ビートルズ『Let It Be』スペシャル盤解説:映画『Get Back』とデビュー60周年への期待

2021年10月15日に発売となり、日本でもデイリーランキング総合1位を獲得して話題となっているザ・ビートルズ(The Beatles)『Let It Be』の発売50年を記念したスペシャル・エディション。最新ミックスや未発表音源、グリン・ジョンズ・ミックスによる『Get Back LP』などが収録されたこの作品についての解説を掲載。その第7回(最終回)です。

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首を長くして待っていたファンは、世界中にどれだけいたことだろう。ザ・ビートルズの「ルーフ・トップ・コンサート」からちょうど50年後となる2019年1月30日に、映画『レット・イット・ビー』に続いてゲット・バック・セッションを題材にした新作映画が制作されると公表されてからおよそ3年。ついに本日から3日間、ディズニー・プラスで 映画『ザ・ビートルズ:Get Back』の上映が開始された。

まずは、57時間以上の未公開映像と150時間以上の未発表音源を、秀逸なドキュメンタリー作品としてまとめ上げたピーター・ジャクソン監督に敬意を表したい。そして、そもそも元となる映像と音源を残した映画『レット・イット・ビー』の監督、マイケル・リンゼイ=ホッグにも多大な感謝の意を伝えたいと思う。

映画は、先に発売された同名の公式写真集『ザ・ビートルズ:Get Back』(シンコーミュージック・エンタテイメント)と同じく、ゲット・バック・セッションを時系列で丹念に追った作品となった。しかも、映画『レット・イット・ビー』が81分だったのに対し、今回は6倍の約8時間という大作である(それでも、元の映像の7分の1というボリュームだが)。

当初伝えられていたような、ザ・ビートルズの4人が、明るく楽しく和気藹々とセッションを続けている作品になるかと思いきや、むしろ1969年1月2日から31日までのセッションの過程――曲を練り上げていくときのメンバー間の意見のぶつかり合いや、テレビ特番を実現するためにライヴをどのように行なうべきかを真剣に話し合う場面などが、丹念に描かれている。それだけでなく、たとえば『レット・イット・ビー』では編集されていた「Two Of Us」のポールとジョージの言い合う場面が、どういう流れでそうなり、その後どういうふうに進んでいったか、わかりやすく丁寧に伝えられている。

さらに言えば、『レット・イット・ビー』ではいっさい触れられなかったジョージの脱退前後の場面もきちんと盛り込んである。それを観ると、ジョージの脱退もやむなし、と思わざるを得ない。ジョージが抜けた後の昼食時にマイケル・リンゼイ=ホッグが隠し録りした会話の音声まで使われているなど、ゲット・バック・セッションの実態を、生々しいやりとりをまじえながら緻密な構成によってまとめた作品、それが『ザ・ビートルズ:Get Back』である。

とはいえ、前半(1月2日から16日)のトゥイッケナム・フィルム・スタジオでのセッションが、『レット・イット・ビー』と同じく暗くて陰鬱な印象が強いかというと、必ずしもそうではない。ビートルズ流としか言いようのない“お笑い感覚”が、随所に盛り込まれている。とりわけ、ジョンのぶっ飛んだ言葉遊びをはじめ、自虐や皮肉や諧謔をまぜこぜにした独自のユーモア感覚が、ちょっとした息抜きでもあるかのように挿入されているのだ。それが何より素晴らしい。かなりの“ビートルズ オタク”だと見受けられるピーター・ジャクソンは、さすがにビートルズの本質をわかっている。

後半(1月20日から31日)のアップル・スタジオに移ってからのセッションでは、ビリー・プレストンも加わり、曲を集中して仕上げていく様子が詳細に映像化されている。そして、冒頭で触れた30日の屋上での“フル・パフォーマンス”の完全版の登場へと至るわけだ。その場面は27日のお楽しみとして、全体的に言えるのは、「スタジオで4人が素晴らしい音楽を作っている現場に居合わせるような体験」(ピーター・ジャクソン)ができる、「リアルなビートルズ・ストーリー」が初めて描かれた歴史的な作品である、ということだ。見逃す手はない。

ところで、来年の2022年は、ビートルズ結成60年という記念の年になる。ビートルズには、毎年なんらかの記念があるが、2022年は中でも特別な年と言っていいだろう。

80年代にこんなことがあった。イギリスでのオリジナル・シングル「Love Me Do」から「Let It Be」までの22枚を、発売日の20年後にあたる1982年10月5日から1990年3月6日にかけて、“IT WAS 20 YEARS AGO TODAY”と題した息の長いキャンペーンとして順に発売していったのだ。2022年から30年にかけて、“IT WAS 60 YEARS AGO TODAY”と題して、同じようなことを今回もやってくれないだろうか。

これは一つの願いに留めるとして、より実現性が高いのは、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band(2017年)、『The Beatles』(2018年)、『Abbey Road』(2019年)、そして『Let It Be』(2021年)と続いてきたアーカイヴ・シリーズの続編である。

これも年代に即して――その場合は2023年からになってしまうが、『Please Please Me』から『Revolver』までの7作品を、2023年から26年にかけて順に発売していってほしい。『Rubber Soul』と『Revolver』が先に登場しそうな気配もあるが、いずれにしても、2022年は、『Let It Be』で終着点に辿り着いたビートルズの、新たな門出がまた始まる年になりそうだ。

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ザ・ビートルズ『Let It Be』(スペシャル・エディション)
2021年10月15日発売

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