向かい続けることが才能 万城目学

 4月に作家生活10年を迎える万城目(まきめ)学(40)が新作「バベル九朔(きゅうさく)」を19日に発売した。作家志望でビルの管理人を務める主人公・九朔が、どこか奇妙で不可思議な世界とつながる物語で、主人公は、万城目さん自身の経験を重ねている。

 大阪出身の万城目さんは、一浪後に京都大学の法学部に進学。卒業後は、化学繊維会社に勤務する会社員だった。配属された静岡の工場で経理を務めながら執筆を続けていた26歳のとき、東京への転勤が決まり退社を決意。「2年間で芽が出なければあきらめる」と覚悟し、書いては投稿する生活を送った。

 27歳の九朔も、小説家を目指し、3年勤めた会社に辞表を提出。雑居ビルの管理人を務めながら新人賞に応募を続けている。万城目さんも同じように雑居ビルの管理人を務めながら執筆していたと言い、「1日10時間くらい机に向かって。9時間は構想を練って、1日1時間分くらい書き進める。くるしい、しんどいの繰り返し。筆が進む…ことなんて1度も経験がなくて。10年前もいまも同じ生活を送っています。当時は分かりやすく無職で、いまは(編集者から)依頼を受けて書いていることが差かなぁ。作品に向かう行程は変わりません」 新作は、小説誌「野性時代」に第一話を書いてから5年を経て執筆を再開。計7年をかけ完結した。「僕の30代は部屋に閉じこもって、机の前で悩むことに費やされました」と苦笑いした。

 結果が出ず再就職を考えていたときに、第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した「鴨川ホルモー」で2006年にデビュー。独創的な世界観が話題を集め、作品は山田孝之主演で09年に映画化もされた。

 実生活では成功をつかんだ万城目さんだが、九朔は、うだつが上がらない自分に「才能」があるのか暗い問いかけをする。足を踏み入れた異空間では、自分が大先生になった夢を見る始末。現実世界でかなえられなかった夢が思いのままになる幻の世界。九朔の選択は−−。

 夢を追うことは、時間の空費なのか。出会った女から、「無駄を見ている」と告げられた九朔は言葉をなくしてしまう。

 「うまくいっている人よりも、いっていない『あかん感じの人』が好き。血が通っていると感じます」。

 あかん感じの人へ。本の中では、「向かい続けることが才能だ」と記す。しがみつくでもなく、他に浮気するでもなく、何年も向かい続けること−。

 2月に40歳になった。「自分の器がどのくらいか決まっていく感じがする」とぽつり。「大学時代に初めて小説を書いて、『才能がある!』と突っ走ってきた20年。続けることが才能と書いたけど、まだ僕自身も分かりきっていないんです」 小説のように、自分が言葉にしたこと、願ったことが現実になったら…と問うと、「書いているときには、あれこれ考えたけど、いまはないかな。あぁ、自分の作品を、書いた内容を忘れて読むことができたらいいですね。『なんやこの、〝まんじょうめ〟とかいうやつの本、面白いやんけ!』って。『鹿男あをによし』の読者から、『本を読んでから鹿を見ると、鹿がしゃべるような気がして』と言われて、『うそー!!』と驚いたんです。自分が書いたものを目にしても、その場所の風景は浮かんでも、そこに物語が加わる高揚はないので、書いている人だけ取り残される感じがするんです。不公平だと。だから、言葉が現実になるとしたら、『自分の作品を忘れる』ですね」◇まきめ・まなぶ。1976年2月27日、大阪府生まれ。代表作は「鴨川ホルモー」「鹿男あをによし」「プリンセス・トヨトミ」など。日常に奇想天外な非日常性を持ち込むファンタジー小説で知られる

© 株式会社神奈川新聞社