障害ある娘に代わり投票した母「まさか起訴されるとは」 関係者に広がる衝撃

取材に応じる母親

 自閉症の娘と一緒に投票所に行き、見慣れない環境で「固まって」しまった娘の代わりに投票用紙に記入し投函した母親が、公職選挙法違反の罪で3月に在宅起訴されていた。11月に報じられると、裁判で刑事罰に問おうとする検察側の姿勢に「そこまでやるのか」「まさか起訴とは」と関係者らの間で衝撃が広がっている。専門家も異例と語る今回のケースは、障害がある人の家族にとっても人ごとではない。投票現場では何が起きていたのか。(共同通信=真下周、鈴木優生)

 ▽聴覚過敏だが、ピアノが得意

 大阪市を廃止し、4特別区を設置する「大阪都構想」の賛否を問う住民投票の投開票は昨年11月1日に実施された。淀川区に住む自営業の母親(59)は10月25日、自閉症で身体障害もある長女(22)を車いすに乗せ、期日前投票のため区役所を訪れた。

期日前投票が行われた淀川区役所の玄関

 母親によると、長女は療育手帳A(知的障害が重度)。障害の判定所見には「面接で発話や発声はできず、名前の呼び掛けにも応答しない。3歳級の発達段階で、スプーンを持って食事し、リモコンを操作してテレビを消すことはできる。不快刺激に敏感でパニックに陥ることもしばしば」と記されている。

 長く診てきた医療機関の医師も「聴覚過敏があり、ざわついた部屋では集中できず何もできなくなる。慣れない場所と人には言葉が出ない」などと診断する。一方でピアノが特技という一面があり、楽譜は読めないものの流れてくる曲を耳でコピーし、その場で両手を使って弾くことができる。ただし、これも人前では無理だ。

 ▽都構想に「ペケ、ペケ」と意思表示

長女は、母親のほか見知ったヘルパーであれば、簡単な言葉による意思疎通ができる。長女は当初、都構想が実現すると引っ越さなきゃいけないと勘違いしていたが、母親から「住所(の表記)が変わるかもしれない」と教わった。

 

自閉症がある長女(母親提供、画像を一部加工しています)

長女はそれでも「ペケ、ペケ(だめの意味)」と答えた。今の住所は、幼いころから何度も練習を重ねてようやく言えるようになったものだ。愛着もあるという。一般に、自閉症の人は同じ行為の繰り返しを好み、特定のことにこだわる傾向がある人も多い。変化が苦手な彼女にとって、住所の変更は歓迎すべきことではなかった。

 都構想の住民投票は、投票用紙に「賛成」か「反対」を書けばいいため、候補者名や政党名を記入する他の選挙よりまだハードルは低い。そこで母親は「いろんな社会経験をさせてあげたい」と投票所へ連れて行った。長女にとっては初めての選挙権行使。母親も選挙は数えるほどしか行ったことがなかった。

 ▽「こんなやり方じゃだめ」押し問答の末…

 投票所の受付で、母親が宣誓書に住所・氏名を記入していると、女性職員2人が来て、長女の車いすを押して投票所内に入っていった。

 

都構想住民投票の投票用紙

サインを終えた母親が後を追うと、職員らは投票記載台のところで、固まってみじろぎ一つしない娘に対し、張り紙にある「賛成/反対」のどちらかを指さすように働き掛けていた。

 区役所では通常業務のアナウンスも鳴り響き、音に過敏な長女は両耳を手でふさいでいた。

 駆け寄った母親は「この子は(ここでは)意思表示できない」「(この状況で)指をさせと言うのか。いじめじゃないか」と職員に抗議。その上で長女の手を自ら取り、指さしをさせようとしたが、職員から「こんなやり方ではだめです」と突っぱねられ、押し問答の末、自ら投票用紙に記入し、投票箱に入れた。

 ▽警察の呼び出し、検察は罪を追加

 公選法は障害者などの代理投票について、選挙管理委員会が認めた投票事務従事者のみができると規定している。家族と付添人は投票所に入れるが、投票の代わりは役所の人間しかできない。母親はそれを知らなかったという。

 投開票日から約2週間後、母親は大阪府警淀川署から呼び出しを受けた。年明けには検事の取り調べがあり、今年3月、投票偽造の罪で在宅起訴された。起訴状は「母親は長女の投票を偽造しようと考え、(長女が)投票した事実がないのに賛否を記入して投票した」としている。

