加藤健一事務所vol.111『叔母との旅』早期退職した平凡な男、怒涛の旅路の先に見えたものは?

加藤健一事務所公演『叔母との旅』が開幕した。
24人の老若男女の登場人物をたった4人の男優で演じ分ける、銀行を早期退職した甥とエキセントリックな叔母が閉鎖的なイギリスを離れて、開放的な風土を求めて旅に出る、奇妙で幻想的で笑いの冒険、ロードムービー的躍動感!の風刺劇、。12月 京都, 所沢でも。

舞台上には、テーブルや椅子、十字架などなど。時間になり、始まる。中央に加藤健一、天宮良、清水明彦、主人公・ヘンリーのモノローグ、このヘンリーを語りを3人が順番に語りだす。つまり、3人が同時にヘンリーを演じている。入れ替わり立ち代り、というよりもここでは3人が一度にヘンリーというキャラクターを表現している、といった方が合っている。出演者は4人、服装は皆、似たり寄ったり。スラックス、ジャケット、インナーのシャツは白。そして、登場するキャラクターは20以上、瞬時に他の役になる。最初のモノローグはヘンリーの”今”の状況、高齢の母が他界、葬儀を済ませた。本人は銀行を早めに退職し、趣味の園芸、ダリアを育てており、それ以外は特に何もなく、平穏で穏やかな日々を過ごしていた、葬儀で叔母が現れるまでは。語り手はヘンリー、さらに主人公。オーガスタ叔母さん、これを加藤健一が演じるのだが、特に着替えたりせず、ビジュアル的には単にハンカチを持っているか否か、それ以外のキャラクターも同様で、ちょっとしたものを身につける、持つぐらいで、着替えて別のキャラクターを演じるわけではない。

オーガスタ叔母さんは、話し方は年相応な穏やかさ、だが、話している内容は少々突飛、規則ずくめの銀行で働いていたヘンリーとは真逆。ヘンリーは地味で平凡な中年男、ダリアを育てることしか用事のないヘンリーは否応なしに叔母さんの行動に巻き込まれていき、一緒に旅をすることに。旅先での出来事がスリリングで、穏やかすぎる生活を送っていたヘンリーにとってはジェットコースター的な展開、出会う人々もキャラ立ち、ヘンリー本人もとんでもないことに巻き込まれたり。それを俳優4人がテンポよく紡いでいく。たった4人で全てを表現する、という手法もさることながら、ヘンリーが遭遇する出来事、人々、ちょっと予測不能な面白さ。加藤義宗もまた複数役を演じるのだが、舞台転換や、小道具の出し入れなども担っており、それが、単なる舞台転換ではなく、ストーリーの中に溶け込みながら、さりげなく行う。その立ち位置が、どこか俯瞰的に見ているような空気感もあり、また、キャラクターの一員にもなる。

4人一緒にヘンリーになる瞬間もあり、4人4様の持ち味でヘンリーという人物を表現する。また、登場する人物の名前が「ワーズワース」とか「ヴィスコンティ」など。ワーズワースは、イギリスの代表的なロマン派詩人、ヴィスコンティはイタリアの貴族の家系。13世紀には一族からローマ教皇グレゴリウス10世を出し、ミラノの支配権を確立し、1395年にはジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティが皇帝に認められてミラノ公に、紋章は「人を飲む蛇」。登場するキャラクターの名前が意味深で興味深い。

