東京パラ卓球(知的)5位 浅野俊 仕事と競技を両立「パリで金メダル取る」

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「帰省時は友だちと出掛けてリフレッシュできた」と語る浅野(PIA)=長崎新聞社

 東京パラリンピックの卓球男子シングルス(知的障害)で5位入賞した浅野俊(たかし)(PIA、長崎市出身)。横尾小2年からラケットを握り、高田中でパラ卓球を知り、瓊浦高時代に全国を転戦してきた。「出るからには金メダルを」。髪を金色に染めて初めての大舞台に挑んだ20歳に、自国パラの感想や今後の抱負などを聞いた。

 -東京パラリンピックを振り返って。
 今思えば、いい試合をしていた。負けた瞬間は悔しい気持ちでいっぱいで「自分は男じゃねえ」と思ったりしたが…。今考えると、自分が一番若かったし、可能性もある。さらに厳しくして、自分が持っているものを最大限に生かして頑張りたい。

 -1次リーグ初戦から世界ランキング3位の豪州の選手と対戦。ほかの大会とレベルの差などは感じたか。
 みんな東京パラリンピックに備えてやってきていた。雰囲気もオーラも違うし、一球一球に気合が入っていた。初戦の1ゲーム目はリードしていて「相手はメンタルをやられたかな」と思ったけど、前回の銀メダリストだけあって、こっちが弱気になると1本も取れない状況になった。技術もあっちが上。「今の僕の実力じゃ勝てない」と思った。だから、2ゲーム目からは「気持ちで勝つしかない」とブロックでも前に突っ込んでやって逆転できた。

 -その1勝で乗れたか。
 まさか勝てると思っていなかった。調子はものすごく良かった。でも、韓国選手との1次リーグ最終戦は、1ゲーム目を取った瞬間に相手が吹っ切れた。いいプレーをしたとは思うが、何をしても通じなくなって負けてしまった。

 -準々決勝は金メダリストに2ゲーム先取してから逆転負けした。
 経験の差が出た。我慢強い卓球をされた。僕はまだまだ若すぎて、勢いだけでいっていた。でも、やって後悔はない卓球はできた。今考えると、あそこでよくあれだけ振れたなと。結局、金メダリストが2ゲームを落としたのは、僕も含めて3人だけだった。

 -会社のサポートはどうだったか。
 ものすごく大きかった。他の選手と比べて、僕は仕事をしながらやっている。卓球だけやるのはあまり好きじゃない。将来を考えて、仕事も覚えていきたいと思っている。コロナで危ない時期は、上司から「来ない方がいい」と出社を止められた。びっくりしたことに自分が会社に行かなくなった直後、入れ違いで来社した関係者にコロナ感染者が出た。上司の判断がなかったらと思うと驚いた。感謝しかない。

 -パラ後の周囲の反応は。
 「よく頑張った」とか、「誇りだ」とか、いい言葉をもらった。職場の方々は「今回は5位でいい。メダルを取るのはまだ早い」と言ってくれた。息子のように接してくれている(恩師の)麻生先生と奥さんからは、試合後に長文のアドバイスがLINEやメールで届いた。昔のプレースタイルの良さも分かってくれている。「俊の一番いいところは、低いボールでもドカンといけるパワーだから」と。

 -大会後の状況は。
 また新しい武器ができている。今はフォアが爆発している。この状態でパラに出ていたらどうだったのか、と思うくらい仕上げてる。12月上旬に出場予定のパラジャパンチャンピオンズリーグ(神奈川)で試したい。

 -3年後のパリパラに向けて。
 (出場資格を取るまでの)この2年間をしっかりやっていけば、僕の計算では金メダルが取れる実力が今よりあると思っている。楽しみにしてほしい。ただ、自分次第。自分が練習に集中するかしないかにかかっている。