<書評>『歌集 儒艮』 ほとばしる熱量高き歌

 県内歌人では最多の第6歌集を上梓、書名は『儒艮(ザン)』という。ザンはジュゴンの方言名。作者の迸(ほとばし)るような熱量高き歌が第1ページから並ぶ。
 人魚の歌聞こえて来たり若者 が下ろすザン網のたゆたふ波間
 その昔人魚の声の語らひに辺 野古の海のジュゴンの祭り
 作者の玉城洋子は沖縄の本土復帰10年目に「紅短歌会」を立ち上げ、歌誌『くれない』を毎月発行し今月までに233号を数えた。その中で作者が詠う一貫したテーマが戦争と基地、まさに今の沖縄を県内外に発信し続けている。力強く決してぶれない。
 戦場に生れし我も産みし母も 青春ぐちゃぐちゃ人生ぶよぶよ
 どうしても語り継がねばなら ぬもの沖縄戦の地獄その果て 血に染まる異国の基地に誰がした 沖縄(シマ)の海よ空よ風よ
 昭和19年生まれの作者は沖縄の地上戦を過去のモノとせず真直ぐに詠う。「血に染まる異国の基地」にされた沖縄、本当はこんなに美しいのに…。
 硬質な時事詠が多くある中で作者の住む糸満を詠った歌は明るく印象的だ。
 モンパの花咲く頃糸満美童(ミヤラビ)の 浜下り(ハマウイ)清明祭(シーミー)をみならの声
 サーサーサー掛け声かくれば サーサーサー船子がエークを 大空に挙ぐ
 現在は死語となった「戦争未亡人」という言葉でよばれた母を詠った数々は柔らかい文体で歌集の後半を占めている。
 青春を切り取られしを生き抜ける母を思へば夜寒の嵐 降る雨に交じりて雷の鳴る夜
 半を思ひのすべて母に繋がる ほんたうに聞こえないのか 娘の声も母は電話をガチャリと置きぬ
 3首目は平穏な日々の、ある日の母と娘の葛藤を詠われたのか微細な心模様が伝わる。
 しかし、母上はコロナ禍のこの6月、98歳で逝去された。
 母の声ひとつ聞きたし朝風呂に心を引きて来しを静かに
 (永吉京子・現代歌人協会会員)
 たまき・ようこ 1944年うるま市(旧石川市)生まれ。おきなわ文学賞選考委員(短歌部門)。1982年に第1歌集「紅い潮」発表。同年から合同歌集「くれない」発行。儒艮は第6歌集。

© 株式会社琉球新報社