その道35年、40か国以上で200超の岩場を開拓したクライマーの情熱に迫る

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ボルダリングやクライミングと聞くと、カラフルな突起物の付いた壁を登る室内スポーツを想像する人が多いかもしれません。
しかし、元々は自然の山や崖などを登るスポーツであり、そうした場所を登るには危険が伴うのも事実。コースを整備し、安全に登れるようにするには、さまざまな苦労があるといいます。

そんなクライミング用の岩場を、35年間もボランティアで切り開いてきた木村伸介さんに、熱い思いを語ってもらいました。

忍耐が必要な開拓作業

マレーシアの岩場まで足を運んでの開拓

クライミングルートの開拓には、2つの種類があるといいます。

1つ目は、すでに誰かが登っている岩や崖に、新たな道筋を見出し、それを整備して登れるようにするもの。2つ目は、完全に手付かずの岩場を探し出し、ルートとして開拓していくというもの。特に後者の開拓は根気と忍耐が必要な作業だといいます。

「まずは航空写真などで地図上に目星をつけて岩場を探しに行きます。そこで手つかずのエリアを見つけた場合、地権者を探して、開拓の許可をもらいます。その後、岩場までの登山道の確保、岩肌についている苔の掃除、岩壁へのボルト設置などを行います。そして開拓したルートを、今度は自分で登れるまで何度も挑戦するわけです。登り切れるまでに16年かかったルートもあります」

自然に配慮し、手で掴む部分だけ苔や土埃を落とします

命の危険が伴う作業

まだ誰も登っていない岩や崖は、山道を1時間以上歩かないと着かないこともあり、目印になるものも乏しく、下手をすれば遭難の危険もあるそう。また、開拓中は地上から数十メートルの高さで作業を行うため、常に死と隣り合わせだといいます。幸いにも木村さんは開拓中の事故は経験していませんが、身の危険を感じる瞬間は何度もありました。

「整備作業中に、掴んでいた巨大な岩が剥がれたり、ぶら下がっていたロープが岩角で擦れて切れそうになったりしたときはひやりとしました」

脆くない岩質などを見極めて、岩壁にアンカーボルトをセット

そんな命がけの作業でもやめられないのは、木村さんがある熱い思いを抱いているから。

「一つのルートが完成するまでには、心が揺さぶられるような瞬間がいくつもあります。手つかずの岩場を発見したときの財宝を探し当てたような感覚、何にも代え難い大自然の中で自己と向き合う時間……。自然が作り出したラインを攻略するために行うトレーニングは苦しいけれど、登れた時は胸にこみあげてくるものがある。それを自分が開拓した岩で、他のクライマーにも味わってもらいたいという思いがあります」

高さ100mほどの絶壁に臆することもなく挑む木村さん(写真中央)

木村さんはこれまで40か国以上を訪れ、200本を超えるルートを完成させてきました。特に印象に残っているのは中国・陽朔の岩場。その時作った「YANSHOU HOTEL」というルートは、中国スポーツクライミングルートベスト3に数えられています。

木村さんが開拓した有名なルート「YANSHOU HOTEL」がある中国・陽朔の岩場

人との繋がりが重要になるエリア開拓

そんな木村さんが目指すのは、「自治体や地元住民とも協力し、クライミングを一つの文化として広められるようなエリア開拓」です。

岩場がインターネットなどを通じて全国に公開されると、各地からクライマーがやってきます。それに伴ってゴミ問題やトイレ問題などが発生し、最悪の場合はクライミング禁止になってしまうことも。

「それらの問題を解決するには、クライマー側のマナー改善や、地域住民への配慮、自治体への還元などが重要になります」

地元住民とクライマーの双方がメリットを得られるような岩場開拓を行っていけば、多くの人たちに、もっとクライミングの魅力を伝えられるのではないか、と語ってくれました。強く熱い思いを抱きつづける木村さんが、これからのクライミング文化をどのように切り開いていくのか、期待が高まります。

鳳来湖(ほうらいこ)にあるハイカラ岩場で難しいルートに挑戦する木村さん

6線ストライプ制作