ビットコインを法定通貨にした中米の小国、波乱含みのスタート エルサルバドル 「スマホない人はどうすれば」

 

「ビットコイン利用可」の表示を掲げたレストラン

 中米の小国エルサルバドルが、法定通貨として世界で初めて暗号資産(仮想通貨)ビットコイン導入に踏み切った。世界が注目する「奇策」は成功するのか。現地で取材すると、市民からは利便性向上に期待する声が上がる一方、導入したブケレ大統領への批判や不満も噴出していた。政府が開発した専用アプリの利用者の個人情報が盗まれたとみられる事件やトラブルも多発。波乱含みのスタートとなっている。(共同通信=中川千歳)

 ▽突然の決定、そして抗議デモ

 「ビットコインにノー」。10月半ばの強い日差しの下、ブケレ氏への抗議デモが首都サンサルバドルで開かれた。ブケレ氏は6月、国民に詳しく説明しないままビットコイン導入を決め法案を提出。与党多数の議会がスピード可決しわずか3カ月後の9月7日に利用が開始された。ただ、本来の法定通貨の米ドルも引き続き利用できる。

「ビットコインにノー」と書いた幕を掲げる反政府デモ

 デモに参加した教師フアン・アヤラさん(45)は「ビットコインは変動が激し過ぎて信用できない。値上がりするまで待つことができる金持ち向けだ」と批判した。工場で働くアメル・ペレスさん(44)も「ビットコイン(のアプリ)を使うためのスマートフォンを持っていない人はどうすればいいのか」と憤った。

 

ビットコイン専用アプリの画面

政府はビットコイン用に電子財布「CHIVO(チボ)」を開発。利用者はスマホにチボ専用のアプリをダウンロードすれば使える。チボは同国の俗語で「かっこいい」という意味だ。

 ▽世界に逆行する国

 ビットコインは2009年ごろから米国などで使われるようになった暗号資産の代表格。各国中央銀行は国の法定通貨としてデジタル通貨の発行を研究する一方、ビットコインを含め民間のデジタル通貨は価格の乱高下が激しいとして警戒している。中国は今年9月、暗号資産を全面的に禁止すると発表。米国も規制強化を検討している。

 世界の流れに逆行するエルサルバドルのトップ、ブケレ氏は同国史上最年少で大統領に就任した40歳。情報発信にツイッターを駆使するなど新世代の政治家として人気が高い。18歳で会社経営を手掛けた経験があり、進取の気性に富む。

 

ブケレ大統領=2020年5月(ロイター=共同))

ビットコイン導入の着想を得たのは、サーフィンの名所として知られる太平洋沿岸の町エルソンテから。米国のビットコインアプリ開発企業「ストライク」が約2年前から実験的にビットコインを導入していた。ブケレ氏は同社と組んで法定通貨化に踏み切った。

 法定通貨化する前日の9月6日、ブケレ氏は「われわれは過去のパラダイムを破らなくてはいけない。エルサルバドルは先進国(入り)に向けて進む権利がある」とツイッターに投稿した。

 ▽ダウンロードは300万人

ビットコイン対応ATMに列をつくる人たち

 エルサルバドルは、国土が九州の約半分、人口は約650万人と千葉県ほど。国内総生産(GDP)のほぼ4分の1を占めるのは、経済的な理由などで米国に渡った人たちによる、親族への送金だ。ブケレ氏が導入理由として強く訴えたのがこの送金の手数料。ビットコインで送金すれば年間計約4億ドル(約455億円)を節約できるという。国民の7割が、銀行口座など既存の金融サービスへのアクセスがない点も挙げた。

 

ビットコイン対応ATMを利用するアマンダ・アラサバルさん

 導入奨励策として、ブケレ氏はチボを通して30ドル相当のビットコインを配布。結果的に、国民の半数近い約300万人がダウンロードした。

 市内にはビットコインを米ドルに換金することができるATMが設置されている。並んでいた自営業アマンダ・アラサバルさん(32)は「以前は米国に住む姉が送金のたびに9ドルの手数料を取られていたが、ビットコインでは必要ない」と喜ぶ。30ドル分のビットコインでオンラインショップを通してサンダルを購入したが、それまでは現金以外で買い物をしたことがなかったという。「とても便利だと思った」

 ▽不信感

 だが、世界に例のない試みには、さまざまな問題が持ち上がった。ビットコインのアプリは導入直後、うまく機能しなかった上、10月半ばまでにアプリで個人情報を盗まれたとする届け出が700件以上に上り、検察が捜査を開始した。アプリの不具合で送金が受け取れないトラブルも起きた。 

元中央銀行総裁でエコノミストのカルロス・アセベド氏

 同国の元中央銀行総裁でエコノミストのカルロス・アセベド氏によると、格差の激しいエルサルバドルでは約4割の国民が専用アプリを入れるスマートフォンを持っていない。約4割は良好なインターネット環境にもない。送金の「手数料ゼロ」についても、国民が直接支払うことはなくなったが、政府が国民の税金を通じて仮想通貨売買取引所に手数料を払っていると指摘する。「政府はその額を明らかにしていない」と透明性の欠如を問題視した。

 タクシー運転手サルバドル・エルナンデスさん(71)は、アプリを使おうとしたところ既に自身の身分証明番号が登録済みと表示され「何も信用できない」と語った。それ以来、アプリに触れていないという。

 記者が10月半ばにエルサルバドルを訪れた時点では、ビットコインで支払いができる店は一部にとどまり、ショッピングセンターのフードコートでも「使えない」と答える店が多かった。

 ▽それでも恩恵が大?

 一方、ビットコインでの支払いを受け付ける数少ない店の一つ、カフェ「ロス・イルストレス」では、配布された30ドル分を使う客で賑わったという。客はアプリを使って店側の情報を入力し、支払いを済ませる。経営者のエリック・カルデロンさん(37)は「導入に100%賛成」。ただ、受け取ったビットコインは「経営の安定性のため」すぐにドルに替えているという。

 エルサルバドルが法定通貨化して以降、ビットコインは一時値下がりしたが、その後は最高値を更新。政府は11月1日、ビットコインの値上がりで得た利益で動物病院の建設を始めたと発表した。ビットコインを運営する国営企業が得た利益は400万ドル(約4億6千万円)としている。

カフェの看板に「ビットコイン受け入れます」と掲げた経営者のエリック・カルデロンさん

 長髪をポニーテールにした風貌がブケレ氏を彷彿とさせるカルデロンさんは、ブケレ氏がサンサルバドル市長時代、共に仕事をしたことがあるといい、そのマーケティングの手法を高く買う。

 ビットコインのおかげで「誰も知らなかったこの国が世界の話題になり、記者も来る。(経済的にも)悪くないじゃないか」と話した。

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