知的障害児は甲子園を目指せるのか 大人の努力次第で広がる子どもたちの可能性

「甲子園夢プロジェクト」第5回練習会に参加したメンバーと都立世田谷泉高の球児たち【写真:編集部】

「甲子園夢プロジェクト」が一般校と合同練習会を開催

空気が澄み渡った秋晴れの11月14日、東京都立世田谷泉高校の校庭に球児たちの笑顔が咲いた。それぞれユニホームや練習着を身にまとった約30人の中高生たち。コーチの合図の下、元気にウォーミングアップをしたり、笑顔でキャッチボールしたりする姿は、一見すると全員が同じチームの仲間にも思える。ここに集まった球児の大半が初対面、あるいは数えるほどしか顔を合わせたことがないと知れば、驚きの声をあげる人は多いだろう。

この日、開催されたのは「甲子園夢プロジェクト」参加メンバーと世田谷泉高校軟式野球部の合同練習だ。「甲子園夢プロジェクト」とは、東京都立青鳥特別支援学校で主任教諭を務める久保田浩司さんが立ち上げたプロジェクトで、知的障害のある生徒にも甲子園を目指すチャンスが得られるようにサポートしようと活動している。2021年3月6日に発足し、同月に都内近郊で行われた第1回練習会には全国から11人が参加。オンライン練習会などを経て、10月に千葉県で行われた練習会には18人が集まった。

徐々に参加人数を増やす中、久保田さんが次なる目標として掲げていたのが、健常の球児たちとの合同練習会の開催。今回、その目標が早くも達成されたというわけだ。

世田谷泉高校との縁を繋いだのは、プロジェクト発足当初から参加する元ロッテの荻野忠寛さんだ。活動の理念に賛同した同校教諭で軟式野球部顧問の石川大貴さんが、旧知の荻野さんを通じて合同練習実施を打診。校長の計らいで同校グラウンドの使用が許可され、晴れて合同練習会が実現した。

全国にある特別支援学校で野球部があるのは、ごくわずかだ。その全ては軟式野球部で、安全面での懸念を理由に硬式球の使用は練習でも許可されていないことが多い。だが、養護学校、特別支援学校の教員として知的障害がある生徒と34年接してきた久保田さんは「危険だと心配する気持ちもわかるが、やり方次第です。具体的な指示を出してあげれば、子どもたちは理解します」と話す。

事実、3時間半に及ぶ合同練習で起きたハプニングはゼロ。改めて聞かなければ、球児の中に知的障害がある生徒がいるとは気付かないくらい、そこに“特別”感はない。ベース間のキャッチボールや守備練習、打撃練習を見てみても、個々のスキルレベルに差はあれど日常に見る野球部の練習と変わらない。

京都から参加しているプロジェクトのレギュラーメンバーでもある村田くん(中央)【写真:編集部】

参加者の父「グラウンドでは一般の人と同じ1人として扱ってもらえる」

「甲子園夢プロジェクト」から参加したのは13人。最も遠方からの参加となったのは、京都市立白川総合支援学校3年生の村田敦くんだ。軟式野球部に所属する村田くんの技術レベルは高く、学生時代は日本体育大の硬式野球部で活躍した久保田さんも「一般校の硬式野球部でもレギュラーをとれるくらい」と太鼓判を押す。

プロジェクト参加第1号も村田くんだった。記事でプロジェクト始動を知った父・真一さんは、その日のうちに久保田さんに電話。「こういう活動を待っていました!」と喜びを伝えた。敦くんは小学2年で野球を始め、中学からクラブチームに参加。現在通う学校も高野連に加盟する軟式野球部があることが最大の理由だった。自身もコーチを務める真一さんは、この日もグラウンドで元気に仲間に声を掛ける息子を見守りながら「グラウンドでは一般の人と同じ1人として扱ってもらえる。障害があっても『何かできる』ということを経験させてあげられる場でもあります」と目を細める。

