【高校野球】中学生の不正勧誘で「2年間謹慎」は本当に妥当か? 実態にそぐわない処分、4つの問題点

「野球留学」という言葉があるように、選手の越境入学などが話題に上ることも多い高校野球。「甲子園」が最大の目標である高校球界において、有望選手の進路が大きな注目を集めるのはある意味で当然だが、同時に原則的には禁じられている「中学生への勧誘行為」という問題を抱えている。今年10月、山形県の強豪校、山形中央高校の庄司秀幸監督が、中学生への不正勧誘を行ったとして、2年間の謹慎という処分を受けた。周辺取材を行ったスポーツライターの広尾晃氏は、この処分の妥当性に疑問を投げかける。

(文・写真=広尾晃)

あまりに重すぎる「2年間謹慎」という処分

10月8日に公益財団法人日本学生野球協会の審査室会議が発表したある処分が、高校球界に波紋を投げかけている。

山形中央高校の監督が、中学生への不正勧誘があったとして、9月1日から2年間の謹慎処分になったのだ。

日刊スポーツは10月8日、この処分を次のように報じている。

8月30日午後、天童市内で部活見学会に参加した中学3年生の父親と立ち話をした。その際に母親と本人にも会い、甲子園に出場した際の記念品を激励の意味で渡した。金品ではないが、野球をしている者にとって価値ある物を渡したとして厳しい処分になった。

筆者が取材した関係者の話を総合すると、事実関係はこうである。

その中学生は、山形中央高校のファンで、試合の応援にも来ていた。庄司秀幸監督とは以前から面識があった。部活見学会でその中学生と両親に出会った庄司監督は、たまたま自家用車の中にあった甲子園出場記念のバッジを中学生に渡した。喜んだ中学生がSNSにそのことをアップしたのを高校野球関係者が見つけて山形県高野連に通知、県高野連は報告書を作成し、学生野球協会に報告したのだ。

「公立の星」として台風の目になっていた山形中央

庄司秀幸監督は20代で母校の監督に就任して以来、ユニークな指導法で県立の山形中央を県内強豪校の一角に育て上げた。2010年春には「学校周辺の清掃活動に取り組み、また部の方針に感謝を掲げ地域交流にも取り組んだ」ことで21世紀枠で甲子園初出場、この年の夏も出場し、実力も兼ね備えていることを証明。さらに2013年春、2014年夏にも出場した。日本ハムの石川直也、楽天の佐藤智輝、阪神の齋藤友貴哉などのプロ野球選手も輩出している。

山形県は近年、鶴岡東、羽黒、日大山形、東海大山形など私学の強豪校が甲子園に出場することが多かったが、山形中央は夏の甲子園の山形県大会では過去10年で5回決勝戦に進出するなど、県の高校野球界では台風の目のような存在になっていた。それだけに反感を抱く関係者も多かったといわれる。地元関係者の間では「あの強豪校の指導者がリークしたらしい」「県高野連に言いに行ったのはあの人だ」といううわさが飛び交っている。

学生野球協会の処分が発表されると「〇〇がリークした」などといううわさがしばしば飛び交うが、私はこうしたことが疑惑になること自体が極めて不健全だと思う。

処分の妥当性を疑いたくなる4つの理由

山形中央への処分の根拠になっているのが、2005年、日本高野連が、脇村春夫会長(当時)名で各都道府県高野連に通達した「中学生の勧誘行為の自粛について」(通達)だ。

ここには、

1.いかなる場合でも高校側の指導者や関係者が中学生を勧誘してはいけない。いかなる場合も高校側関係者が、中学生の家庭訪問をしてはならない。

と明記されている。山形中央の庄司監督は「勧誘行為を行った」と認定されたわけだ。

しかしこの処分には、いくつかの問題点がある。

1つ目の問題は、今回のような違反行為は、恐らく、全国どこででも見られるありふれた行為だということだ。

公立高では毎年、中学生に向けて「部活説明会」を行う。そもそも部活の見学会は、中学生、その父母が高校部活を見る催しであり、中学生の練習参加なども普通に行われている。日本高野連はこれについても細かに規定しているが、全くチェックはできていない。

