薬師丸ひろ子「Woman “Wの悲劇”より」80年代を代表する松任谷由実の名曲  薬師丸ひろ子 歌手活動40周年

ユーミンも絶賛した薬師丸ひろ子のクリスタルボイス

「クリスタルボイス。冒しがたい気品というか、水晶のような硬質な透明感がある」

―― と薬師丸ひろ子の歌声について評したは、かの松任谷由実。ユーミンは自身のラジオ番組で “いい声” のアーティストとして、宇多田ヒカルと薬師丸の名をあげている。

以前、『薬師丸ひろ子の美声、それは神様がくれた日本音楽界の宝物!』というタイトルのコラムでも書いたが、まさに彼女の歌声はこのタイトルのまま! 何者にも染まらない真白で、白とは純真無垢なはかなさと、強さを持ったカラーでもある。そんな天使のような歌声は、とてもクラシカルでもあり、オーケストラとのライブは本当に素晴らしくて言葉が出ない。

過剰なビブラートや装飾を施さず真っ直ぐに伸びていくハイトーンボイス。「曲はすでにファンの人たちのものでそれぞれの思い出とともにあるものだから、原曲のまま歌いたい」と、リズムも歌い方も音程も、すべて当時のままを忠実に再現しているのがまたすごい。年を重ねれば声帯だって衰えてくる… どれほどボイトレでレッスンを重ねているのだろうかと、そのストイックさと音楽に対する真摯な姿勢に胸が熱くなる。

作曲は松任谷由実、難解なメロディを外さない薬師丸ひろ子の確かな歌声

今回は彼女の名曲の中から、個人的にも大好きな「Woman “Wの悲劇”より」をピックアップしたい。

この曲は言わずと知れた、1984年に公開された角川映画『Wの悲劇』の主題歌だ。1981年の『セーラー服と機関銃』、1983年の『探偵物語』に続く角川三部作といえる。この作品で薬師丸は、第27回ブルーリボン賞主演女優賞など数々の賞を受賞。女優としてステップアップを果たした作品でもある。

作曲は、呉田軽穂こと松任谷由実その人だ。ユーミン自身も、のちにカバーしており、「ほかのアーティストに作品提供した中では最も好きな曲かもしれない」と語っているクオリティの高い楽曲でもある。

そして、とにかくこの曲は一筋縄ではいかない難解な楽曲でもある。カラオケで歌ったことがある人には分かるだろう。この難解なコード進行。歌っていると「え、そっち!? そこに行くの?」というコードの読めなさから、音符を追うのにとても苦労する。

冒頭の「もう行かないで」の “もう” の音を掴みきるのも実はなかなか難しい。メロディーの浮遊感とアンニュイさはピカイチで、せつない世界に連れていき不安な気持ちにさせられたかと思うと、「雪のような 星が降るは 素敵ね」とちゃんと着地をして見せ安心感が湧いたのもつかの間。その繰り返しが続く。そしてサビの転調へと繋がっていく「ああ時の河を渡る船にオールはない流されていく~」はジャズなどでよく見られるコード進行でもあったりするという…。

こんなにも難解な曲を淡々と、一音も外すことなく歌う薬師丸ひろ子の歌声のすごさ…。素晴らしいとしか言いようがない。

歌うときは“無”? 「Woman “Wの悲劇”より」

不思議な浮遊感とアンニュイさを持った楽曲に対して、堂々と王道の歌唱法で挑む薬師丸ひろ子。まるでそれは “祈り” のようにも聞こえてくる。思うに薬師丸ひろ子の透き通るような歌声からは、一切の煩悩や欲みたいなものが感じられない、まさに歌う時の彼女は “無” に近い。

ただ真っ直ぐに、淡々と、聴き手それぞれの思い出や想いに寄り添うように歌うとき―― 薬師丸は自分の存在をもかき消しながら、歌を通して聴き手一人ひとりに語りかけ、思い出や心の深い部分へと誘う役割をもってステージに立っているようにも見える。

スタンダードな歌唱でこれほど美しく神々しく聴き手を包む歌手は薬師丸ひろ子以外にあり得ない。

作詞は松本隆、賛美歌であり鎮魂歌のような神々しい名曲

さて、この曲では松本隆が作詞を担当している。「探偵物語」でも作曲の大瀧詠一とともに作詞を担当していた。印象的な歌詞が

 ああ 時の河を渡る舟にオールはない  流されていく

… という表現。初めてこの曲を聴いたときから、こんなに素晴らしい言葉はないなと思っていた。そしてまた、このフレーズを歌い上げるときの薬師丸の歌声は圧巻なのだ。

「Woman "Wの悲劇"より」は、人々を包み込むような母性を持った賛美歌のようでもあり、鎮魂歌のようでもある。まさに80年代を代表する壮大で神々しい名曲だ。

カタリベ: 村上あやの

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