャーラップの幻想的なタッチも、曲のもっている魅力を描き出して余りあるものがある。

そんな作品とともに、ここでは渋いミュージカル・ナンバーがいくつか取り上げられているのも注目される。<ユア・オール・ザ・ワールド・トゥ・ミー>はフレッド・アステアが主演した『ロイヤル・ウェディング』、<アイル・ノウ>はヒット・ミュージカル『野郎どもと女たち』の為に書かれたもの。

どちらも地味な曲で滅多に演じられることがないが、そんな地味な作品をとり上げたのも、まさにビル・チャーラップならではのものがある。チャーラップの父はブロードウェイの著名な作曲家だったムース・チャーラップで、母は歌手のサンディ・スチュアート。

ビル・チャーラップは小さかった頃から音楽の鳴りやまない環境で育っていて、スタンダード・ナンバーについても知り尽くしているからだ。そしてミシェル・ルグランの名作<ホワット・アー・ユー・ドゥーイング・ザ・レスト・オブ・ユア・ライフ>(これからの人生)とタイトル曲<ストリート・オブ・ドリームス>(夢の街)での、デリカシーの極致と呼ぶべきバラード・プレイ。ぐっとテンポを落としながら、まるで時が止まってしまったかのように美しく、静謐な瞬間を描き出してゆくのもチャーラップ・トリオならではのマジックなのである。

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ビル・チャーラップ
「ストリート・オブ・ドリームス」発売中

1. The Duke(Dave Brubeck)
2. Day Dream(Billy Strayhorn, John LaTouche, Edward Kennedy Ellington)
3. You're All The World To Me(Burton Lane, AlanJay Lerner)
4. I'll Know(Frank Loesser)
5. Your Host(Kenny Burrell)
6. Out Of Nowhere(Johnny Green, Edward Heyman)
7. What Are You Doing The Rest Of Your Life?(Michel Legrand, Marilyn Bergman, Alan Bergman)
8. Street Of Dreams(Victor Young, Samuel M.Lewis)

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