 検察側はさらに、10月になって念のための予備的な主張として投票干渉の罪を追加した。投票所で「この子は反対だ」などと述べて投票した行為に正当性がなく、干渉に当たるというものだ。

 ▽選管と母親、異なる認識

 一連の出来事を選管側はどう見ていたのか。淀川区の担当者は取材に「職員は、母親に『代理投票ですか』と声掛けした。勝手に用紙に記入した際も『職員がやります』と制止したが、それでも振り切って投票した。職員としてやるべきことはしたが、(お母さんの)迫力で押し切られた」と説明した。代理投票について説明しようとし、長女の意思も確認しようとしていたが、母親にまくしたてられ、隙を突かれて投票されてしまったという主張だ。

 一方で長女にどのような障害があり、どの程度かなどの聞き取りは考えていなかったとしている。

 ただ、母親の認識は大きく異なっている。

 

淀川区役所

母親は普段から接点がある区役所の保健福祉課に、期日前投票に行く旨を伝える電話を事前に3回したらしい。応対した職員は車いすの動線について触れた上で「委任状は駄目だけど、お母さんが本人と一緒に行ってくれたら代筆できますよ」と答えたという。

 職員が「母親の代筆はOK」と名言したかどうかは不明だが、少なくとも、役所の人間しか代筆できないという説明はなかったため、母親の認識は「私の代筆は禁じられていない」というものだった。

 ▽「一罰百戒」という捜査側

 捜査当局の事情聴取に、職員らは「(娘さんは)無表情で身じろぎもせず、投票の意思を示しているように見えなかった」「(お母さんも)娘さんの意思を確認しようとしていなかった」などと証言したとみられる。

 母親の弁護人は、長女が衆目の中で固まって動けなくなっていた状況を、職員が「投票の意思がない」と誤認した可能性があると指摘する。

 「公の場で固まるのは自閉症の特性なのに、障害への配慮が求められる職員がそうした知識を持っていたかは疑わしい。今回のケースで(起訴が)認められるなら、第三者に意思表示ができない人の投票権は刑事罰で抑え込めてしまう。検察は起訴権を乱用している」と批判した。

 捜査関係者の見方はどうか。

 「(職員の)目の前で違反行為をされた。(選管側は)手順通りに通報しているので見逃すことはできない。例えばこういうケースが10件積み重なったら、投票結果が変わる選挙だってあり得る」と指摘。通貨と同様に高い安定性が求められる選挙という社会システムを守るために厳しい対応が必要だったとし、「一罰百戒的な側面もある」と打ち明けた。

 ▽「個々にきめ細かく対応を」と総務省

 

都構想住民投票の期日前投票所の様子=大阪市中央区

 捜査関係者の言葉だけでなく、選挙は民主主義の根幹であり、公正さが求められるのは当然のことだ。同様に長女の選挙権も憲法に保障された最も重要かつ基本的な権利で、その意思を投票行動で適切に示せるような配慮はなされるべきだ。

 代理投票については、総務省がこれまで、選挙人への丁寧な対応の必要性を繰り返し全国の選管に通知している。「必要に応じて家族や付添人との間で事前打ち合わせを行うなど、選挙人の意思確認には個々の状況に応じてきめ細かく適切に対応することが重要で、十分努力すべき」という内容だ。

 ▽障害者への「上から目線」

 「まさか起訴されるとは」。そう話す母親は「法を破ろうとは思っていなかった。代理投票のルールの説明はなく、どのようにして意思を確認するか協議もなかった」と振り返る。

 母親から見た長女には投票の意思も能力もあったが、あの場では適切な介助がなければ投票できなかった。長女のことは一緒に生活する自分が一番よく分かっているとの思いで代筆したと考えている。

 投票を振り返るたび、母親は例えようのない嫌な気持ちにとらわれる。職員らの対応に、「(この人は)本当に投票できるのか」と疑っているようなまなざしを感じたからだ。

 障害がある長女が社会参加をしようとする場面では、これまでも何度も心ない発言や差別的な対応を受け、悔しい思いをしてきた。「今回もまたか、という思いが強い。国は『ぜひ投票を』と呼び掛けておきながら、なぜ障害者の一票を上から目線でチェックするような対応をするのか。娘は今も『すごく嫌な場所』として記憶しており、次に投票があってもできそうにない。選挙権を奪われたようなものだ」と語気を強めた。

 母親の刑事裁判は現在、裁判所と検察官、弁護人の間で、争点を整理する公判前整理手続きに入っている。

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