警察や検察のやらない範囲をやるのが報道だ! その信念を貫いた「武器輸出」報道 読売新聞大阪社会部(1981年) [ 調査報道アーカイブス No.48 ]

◆「警察や検察が手出しできんもんをやるのが新聞や」

「警察による刑事事件の捜査はつぶれたが、県警に頼ることなく朝日新聞の責任で独自の調査報道をやろう」。これはリクルート疑惑の立件を神奈川県警が断念したことで、その記事化も諦めかけた記者たちに、朝日新聞横浜支局の山本博デスク(当時)が語りかけた言葉である。調査報道を志す新聞記者らにとって「名言」の一つとなっている。

だが、これには“先例”があった。朝日新聞による一連のリクルート報道からさかのぼること7年。読売新聞大阪社会部は「警察や検察が手出しできんもんで、世の中に必要なもん、ほんまはこれが新聞の領域や」という黒田清部長(当時)の発破によって武器輸出に関する驚くべきスクープを連発していたのだ。

◆端緒は一本の電話「……だから、告発したいんです」

約1年がかりの調査報道が明らかにしたのは、武器輸出禁止三原則という政府方針が示れる中、大阪の鋼材商社などが韓国に砲身の「半製品」を輸出していた事実である。通商産業省(現・経済産業省)の許可も得ておらず、武器輸出三原則を骨抜きにする行為だった。3カ月に及ぶキャンペーンは「政府は、武器輸出について、厳正かつ慎重な態度をもって、制度上の改革を含め、実効ある措置を講ずるべきである」という国会決議につながった。一連の取材経緯は大阪社会部が著した「武器輸出」に詳しい。

スクープの端緒は1980年1月中旬、大阪社会部にかかってきた「ちょっと耳に入れたいことがありまして」といった一本の電話だった。「武器輸出は禁じられているのに、韓国に大砲を輸出している会社があるんです。だから、告発したいんです」と電話に主は言う。

取材の中心となった2人の記者は第一段階としてまず、信用調査会社の幹部から武器輸出に関係したとされる鋼材商社や製鋼会社などの経営情報を入手し、基礎的な知識を身に着ける。さらに輸出申告書や通関書類、加工実績表など、武器輸出に関する膨大な資料を情報提供社から入手し、それらを一つ一つ分析し理解を進めた。

貿易の手続きや大砲の製造工程などに関する書籍も読み込む。武器等製造法や輸出貿易管理令、外国為替管理などの関係法令も調査した。大砲の実物や大砲製造の場を見るため、陸上自衛隊第三特科連隊に足を運び、輸出されたとされる大砲の同型を見学したり、自衛隊用の大砲を製造している製鋼所の工場を見学したりもした。

◆取材開始から8カ月、「砲身」の図面を入手

最初の電話から8か月後の9月末。情報提供者と何度もコンタクトを取る中、2人の記者は情報提供者を説得し倒し、武器輸出を裏付ける決定打となる書類を手に入れた。商社などの社名が記された、砲身の図面だ。これによって大砲という武器の主要部品が、日本国内の製造ルートで商品化され、鋼材商社の手で韓国に輸出されたことが明らかとなった。

基礎的な知識の習得、関連法令や専門書の読み込み。そして、動かぬ証拠となる書類の入手。当局に寄り掛かる「発表報道」と違い、「調査報道」はいかに手間のかかることか。そんな中、記者2人は重い鉄の扉を素手でこじ開けるようにして裏付けを進め、報道の足元を固めた。

「武器輸出」を報じる読売新聞。1981年1月3日朝刊

◆「君らがつかんだネタは報道以外には使わない」。しかしー

それでも、まだ問題は残されていた。韓国に輸出された物品は確かに大砲の部品の一つだが、それは他にも使える、例えば水道管のような汎用品か、それ自体が武器部品としての機能を持つのかという区分である。それを法に当てはめて判断するのは当局だ。

節目ごとに報告を受けていた黒田氏は、武器輸出に関係する鉄鋼業者がこの数カ月前に外為法違反で兵庫県警から書類送検されたことを踏まえ、次のように話したという。読売新聞の取材班が著した『武器輸出』から引用しよう。

「君らがつかんだネタは報道以外には使わない。捜査当局を含む第三者に漏らすべきでない。それでいて、なお、今回の事件は一応、地検に小当たりしてもいいように思う。一つは現に捜査が行われているフシがある(略)それともう一つ、武器の輸出はしない、もし輸出するようなときは通産大臣がしっかりと判断して決めるということが国の方針になっている。それをあえて許可を受けずにやっていたとすれば、法律的なことを含め当局の出方をきちっと見極めておいたほうがいいように思うんや」

読売新聞の「小当たり」を受け、神戸地検は武器輸出の中心となった鋼材商社などを家宅捜索した。ところが、夜回り取材にやってきた大阪社会部の記者たちに検事正は「法律的には武器等製造法違反には該当しない」と回答する。「砲身と砲身に近いものでは法的にまるで違う」と説明したうえで、砲身を造ろうとした意図はあっても武器等製造法には未遂罪がないため、「半製品をいくら造っても現行法では罰せられない」旨を答えたという。

報告を聞いた黒田氏は、次のような言葉で記者たちのやる気に火をつけた。

「半製品か。これがポイントや。おもろいでえ。よかった、よかった。こりゃあ、全力投球や。新聞いうのは、いつも警察や検察のあと追いばかりしてきた。警察や検察が手出しできんもんで、世の中に必要なもん、ほんまはこれが新聞の領域や。警察や検察がやるもんをスクープするのもええが、それはしょせん、広報みたいなもんや。こんどの場合は違う。検察はやれん。しかし、日本には武器三原則がある。これが正面突破されたんや。これはいけるでえ」

◆スクープ連発、調査報道史に名を残す

1980年の12月下旬、大阪社会部の記者たちは手分けして、韓国の商社に砲身の「半製品」を輸出した鋼材商社、製造を担った製鋼会社の幹部らに直接取材した。そのコメントからは、砲身の部品を輸出しているという認識を持っていたことが明らかだった。

「武器半製品を韓国へ輸出 大阪の商社」
「機械名目に4年間 米軍規格に合わせ」
「砲身600門など3000点 政府3原則に抵触?」

こうした見出しが1面トップに踊ったのは翌年1981年1月3日の朝刊だった。読売新聞大阪社会部はその後も「韓国向け武器半製品 関東特殊鋼も製造 『砲身』示す設計図 本社入手」「対韓輸出 『武器』は承知、堀田ハガネ」「迫撃砲、マレーシアへも」といったスクープを立て続けに放った。

「武器輸出」に関する読売新聞の調査報道。スクープを連発した

日本では、武器取引に関する調査報道はそれほど多くない。一種のタブーになっているのではないかと思わせるほどだ。そんな中、一連の「武器輸出」報道は、調査報道の歴史に燦然と輝いている。

(フロントラインプレス・本間誠也)

■参考URL
単行本『武器輸出』(読売新聞大阪社会部)
角川新書『武器輸出と日本企業』(望月衣塑子著)

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