歌手デビュー40年の軌跡、薬師丸ひろ子の “これまで、現在、そしてこれから”  薬師丸ひろ子 歌手活動40周年

薬師丸ひろ子デビュー40周年

デビュー40周年を迎えて精力的に作品リリースやステージを展開している松田聖子だけでなく、“あの時代” をアイドルとして華やかに彩った伊藤蘭、南野陽子、宮崎美子などが本格的に活動を再開したという話題を耳にすることが多くなった気がする。

薬師丸ひろ子が、2021年11月21日にオールタイムベストアルバム『Indian Summer』、そして80年代に発表したアルバムを収めた『薬師丸ひろ子 40th Anniversary BOX』をリリースしたというニュースも、こうした動きがけっして単なる偶然ではなく、ひとつの時代の動きの象徴だということを示しているような気がする。

薬師丸ひろ子は中学生だった1978年に映画『野性の証明』で俳優としてデビューし、『翔んだカップル』(1980年)、『ねらわれた学園』(1981年)などに主演して人気を高めていく。ちょうどアイドルブームが盛り上がっていた時期でもあり、歌手としてもデビューする話はあったが本人が固辞していたという。

そんな薬師丸ひろ子が、彼女が主演した同名映画の主題歌「セーラー服と機関銃」(1981年)で歌手としてデビューした。この映画の主題歌は来生たかおの「夢の途中」と決まっていたが、相米慎二監督の意向により急きょ薬師丸ひろ子が歌うことになり、曲名を「セーラー服と機関銃」と変えて発表されたというエピソードがある。ちなみに来生たかおのテイクも「夢の途中-セーラー服と機関銃」として薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」と同じ11月に発売されヒットした。

デビュー曲でチャート1位を獲得した薬師丸ひろ子が次に発表したのが両A面シングルの「探偵物語 / すこしだけやさしく」(1983年)だった。「探偵物語」は松田優作と共演した同名映画の主題歌、「すこしだけやさしく」はテレビ番組『わくわく動物ランド』の主題歌で、両方とも作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一が手掛け、デビューシングルに続いてチャート1位の大ヒット曲となった。さらに翌1984年には、やはり彼女が主演した映画の主題歌「メイン・テーマ」(作詞:松本隆、作曲:南佳孝)、そして「Woman “Wの悲劇” より」(作詞:松本隆、作曲:呉田軽穂)をヒットさせる。

薬師丸ひろ子、スタッフの本気を感じた「古今集」と「夢十話」

こうしてシングルリリースだけを見ると、薬師丸ひろ子は自らの主演映画に頼った形で歌手活動をしていったという印象を持たれるかもしれない。

しかし、シングルのリリースにおいては、徹底したタイアップ路線で活動してはいたが、薬師丸ひろ子の音楽活動にはもうひとつの側面があった。実は、僕が本格的に彼女に興味を持ったのも、このもうひとつの側面からだった。

それが1984年2月に発表されたファーストアルバム『古今集』だった。そこには「元気を出して」(竹内まりや)、「白い散歩道」(大貫妙子)、「眠りの坂道」(作詞:来生えつこ、作曲:南佳孝)などの、クオリティの高いアーティストによる提供曲が名を連ねていたが、「セーラー服と機関銃」、「探偵物語」などのシングル曲は収められず、9曲の描き下ろし新曲だけで構成されていた(初回限定盤にはシングル曲が入ったスペシャル盤がついた)。

こうしたアルバムの出し方に、僕は薬師丸ひろ子、そして彼女の音楽スタッフの本気を感じた。1985年に発表されたセカンドアルバム『夢十話』でも、その直前に発表されてヒットしていた「あなたを・もっと・知りたくて」は収録されず(カップリング曲の「天に星.地に花.」は収録)、かなりマニアックなチャレンジが行われていた。たとえば「スマッシュ・ボーイの微笑」(作詞:阿久悠、作曲:鈴木康博)、「過去からの手紙」(作詞:竹内まりや、作曲:井上大輔)、「クリスマス・アベニュー」(作詞:吉田美奈子、作曲:来生たかお)など、異色の組み合わせで楽曲がつくられていたのだ。

目指したのはアルバムアーティストとしてのキャリア

どうしてこういう形のアルバムのつくり方をするのか、当時、薬師丸ひろ子のディレクターに聞いたことがある。彼は「薬師丸ひろ子という才能を、アイドルブームのなかで消費させたくなかった」と言った。必然的にヒットを狙わなければならないシングルとは違う形でアルバムアーティストとしてのキャリアをつくりあげたかった。だから、積極的に気鋭のシンガーソングライターに作家として参加してもらった、と。

サードアルバム『花図鑑』(1986年)ではプロデューサーに松本隆が起用され、すべての詞を松本が描き下ろしたトータルな世界観をもつ作品に仕上げられた。続く『星紀行』(1987年)も10曲中7曲の詞を伊集院静が描き下ろした他、中島みゆきが「空港日誌」と「未完成」、竹内まりやが「アフタヌーン・ティー」を提供した。5作目のアルバム『Sincerely Yours』(1988年)では、書き下ろし楽曲の他に中島みゆきの「時代」、竹内まりやの「もう一度」、大貫妙子の「色彩都市」などがカバーされ、それらのすべてが女性の手による楽曲で構成された。そして薬師丸ひろ子自身も「DISTANCE」で作詞・作曲を手掛けた。

