【読書亡羊】選挙という「祭り」は踊らなければ損! 畠山理仁『コロナ時代の選挙漫遊記』(集英社) その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!

4割以上の人が「棄権」

投票率、55.93%。戦後三番目の低さ。

2021年10月31日に行われた衆院選挙の投票率はこのような結果に終わった。

約ひと月前に行われた「ほとんどの人は投票権を持っていない」自民党総裁選と比べると、ネット上の盛り上がりもさほどの熱を感じなかった。

「地元選挙区の候補者の顔ぶれを見ても、投票したい人がいないから仕方ないだろう」

そんな声も聞こえてきそうだが、果たして本当に「地元選挙区の候補者」がどんな人たちで、どんな政策を掲げているのか、我々は有権者としてきちんと把握しているだろうか。

畠山理仁『コロナ時代の選挙漫遊記』は、そんな「そもそも」の話に気づかせてくれる。畠山氏は選挙の魅力に取りつかれ、全国津々浦々、地方議員の選挙や補欠選挙まで、現地に行って候補者全員に話を聞く。

最初は記者として取材し始めたが、近年では赤字になっても選挙の現場へ足を運ぶ。それはひとえに〈面白い人や信じられない人に出くわす〉〈選挙の現場に「ハズレ」がない〉から。今回も、政見放送で「プロポーズ」した候補が紹介されている。

直接の投票権を持たない「よその選挙」を取材して20年。前著の『黙殺――報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社文庫)はマック赤坂氏やドクター中松など、供託金没収の目に遭っても選挙に挑み続ける候補者たちに迫った。そして本書はコロナ禍の2020年から21年の選挙を追ったものとなる。

勝手に主要候補を絞るメディアに反対!

一体、どんなドラマがあるのか。

例えば2020年に行われた東京都知事選挙。史上最多22人の候補が名乗りを上げたが、そのうち何人の名前を憶えているだろうか。候補者の中には、スーパークレイジー君こと西本誠氏もいた。彼はその後、戸田市議会議員選挙で当選しながらも、当選無効が取りざたされているさなかにある。

当初誰もが「売名行為のネタ候補」と思っただろうが、西本氏が畠山氏に話す「若い人が選挙に行かない」「日本の選挙もアメリカの大統領選のように盛り上がるものにしたい」という思いは本気である。

畠山氏は本書で戸田市議会選も取材しているが、西本氏はここで子供たちから絶大な支持を得た。子供や若者にとって「おじさん・おばさんやおじいさん」ではない「お兄さん」が政治を訴える姿は新鮮だったのだろう。そこでは子供たちが大人たちを西本氏のところに連れてくるという、前代未聞の光景が展開されていたという。

それが戸田市議会選挙当選というサクセスストーリーに結びつくのだが、いずれの選挙でも、報道は最後まで「イロモノ候補」扱いだった。

大手メディアの選挙報道は、実際には多くの候補者が乱立していても勝手に「事実上の一騎打ち・三つ巴」などと有力候補を括ってしまう。畠山氏はこうした選挙報道の在り方に断固として異を唱えている。

泡沫候補と呼ぶなかれ。何の支持基盤もない、一介の市民が顔出しで、己の温めてきた政策や政治思想を問うべく立候補するのだから、できうる限りのリスペクトが必要だ。

それぞれの候補者は大変な覚悟をもって立候補している。大きなリスクを背負い、有権者の選択肢になろうとして体を張っている。こうした人たちがいなければ選挙は成立しない。そのありがたみを再認識してほしい。

今のように一部の候補者をバカにする風潮が続いていけば、新たな挑戦者を委縮させてしまう。新規参入者がいなくなれば業界はすたれる。ますます「投票したいと思える人」が出てくる可能性は低くなる。皆さんが望んでいるのは、そんな世界だろうか。

絶対に違うと思う。

「どう考えても勝てないでしょう」とごちる候補も

畠山氏の取材の過程では、立候補していながら、問い合わせの電話に一切出ない候補もいれば、ポスターさえ貼らない候補もいる。しかし生身の人間がリアルに繰り広げる選挙の現場は、なるほどこれ以上ない人間ドラマの宝庫と言える。

印象深いのは、名古屋市長選挙に立候補した太田敏光候補だ。「どう考えても勝てないでしょう」と言いながら、それでも立候補する太田氏は、名古屋市議会に対して「ものすごい数」の陳情を行ってきたという。「名古屋市議会の傍聴席を増やせ」「市議会議員の海外視察後の報告書提出を義務付けよ」などという陳情は、その後、実現に至っている。

市民目線の、まごうことなき「政治経験」と「実績」があるのだ。

しかし候補者のそうした一面も、聞いてみなければなかなか知りえない。有権者として、我々はどうすべきなのか。

畠山氏は具体的な方法を紹介している。

選挙の楽しみ方として、候補者本人の話を聞く、というのは第1段階だ。第2段階としておすすめしたいのが、候補者の周りにいる人に話を聞くこと。そして第3段階は、街頭演説場所に来ている人に声をかけてみることだ。

そのほか、選挙事務所を訪ね「政策が分かるパンフレットをください」と声をかけることもすすめている。

次の戦いはもう始まっている

畠山氏は単に「面白候補」をいじるために選挙取材を続けているのではない。候補者が多い活気ある選挙こそ民主主義の活力の源であり、有権者の目も養われるのである。最初は「楽しもう」という目線でもいい。まずは入り口に立つことが重要だ。

「選挙をまじめに楽しもう」という雰囲気は広がりつつある。総選挙後、せいかつきろく社編『家庭用 せんきょく記録』(景文館書店)が発売された。表紙には「ことしの政治を記録する つぎの選挙までのノート」とあり、「政治をどう変えるか」「政治の記録」などに分かれた詳細な記入欄が設けられている。ゲーム感覚で空欄を埋めていけば、一年後には立派な記録台帳が出来上がる。

次の大型選挙は参院選で、2022年7月25日までに行われる。次の選挙戦はもう始まっているのだ。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

© 株式会社飛鳥新社