一葉忌と勤労感謝の日

 〈まさしくも明治の顔や一葉忌〉下村梅子。5千円札の肖像の人、樋口一葉は1896(明治29)年11月23日、肺を病み24歳で世を去った。生前のどん底の貧しさは知られている▲21歳で母、妹とともに荒物、駄菓子の店を開いたが、食べていくのは難しかった。逝去したのち「ごひいきにあずかりまして…」と質屋がお悔やみに来たという逸話も残る▲「にごりえ」「たけくらべ」などの代表作は晩年のたった1年余りで書かれ、つかの間の文名を得た。働きづめの小説家の忌日と、「勤労感謝の日」という労働にまつわる日が重なるのは、どこか奇妙な一致を思わせる▲きょうは祝日法で「勤労をたっとび、…国民がたがいに感謝しあう」日とされるが、勤労をねぎらうのに、もはや言葉では足りない仕事がある。社会に欠かせないのに報酬が低いとされてきた看護、介護、保育に関わる人たちの賃上げに、政府はやっと手を付ける▲まずは交付金などを賃金アップに充て、その先は報酬を見直す方向という。ずっと目配りを忘れず、人手不足に歯止めをかけてこそ意義もある▲「勤労をたっとぶ」とは言うまでもなく、きょうに限った話ではない。才華と意欲に満ちていながらはかなく閉じた一葉の一生は、健やかに、存分に、満足に働ける得難さを教えるようでもある。(徹)

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