「セーラー服と機関銃」で歌手デビューした当初の薬師丸ひろ子は、極端に抑揚をつけない歌い方から “歌に表情が無い” などと揶揄されることもあった。しかし、その頃から彼女の歌は十分に魅力的だったと思う。確かにいわゆるぶりっ子アイドル的演出は無く、直立不動で歌っているようなお行儀の良さも感じられる。けれど、その歌からは純粋で強い気持ちがストレートに伝わってきた。透明感がありながら芯に強さを持っている。だから歌が素直に入って来る。こんなふうに歌を伝えることは誰にもできるわけではない。なによりパッと聞いただけで薬師丸ひろ子の声だとわかる。それこそが歌い手にとっての天賦の才能なのだ。

アーティストとしての評価を高めた音楽環境

彼女の歌手としての魅力に気づいていた大瀧詠一、呉田軽穂(松任谷由実)、竹内まりや、松本隆らをはじめとするクリエイター、そしてディレクターなどのスタッフたちは、その歌唱スタイルを矯正せずに表現力を高めようとしていった。シングルとアルバムの表現を明確に区別しながらも、そのどちらにも良質の作品と制作環境を与えていったのだ。

そんな恵まれた音楽環境に置かれることで、薬師丸ひろ子自身も音楽の深い魅力や面白さに目覚めてゆき、歌手としての表現力だけでなく、ソングライターとしての才能やアーティストとしての姿勢も身に付けていった。

こうした1980年代の音楽に対する姿勢が、薬師丸ひろ子のアーティストとしての評価を高め、彼女を息の長い活動させる原動力となったことは間違いないと思う。『薬師丸ひろ子 40th Anniversary BOX』はこうしたアルバムアーティストとしての彼女の歩みを、改めて振り返ることができるアイテムだ。

未発表楽曲も収録、オールタイムベストアルバム「Indian Summer」

その後の薬師丸ひろ子はNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』で大きな話題を呼ぶなど、女優としての活動を中心としていくが、オリジナルアルバム『-恋文-LOVE LETTER』(1998年)、シングル「僕の宝物」(2011年)、スタンダードや唱歌に取り組んだカバーアルバム『時の扉』(2013年)、洋楽を中心としたカバーアルバム『Cinema Songs』(2016年)など興味深い音楽作品も発表していく。

こうした薬師丸ひろ子の歌手活動40周年を機にリリースされたのがオールタイムベストアルバム『Indian Summer』だ。彼女がリリースしてきたすべてのシングル曲が2枚のCDに収められ、さらに本人の選曲による16曲を収めたCDがセットされている。その中には未発表の楽曲「帰り路」(作詞:松尾潔、作曲:筒美京平)や、大瀧詠一の名曲「夢で逢えたら」、『あまちゃん』挿入歌の「潮騒のメロディー」など、きわめてレアなテイクも含まれている。

ちなみに “Indian Summer” とは日本語でなぞらえれば “小春日和” のこと。冬に向かう季節の中で、ふっと暖かさが感じられる一日のこと。人生で言えば、晩年に近いけれど落ち着いた時期を指す言葉としても使われる。

松任谷由実が提供する新曲「Come Back To Me」

しかし、アルバム『Indian Summer』でなにより注目すべきなのが、Disc2に収められた新曲「Come Back To Me ~永遠の横顔」だろう。この曲は1984年のヒット曲「Woman “Wの悲劇”より」以来となる呉田軽穂(松任谷由実)の提供曲だ。

薬師丸ひろ子は荒井由実時代からの彼女のファンで、デビュー前にもその楽曲をよく歌っていたという。だから、「Woman “Wの悲劇”より」を提供されたことは薬師丸ひろ子にとって非常に大きな意味をもっていたし、心を込めて歌い込んでいった。

それだけにデビュー40年の区切りに再び呉田軽穂に提供された新曲を歌えるということは、きわめて感慨深いものがあるだろうと思う。この「Come Back To Me ~永遠の横顔」が最新シングルとして配信リリースされたということからも、彼女がこの曲を大切に考えていることが伺える。

「Come Back To Me ~永遠の横顔」を聴いてみて感じるのは、この曲はけっして松任谷由実からの40周年プレゼントというだけの意味ではないだろうという事だ。今は居ないかつての恋人の面影を忍ぶ、という大人のロマンティシズムにあふれたこのバラードからは、それでもここから先も自分の人生を進んでいくという主人公である女性の意志が伝わってくる。それは40年の間、女優としてもシンガーとしても自分の意志で道を切り拓いてきた薬師丸ひろ子に贈られる、ここから先も続いていく彼女の人生に向けたエールでもあるんじゃないかと感じられるのだ。

だから、オールタイムベストアルバム『Indian Summer』と最新シングル「Come Back To Me ~永遠の横顔」、そして『薬師丸ひろ子 40th Anniversary BOX』は、薬師丸ひろ子がシンガーとして歩んできた40年を振り返ると同時に、その歩みはまだ続いていくという宣言でもあるのだと思う。

年末の『紅白歌合戦』にも7年振りの出場が決まるなど、これから年末にかけて薬師丸ひろ子の音楽を見聞きする機会も増えていきそうだ。さらに公式youtubeチャンネルも開設されるなど、ここからの彼女の活動をフォローするチャンネルも充実している。そんなところにも、彼女の覚悟がひしひしと感じられる。

だからこそ、ここからの薬師丸ひろ子がどんな花を咲かせていくのかをしっかり見届けたいと思う。

カタリベ: 前田祥丈

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