歌手・薬師丸ひろ子のきっかけとなった「探偵物語」松本隆、大滝詠一との出会い   薬師丸ひろ子 歌手活動40周年

80年代アイドル映画のセオリーは?

①主演俳優が主題歌を歌う 田原俊彦、松田聖子、近藤真彦、ひかる一平、小泉今日子、早見優、堀ちえみ、チェッカーズ、吉川晃司、原田知世、菊池桃子、斉藤由貴、南野陽子…

②主題歌及び歌詞の中に映画のタイトルを入れる『グッドラックLOVE』『夏服のイヴ』『スニーカーぶるーす』『ハイティーン・ブギ』『胸さわぎの放課後』『快盗ルビイ』『SONG FOR U.S.A.』『ユー★ガッタ★チャンス』『時をかける少女』『天国にいちばん近い島』『アイドルを探せ』『はいからさんが通る』…

薬師丸ひろ子の場合はこのセオリーとは少し違った始まりでした。子役オーディションでデビューした『野性の証明』は別としても、主演映画『翔んだカップル』『ねらわれた学園』と主題歌は本人歌唱ではなく。アイドルのようにミニスカートをはかされて歌うのに警戒感を持っていた本人と、まずは映画女優を育てていこうという事務所の方針が特に歌の方に拡がっていかなかったのかと推測されます。

続く『セーラー服と機関銃』においても当初は本人が主題歌を歌う予定ではありませんでした。相米慎二監督に歌ってみてと言われたことをきっかけに取り組むことになり。角川春樹プロデューサーが求めたのは薬師丸が歌唱する方のタイトルを映画と同じ「セーラー服と機関銃」にすることだけでした。結果的にそれまではアイドル女優だった彼女が、歌手としても大ヒットすることで国民的アイドルとしての人気が一層高まったと思います。

薬師丸ひろ子主演映画「探偵物語」クランクイン

そんな中、1981年12月25日、大学受験のため仕事を控えめにする休業宣言記者会見。翌1982年12月玉川大学英文科から合格通知が来る前に次回作『探偵物語』が春休みから撮影されることが発表されます。1983年2月に記者会見。脚本の完成に時間がかかったと言われており、クランクインは4月下旬、クランクアップが6月。マスコミの完成披露試写は7月7日と公開1週間前。

一方主題歌に関しては1982年12月から並行して動き始めていました。今回は初めから本人が歌うことは決まっており、東芝EMI鈴木孝夫ディレクターが松本隆氏に作詞を依頼。作曲は松本氏の盟友・大瀧詠一氏が担当。脚本未完成のこの時期、参考になるものは薬師丸を当て書きした赤川次郎の原作小説しかなかったかと思われます。小説のあらすじは――

辻山は探偵事務所に勤める43歳。責任感もあり真面目だがやることはドジばかり。そんな彼が命令された仕事は、あと5日で親のいるアメリカに出発する、元気が過ぎる女子大生直美の監視兼ボディーガードとおもり。気づかれないように後をつけるが、あっという間に尾行はバレてしまう。直美に翻弄される辻山のもとに、元妻の幸子がギャングに追われ飛び込んできた。跡取りを殺した疑いをかけられ狙われているのだと言う。

おそらく軽いユーモアミステリーを想定したのでしょう。完成したのは、後に「すこしだけやさしく」としてカップリング曲になる作品でした。

完成した主題歌、じつはカップリング曲?

 少しだけ 優しくしてあげる
 もしも心に 怪我をしたなら
 淋しさって 繃帯で縛ってあげる
 少しだけ 優しくしてあげる

 風に吹かれた手紙のように
 私の中に舞い込んだ人
 夢を追うのも疲れたよって
 苦笑いして 外を見ないで

ドジな探偵さんに惹かれていくお嬢様女子大生の気持ちを、ポジティブな言葉と明るいメロディーで、薬師丸の透明感のある歌声に合ったアイドルらしいポップソング。

しかしながら、映画自体小説→脚本→根岸吉太郎監督の演出と進むにつれ、やくざの跡目の抗争、ベッドシーン、血が飛ぶ殺人現場と言った生々しい描写が増えてハードになっていきます。角川サイドから 「もう少し、しっとりした曲を主題歌にしたい」との要望が出、そこで白羽の矢が立ったのが「探偵物語」のカップリング曲になる予定だった「海のスケッチ」でした。

 あんなに 激しい潮騒が
 あなたの背後で 黙りこむ
 身動きも出来ないの 見つめられて
 夢で叫んだように
 くちびるは動くけれど
 言葉は風になる
 好きよ… でもね…
 たぶん… きっと…

 (中略)

 まだ早い夏の陽が あとずさるわ
 透明な水の底 硝子の破片が光る
 だから気をつけてね
 好きよ… でもね…
 たぶん… きっと…
   離れて 見つめないで

映画の要素はほとんどない? 松本隆作詞「探偵物語」

歌詞を改めて見てみると『探偵物語』の要素はほとんどありません。最後の方「透明な水の底 硝子の破片が光る だから気をつけてね」の部分は、小学4、5年生だった松本氏が多摩川へ遠足に行った際に、同級生が川底のビンか何かの破片で足を切り、川底に硝子の破片があるとは思えなかったこと、先生から「気を付けなさい」と注意されたこと、それらの記憶が元だそうで。

『探偵物語』で意識して読むと、女性の恋愛で揺れ動く気持ちを「激しい潮騒」「言葉は風になる」「波の頁をめくる」「透明な水の底 硝子の破片が光る」と言った松本キーワードで抽象的に構成、「好きよ…」以下の部分が探偵さんに対する女子大生の気持ちの高まりを表現しているのかなぁと思えてきます。

曲の方は、ピアノと少し遅れて被さるストリングスの優美なイントロから、全体的にしっとりと緩やかに展開します。映画のラストシーン、成田空港での松田優作との身長差30センチのキスシーン前で流れるには、素人が見てもこちらの方が合っているかと。

オリコン初登場1位「探偵物語 / すこしだけやさしく」

こうして1983年5月25日に発売された「探偵物語 / すこしだけやさしく」は予約枚数だけで60万枚突破、6月6日付けのオリコンシングルランキングで初登場1位を獲得。7週にわたって連続1位を記録。累計売上は84万枚。1983年の年間チャートでも4位にランクインします。

映画の方も、1982年の夏は『スターウォーズ ジェダイの復讐』、『007 オクトパシー』、松田聖子主演『プルメリアの伝説』、近藤真彦主演『嵐を呼ぶ男』と言った話題作に加え『南極物語』、『フラッシュダンス』が予想以上のヒットでマーケットは激戦。しかしながら邦画では『南極物語』(配給収入59億円)に次ぐ第2位(同28億円)となります。新宿ミラノ・渋谷パンテオンと言った東急の一番大きなチェーンは『007』に取られたものの、二番手の規模の劇場編成で『007』を上回る結果を出しました。

後のインタビューで、薬師丸は歌についてこう語っています。

でも『探偵物語』で「歌ってみないか」といわれたときに、そのときに出会った松本隆さん、大滝詠一さんという存在は、私の中でとても大きいんですね。
自分が歌が好きだ、歌っていきたい、アルバムに参加すること、アルバムを作ることがとても好きなんだということを気付かせてくれたお二人です。
そこでその方たちに会わなかったら、もしかしたら「演じることだけやらせてください」と言っていたかもしれません。

歌手としても活動していくきっかけとなった『探偵物語』は、映画より主題歌の方が重要な意味のある作品だったのかもしれません。

カタリベ: 高橋みき夫

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