平穏な暮らしから、怒涛の旅、移動距離も半端ない。イギリスの自宅を出て、イスタンブールも行けば、南米にも!次第にヘンリーの内面が変わっていく。一旦家に帰る下りがあるが丁寧に育てていたダリアが、少しずつ…手入れをちゃんとしていなければ…そしてラスト近く、ダリアは…。ダリアを育てることがヘンリーにとっては大事な日課であり、また、ヘンリーの生活ぶりを象徴する”アイテム”であったが、そのダリアの変化、無意識のうちに内面の変化が起こる。規則正しく、穏やかな日々を送ること自体は間違いではないが、そこからの脱却、人生は一度きり、ラスト近く、ヘンリーは「ダリアを目にすることもない」と言う。生まれた瞬間に人は死に向かって生きる。母の死をきっかけにして自分自身の人生を生きることに目覚めたヘンリー、出発点が葬式、この出だしもなかなか心憎い設定。1993年度ローレンス・オリヴィエ賞ベスト・エンタテイメント賞を受賞した作品、納得。芸達者な4人の座組、芝居がうまいだけでなく、バランスも大切、4人の個性が舞台上で一つになったり、あるいは一人、一人個々にそこに立っていたり、ストーリーもさることながら、いわゆる舞台の空気とでも言うのだろうか、稀有な瞬間もあり。東京公演は28日まで。時間があれば、ヘンリーと共に突飛でスリル満点の旅を。

<STORY>
2年前、勤めていた銀行を53歳で早期退職、庭のダリアをいじるだけの平穏な暮らし、それがヘンリーの日常。
父は40年前に他界、86歳で亡くなった母の葬式で、母の妹であるオーガスタ叔母さんが不意にやってくる、実に50数年振りに再会。生真面目なヘンリーとは対照的に、年齢や常識にとらわれないエキセントリックな叔母、奔放な人生を歩んできたようで、彼女から出てくる話はどこか怪しくて…。 思いがけず一緒に行くことになった旅先で、スーツケースに金塊は入ってるし、ホテルに警察は乗り込んでくるし、関わる男は指名手配犯?おまけに留置場まで体験してしまった。 叔母に巻き込まれたスリリングな日々は、これまで静かに暮らしてきた男の本能を刺激し始める。 人生に、今更スタートできないものなんて無いのかもしれない。

<原作:グレアム・グリーン(1904-1991)>
小説家。英国ハートフォードシャー出身。
オックスフォード大学在学中に英国国教からカトリックに改宗。
卒業後、「タイムズ」でジャーナリストとして4年間勤務。
1929年、処女長編作『内なる私』で小説家デビュー。
その後、『スタンブール特急』(1932年)、『ここは戦場だ』(1934年)、『ブライトン・ロック』(1938年)などを発表、1930年代には人気小説家となる。
キャロル・リード監督映画でも注目を集めた『第三の男』(1950年)、『情事の終わり』(1951年)でその名声を不動のものに。
第二次世界大戦勃発から1943年まで、英国諜報機関MI6に所属し諜報活動に従事。
『叔母との旅』は、1972年に名匠ジョージ・キューカー監督により映画化、叔母オーガスタを演じた英国女優マギー・スミスは、この作品で同年のアカデミー主演女優賞ノミネート。1976年、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞巨匠賞を受賞。

<脚色:ジャイルズ・ハヴァガル(1938-)>
演出家、俳優。英国エディンバラ出身。1969年から2003年までグラスゴー市民劇場のディレクターを務め、劇場運営に大きな革命を起こし、英国を代表する劇場のひとつとしての地位を築き上げた。
任期中の1989年に同劇場にて『叔母との旅』初演、ハヴァガル自身もヘンリー・プリング役とオーガスタ叔母さん役(カトケンと同じ配役)を演じている。

<概要>
日程・会場:
[東京]2021年11月22日~28日 池袋・サンシャイン劇場
[京都]2021年12月4日 京都府立府民ホール“アルティ”
[所沢]2021年12月11日 所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール
原作:グレアム・グリーン
脚色:ジャイルズ・ハヴァガル
訳:小田島恒志
演出:鵜山 仁
出演:
加藤健一
天宮 良
清水明彦(文学座)
加藤義宗
公式HP:http://katoken.la.coocan.jp
公式ツイッター:https://twitter.com/katoken1980

★2022年3月『サンシャイン・ボーイズ』上演!

舞台撮影:撮影:石川純

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