この日が2度目の参加だったのが、菅野駿太くん(横浜市立原中学校3年生)だ。地元球団のDeNAが大好きだという駿太くんは小学4年で野球を始め、6年時には主将を務めたほど。だが、発達障害により団体行動を取りにくい時があるため、中学からは障害者野球チーム・横浜メイキングスで白球を追う。父・圭介さんは「スポーツを通じて仲間の大切さを学べるし、色々な人との出会いもある。とにかく楽しく野球をさせてあげたい」とプロジェクトに参加した。「やはり甲子園は憧れの場所。障害があっても目指したい気持ちは同じ。チャンスがあればと願う人は多いと思います」と話す。

初めて練習会の取材に訪れた報道陣に、久保田さんは「今日、見ていてどう思いましたか?」と質問する。返ってくる答えは決まって「知的障害がある子どもたちが、ここまでできると思いませんでした」。すると、久保田さんはこう続ける。

「ですよね。だから、周囲の大人が思い込みで彼らの可能性を閉ざしてしまってはいけないんです。彼らが挑戦できる場所を提供すること、そして安全に野球ができる方法を考えることこそ、大人がやるべきことだと思うんです」

キャッチボールをする時はボールが飛んでいきそうな場所には人を立たせない。一塁走者にリードの幅を指示する時は「もう少し大きめに」と漠然とした表現ではなく「あと3歩、二塁に近づいて」と具体的な言葉を投げかける。知的障害がある子どもたちが野球を楽しむ環境は、大人たちの工夫次第で整っていく。

グラウンドで生き生きとした表情を浮かべるメンバーたち【写真:編集部】

世田谷泉高部員も充実の笑顔「いつもと違う表情だった」

練習後、「甲子園夢プロジェクト」から参加した子どもたちは「色々な子と野球ができて楽しかった」「試合形式でできたのがうれしかった」「タイミングの取り方や外野での動きなど勉強になった」と喜びや充実の言葉を並べ、大きな笑みを咲かせた。投げ方を指導したりノックを打ったりと大忙しながら終始笑顔が絶えなかった荻野さんは「どんどん上手くなっている。もっと楽しく野球をするにはもっと上手くなること。練習を頑張りましょう」と、子どもたちの成長を労う。

この日の練習から収穫を得たのは、知的障害がある子どもたちだけではない。世田谷泉高の生徒もしかり、だ。3部制をとる定時制高校のため軟式野球部として部員全員が一緒に活動できる機会は少ない。部員たちが合同練習開催を知ったのは当日だったというが「いつもと違うメンバーで野球ができて、いい刺激になった」と話す。顧問を務める石川さんは「生徒たちがいつもと違う表情でした。野球を通じていろいろな人に接し、いろいろなことを感じてほしい。大人が多くの言葉を投げかけすぎずに、子どもたちの感覚を大切にしていきたいと思います」と手応えを語った。

打球をグラブに収め、一塁へ送球してアウトを奪った時に見せる自信にあふれた笑顔。外野へ打球を放ち、必死で走って二塁ベースでセーフになった時のガッツポーズ。逆転のホームを踏んだ仲間を、ベンチ前に立って大喜びで迎える姿。純粋に野球を楽しむ様子に、障害があるなしの違いはない。久保田さんは「子どもたちにとっていい経験になれば。野球で自信が持てると、学校や仕事でも自信を持って行動できるようになる」と力を込める。

次回は12月4日に愛知県にある同朋高校で硬式野球部と合同練習を行う予定だ。来年3月には、千葉で行われる少年野球大会でエキシビションとして試合をする予定もある。着実に活動の輪を広げる「甲子園夢プロジェクト」。知的障害がある子どもたちにはできないと決めつけるのではなく、どうやったらできるかを考える。子どもが持つ可能性を信じ、いつもより少しだけ多くの努力を厭わない大人が増えることが、プロジェクトのカギを握ることになりそうだ。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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