ゴール欠乏症を劇的に解消した起用 果敢に仕掛ける三笘薫という推進力

日本、3連勝で2位浮上 オマーン戦の後半、ドリブルで攻め込む三笘(中央)=マスカット(共同)

 ラーキン・スタジアムのスタンドの上に浮かぶマレーシアの丸い月が、いまだに鮮明に思い出される。24年前の1997年11月16日、日本は岡野雅行の決勝ゴールでイランを3―2で破り、念願のW杯初出場を決めた。いわゆる「ジョホールバルの歓喜」だ。日本サッカーの節目となる同じ11月16日、日本は重要な試合を迎えた。ホームでの初戦で敗戦を喫しているオマーンが相手。ここで引き分け以下なら、他チームの結果次第では、自動的に本大会出場権を得る2位以内はかなり厳しくなる。その意味で勝利だけを求めるしかない試合だった。

 発表されたオマーン戦の先発メンバーを見て、期待を抱いた人は皆無だったのではないだろうか。変化を嫌う森保一監督は、出場停止となった守田英正に代えて柴崎岳を入れただけで、ほかはベトナム戦とまったく同じ人選をした。11月11日に1―0で勝利を収めたとはいえ、相手のベトナムは全敗でグループ最下位。しかし、オマーン戦でも、最少得点しか期待できないチームに変化を与えようとはしなかった。

 さらに残念だったのはJ1の得点王争いで独走する前田大然、旗手怜央、上田綺世の東京五輪組を登録外にしたことだ。そもそも日本協会が森保監督にA代表と五輪代表を兼任させたのは、風通しを良くして自然な流れでA代表の若返りを進めるためだったのではないか。しかし、以前からA代表に入っている選手を除けば、新たに「東京五輪組で先発」といえるのは田中碧だけ。それも10月12日のオーストラリア戦からで、まだ3試合目だ。ベテランの多い顔ぶれの固定されたチームから新しい期待は生まれにくい。

 前半は予想通りだった。ボールを支配はするが、それはオマーンの守備組織の外側でのこと。さらに現時点での日本の数少ない攻め手となる伊東純也は、前方のスペースが完全に消され、仕掛けようにも仕掛けられない。そういう場合はコンビネーションで崩すものだが、森保ジャパンの攻撃は個人の能力頼りという感じだ。本当に練習をしているのかというくらい、歴代の日本代表に比べて連係した動きがない。唯一チャンスといえるのは前半23分の場面ぐらい。左サイドをオーバーラップした長友佑都がクロスを入れる。フリーとなった伊東が右足で合わせたが、ボールはゴール枠を外れた。

 ハーフタイムに日本にとって良いニュースが入ってきた。1時間早く始まっていた中国対オーストラリア戦が1―1で引き分けたのだ。これで、日本はオマーンを下せば、オーストラリアを上回り2位に浮上できる。ただ、それにはゴールが必要だ。しかし、中国、ベトナムの格下がいても5試合で4点しか挙げていない。今の日本には、1点がなかなか遠い。

 ゴール欠乏症が続く日本。森保監督はいつも通り、様子見でいくのかと思われた。ところが、まだ使用したことのない手を打ってきた。三笘薫を後半から代表デビューさせたのだ。例えるなら、一度も使ったことのない「新薬」を投入したのだ。そして、これが「欠乏症」に劇的に効いた。

 ここのところ、伊東以外は仕掛けないアタッカーしか目にしていなかった日本にあって、三笘の登場は新鮮だった。多くの人が待ち望んでいたドリブラーは、多くの人が予想していたプレーをいきなり見せた。後半キックオフ直後、左タッチライン際で長友の縦パスを受けた。次の瞬間、加速するとDFを置き去りにしてカットインに。相手はたまらずファウルで止めるしかなかった。

 最初のボールタッチが、日本の雰囲気をガラリと変えた。それまでは見えなかったゴールを目指す意識と、推進力が戻ってきたのだ。そして後半4分、三笘が再び左サイドからチャンスをつくる。縦に仕掛けてクロス。遠藤航がシュート、ボールは選手に当たって味方の前へ。だが、このチャンスでは決められなかった。

 三笘がボールを持てば、期待が持てた。1対1の仕掛けは相手に引っ掛かる部分もあった。それでも相手に向かっていく姿勢はオマーンの脅威になり、日本の勇気になった。0―0で時計が進む。ゴールを奪わなければオーストラリアが引き分けた意味も失われる。そのような雰囲気の中、待望のゴールが決まったのは残り10分ほどになった後半36分だった。

 三笘のクロスは一度はDFにカットされた。しかし、後方からフォローした中山雄太が相手からボールを奪い返し、絶妙のタイミングで三笘の前のスペースへ。三笘は前にワンタッチ持ち出して左足のクロスを送る。それを右大外からゴール前に躍り出た伊東が、左足ボレーでゴールにたたき込んだ。

 「雄太君(中山)が良いボールをくれたし、前にスペースがあったので飛び出して、中にクロスを上げれば何かが起こるんじゃないかと思っていた」。代表デビューで決勝点となった1点をアシスト。それ以上に三笘の積極的なプレーはチームに勢いをもたらした。

 約1カ月前のオーストラリア戦の田中、そして、この日の三笘。新しい戦力は、チームにそれまでになかった活力を与えるのは明らかだ。森保ジャパンはW杯に出場するのが目的なのか。それとも、W杯で勝つことが目的なのか。もし後者なら、チームに「新薬」を投入していかなければならない。中国、ベトナム、オマーンに1―0の勝利しかできないチームが、本大会で勝てるとは思えない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社