元メジャー高橋尚成氏が米国でアカデミー開校 次世代へ繋ぐ野球の魅力とは

元気いっぱいのアカデミー生と野球を楽しむ高橋尚成氏(中央)【写真:本人提供】

今年2月に南カリフォルニアにアカデミー設立、野球愛と勝負勘を育成

野球と共に歩み続ける男がいる。「本当にいつも隣にいてくれないと困る存在かな」。そう語るのは、巨人やメジャーなどで活躍した高橋尚成氏だ。日米合わせて16年のプロ生活を送った技巧派左腕は、引退から6年目を迎える今年、野球と共に新たな一歩を踏み出した。それが「Hisanori Method Academy of Califorina」の開校だ。

小中学生を対象としたベースボールアカデミーで、現在拠点を置く米カリフォルニア州南部にあるトーランス(月火)とアーバイン(木金)の2か所で実施。7歳から15歳まで合わせて15人ほどの子どもたちに野球の楽しさを伝えている。子どもを指導するのは高橋氏と野球経験を持つアシスタントコーチの2名。子どもたち1人1人としっかりコミュニケーションを取れるように子どもたちの人数は制限している。

コンセプトは「楽しく野球をする」こと。「子どもたちに対して大人の技術論を押しつけるのは良くない。上手くいかないことがあれば、どうしたら上手くいくのか。そのヒントを与えながら、子どもたちが考えて実践する形をとっています」と話す。

練習内容も臨機応変だ。大まかに「ピッチングの日」「バッティングの日」「守備の日」と決めてはいるが、「固定すると子どもたちが飽きてしまうから、3回に1回くらいは何の練習がしたいか子どもたちに話し合わせます」と高橋氏。練習の締めくくりには必ずランニングとトレーニングのメニューが入るが、ここにも楽しむ工夫がある。

「鬼ごっこをしたり、グループに分けて競争させたり。意外と盛り上がるのが鬼ごっこで、決められた枠の中に鬼が2人入って、逃げる子は1人。制限時間1分のうち、体につけたテープを取られたら負けで、逃げ切ったら勝ち。子どもたちも気が付いたら結構走ってたよね、と夢中になっています」

アカデミーでは子どもたちを競わせるメニューも取り入れている。「野球を楽しむ」というと、勝敗をつけることが誤りのように考える向きもあるが、高橋氏は「子どものうちに勝った喜びや負けた悔しさを味わうことは大切です」と続ける。

「やっぱり野球は勝負をする場所であって、野球を楽しむというのはその勝負を楽しむことだと思っています。試合で打たれた時には悔しい気持ちが沸いてくる。どうして打てなかったのか、どうしたら抑えられるのか。そう考えられるようになるには、子どもの頃にかけっこや遊びの中で勝った負けたを経験しておくことは大事。僕自身もそうでしたが、勝負勘ってそういうところで養われるものだと思うんですよね。子どもながらに感じる小さな喜びや悔しさに気付いて、手を差し伸べられるような距離感でいたいと思います」

1人1人の成長に合わせたアドバイスを送る高橋氏(右)【写真:本人提供】

いろいろなスポーツに挑戦を…養いたい応用力と取捨選択力

練習では野球に限らず、いろいろなスポーツを体験させることもある。実は高橋氏自身、子どもの頃は野球だけではなくいろいろなスポーツに取り組んでいたという。「卓球、バドミントン、バスケ、バレー、水泳……上半身を使うスポーツはかなり経験しましたね。その中で『この動きは野球に使えるかも』という発見もありました」と振り返る。

「野球以外のスポーツからでも、野球で大切な動きだったり考え方だったりを学ぶことができる。よくメジャーの投手はアメフトのボールを投げて練習していますが、しっかり肘が上がっていないと真っ直ぐ投げられない。バスケットボールをシュートする時も手首の柔らかい動きが大切。こういう動きは野球の中でも大切なポイントになるので、他のスポーツからでも野球に応用できる学びがあることに気付いてほしいと伝えています」

まずはいろいろなことにチャレンジし、そこから自分に合うもの合わないものを取捨選択する。こういった判断力を養うことは、勉強はもちろん、社会人になってからも生きる財産となる。

「ビジネスやスポーツ、その他いろいろな分野で活躍している人は、他から応用する力だったり取捨選択する力だったり、判断する感覚が研ぎ澄まされていると感じています。そういったものを子どもたちにはアカデミーで養ってもらえればありがたいと思います」

アカデミーでは保護者とのコミュニケーションも大切にしている。子どもの将来を思うが故に「この子には野球の才能がないのでは……」と、早々に頭を悩ます保護者もいる。そんな時、高橋氏は自身の体験も交えながら考えを伝えるという。

「僕も小学生の時はよく打たれたし、ミスもしたし、怒られました(笑)。体も小さかったけれど、どうしたら野球が上手くなるか考えていたし、野球が好きだった。楽しくやっていく中で仲間も増え、気が付いたら上手くなっていました。子どもって伸び悩んでいるように見えて、急に一段飛ばし、二段飛ばしでステップアップすることもあります。僕も高校と大学で、それまでできなかったことが急にできるようになったことがありました。だから、小学生のうちに結果が出ないからといって辞めさせてしまったら成長のチャンスを奪うことになる。このアカデミーでは子どもが持つ可能性を広げるサポートをしていきたいですね」

「野球と一緒に歩み、共に成長できる存在であり続けたい」と話す高橋氏【写真:本人提供】

上手な選手の物真似は成長への第一歩、かつては自身も往年のG戦士を物真似

子どもたちの成長を感じてもらうため、2月のオープンから半年経った8月には親子野球大会を開催。保護者チームと子どもチームが対戦する形式で親子はもちろん、保護者同士の親睦を深めると「すごく楽しめました。また開催してください」という声が数々届いたという。

子どもたちに人気なのは、好きな選手の打撃フォームや投球フォームを1週間でコピーするという課題を与えて実施した物真似大会。どうしても自己流にはなってしまうが、それはご愛敬。「本当に上手い選手の物真似をすると体の動きを覚える。だから、物真似をするのはいいことだよと子どもたちにも伝えています」という高橋氏も、子どもの頃は左利きながら江川卓、桑田真澄、西本聖といった右腕や、原辰徳、中畑清、篠塚和典、クロマティら野手陣も含め、1980年代の巨人を支えた名選手たちの物真似をしたそうだ。

野球が持つ魅力や楽しさを伝えるアカデミーで、子どもたちが見せる笑顔からパワーをもらっているという高橋氏。「アカデミーを通じて、自分もまた成長していきたいですね」と自らの可能性にも期待する。夏休みに日本の子どもたちを受け入れて米国に住む子どもたちと交流する機会を作るなど、近い将来に実現させたいアイディアは頭の中にギッシリ詰まっているようだ。

「野球に貢献するとか恩返しするとか、そういう感じではなくて、僕の場合は常に野球と一緒の目線で歩いている感じ。一緒に歩み、共に成長できる存在であり続けたいと思います」

人生の“相棒”でもある野球と始めた新たな挑戦は、まだ始まったばかりだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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