歌手・薬師丸ひろ子の最高傑作「花図鑑」もっと評価されてしかるべき超名盤!  薬師丸ひろ子 歌手活動40周年

俳優デビューから3年遅れて誕生した歌手・薬師丸ひろ子

歌手としても実績をあげていた薬師丸ひろ子が、22歳の誕生日となる1986年6月9日にリリースした3作目のオリジナルアルバムが『花図鑑』だった。ファーストアルバム『古今集』、セカンドの『夢十話』に続く漢字3文字のタイトルは、翌年に出された次作『星紀行』にも継承される。

歌手・薬師丸ひろ子は、俳優・薬師丸ひろ子に3年遅れて誕生した。1980年の初主演映画『翔んだカップル』や、1981年の『ねらわれた学園』の時に実現していても不思議ではなかったけれど、事務所が打診しても本人が拒んでいたのだという。そんな中、満を持しての歌手デビューは1981年11月、主演第3作の同名主題歌「セーラー服と機関銃」となる。

それとても、本来は作曲した来生たかおが「夢の途中」のタイトルで歌った原曲が主題歌になる予定であったところを、相米慎二監督に熱望されて急遽、主演女優自らが歌うことになったのだった。映画と同じタイトルにしたのは、プロデューサー・角川春樹の意向。結局は来生盤もリリースされて同時にヒットしたわけだが、相米監督の強い推しがなければ、薬師丸の歌手デビューはさらに遅れていたことだろう。

歌うことの楽しさに目覚めた松本隆、大瀧詠一との出逢い

映画と共に大ヒットとなった「セーラー服と機関銃」をはじめ、「探偵物語」「メイン・テーマ」「Woman “Wの悲劇” より」など、主に映画主題歌のヒットを連ねていた薬師丸が歌うことの楽しさに目覚めたのは、「探偵物語」で松本隆や大瀧詠一に出逢えたからだと、自ら語っている。

『花図鑑』も、松本隆が全曲の歌詞を書き下ろし、さらにプロデューサーを兼ねたアルバムであった。全て花に関する歌詞が織り込まれたコンセプトは、松本のアイデアによるもの。作家の選定は、松本と薬師丸が2人で相談して決めたそうだ。

その結果、作曲家陣には、モーツァルト、中田喜直、筒美京平、井上陽水、細野晴臣といったヴァラエティに富んだ面々が名を連ねることになる。薬師丸の声質に合わせて、クラシックや唱歌の作曲家も交えた、非常に面白いメンバーによる全10曲となっている。抜群の歌唱力でありながら技巧に走らず、清楚で折り目正しい歌声。透き通った伸びやかな高音が、“花” がテーマとされた諸作品に絶妙にマッチして、アルバム全体に涼やかで清らかな雰囲気を醸し出しているのだ。

崇高かつ繊細なメロディを臆せず表現した薬師丸ひろ子

冒頭を飾る「花のささやき」は、モーツァルト・ピアノ協奏曲第23番第2楽章「アダージョ」の旋律に松本が詞を付けたものだが、その後に続くオリジナル楽曲群との違和感は感じられない。

そして「寒椿、咲いた」と「かぐやの里」の2曲を提供したのは、「めだかの学校」や「夏の思い出」「雪の降るまちを」などの童謡や唱歌で知られる作曲家・中田喜直である。中田の甥である中田佳彦と松本が旧知の間柄という経緯があったようだが、童謡・唱歌の大家である中田喜直がこの時期にポップスアルバムに曲を書き下ろしたのは異例のこと。

独特な薬師丸の声質に、既存の童謡や唱歌を当てはめる発想までは考えられたとしても、中田への新曲依頼は、松本のプロデュース力が非凡であったことを物語っている。崇高かつ繊細なメロディを、臆することなくしっかりと受け止めて表現した薬師丸も見事であった。

アレンジは、筒美とモーツァルトの曲を武部聡志、井上と中田の曲を松任谷正隆が、細野の曲は、越美晴と小西康陽が手がけている。薬師丸自身の作曲による「紫の花火」は松任谷のエレガントなアレンジが気品溢れるヴォーカルをさらに際立たせている。

歌手・薬師丸ひろ子の最高傑作「花図鑑」

モーツァルトで始まり、中田喜直で終わるアルバムというのは、女優・薬師丸ひろ子ならではの妙技だったわけで、仮に松田聖子や中森明菜がどんなに巧く歌ったとしても、この完成度には至らなかったに違いない。そこには女優の歌特有の不思議な魅力がある。「寒椿、咲いた」や「かぐやの里」を聴いて思い出したのは、かつて吉永小百合が歌った美智子妃殿下(現・上皇后美智子さま)作詞による「ねむの木の子守唄」だった。

各社競作で様々な歌手が歌った中で、耳に残るのはやはり吉永ヴァージョン。慈愛に満ちた歌唱に癒される。薬師丸は歌う女優として、正しく吉永の後継者であり、すなわち国民的女優のポジションを継ぐ存在であることを認識させられたのだった。

ジャケットやピンナップの写真は篠山紀信。文句なしに美しい21歳(撮影時)の薬師丸ひろ子がそこにいる。誕生日のリリースだったことにも、特別な意味合いが感じられてならない。自身もお気に入りと話していた『花図鑑』は、国民的な名アルバムとしてもっと評価されて然るべき。個人的には歌手・薬師丸ひろ子の最高傑作と評したい。

※2021年6月9日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 鈴木啓之

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