今回の処分を聞いて、指導者の中には「俺も中学生に甲子園出場記念のタオルを渡しているが、処分されるのか?」と所属する地方高野連に問い合わせた指導者がいるが、見学会に来た中学生や父母と言葉を交わしたり、記念品を渡すことは普通に行われている。

筆者の手元にも高校野球指導者からもらったタオルやバッジがいくつかあるが、甲子園出場記念の配り物は、支援者や関係者に対してお礼の意味で配るものだ。筆者は毎年のようにドラフト候補の選手に取材をするが、高校進学に際して「見学会で指導者の先生にタオルなどの記念品をもらって、それで高校進学を決めた」という選手が何人もいる。

たしかに中学生に渡したのは軽率のそしりを免れないとはいえ、たまたまリークされたために大問題となったが、これを厳密に適用するというなら高校野球部は部活の見学会には参加できなくなるのではないか。

現実問題として選手の勧誘が成り立たなくなるのでは?

2つ目は、こうしたケースを厳罰に処してしまうと、公立高校の指導者、高校関係者による「選手の勧誘」は成り立たないのではないかという問題だ。

山形中央高校は県立校だ。該当する中学生が入学したいと思っても内申点が基準に達していなかったり、テストで不合格なら合格できない。「文武両道」をスローガンにする山形中央への入学はフリーパスではない。私学のように「特待生」として一般受験の前にテストをして合否を決めるなどの特別待遇をすることはあり得ない。

3つ目の問題点は、公立校の人事に教育行政とは無関係の公益財団法人が影響を及ぼすのが果たして妥当なのかということだ。

公立高校の野球指導者の多くは教員、公務員だ。教員採用試験を経て教育委員会によって採用され、各校に配属されている。部活の担当に就くのも学校長の決裁によって行われている。そうした学校人事に学生野球協会が介入することは、妥当なことなのか。

通常、高校野球関連の人事や処分などの通達は、各県高野連から野球部長に行われるが、取材によれば、今回のケースでは学校長に直接連絡が入ったという。校長は高校野球の事情など知る由もなく「何が問題なのか」と野球部に説明を求めた。高野連、学生野球協会サイドとしてはことの重要性を勘案しての対応だったかもしれないが、このやりとりからも今回の処分が、本来の学校、教育界のレポートラインを逸脱したものであることがわかる。

4つ目は、 他の不祥事の処分と比べた場合の処分の妥当性だ。今回の処分はあまりにも重いのではないか。

同日審査室会議が発表した他の高校への処分は

・部員の無免許運転とそのほう助で、チームが10月7日まで1カ月の対外試合禁止。
・暴力と報告義務違反で副部長が謹慎2カ月。
・暴言と不適切行為で、監督が謹慎1カ月。
・監督が説明する際に選手を土の上に約10分間の正座をさせた行為が不適切な指導として謹慎1カ月。

暴力事件は被害届が出されれば刑事事件になりかねない重大事案だ。無免許運転も明らかな違法行為だ。これらの問題行動への処分が1,2カ月で、余りもののバッジをプレゼントした行為の処分が10倍以上も重いのは、著しく公平性を欠くのではないか。

「2年間の謹慎」の根拠となる“前例”

実は「2年間の謹慎」には、根拠となる前例がある。

2018年1月30日、日本学生野球協会の審査室会議は中学生の不正勧誘を行った鹿児島商業の当時の監督に2年間、部長に1年間、コーチ2人に6カ月の謹慎処分を科している。

鹿児島商のケースでは、野球部のコーチが同窓会関係者からの紹介で複数の中学生と面会し、勧誘に関与。監督や部長は面会に立ち会っていなかったが事前に把握していために、上記の謹慎処分を受けたのだ。

学生野球憲章には、違反となる事項については書かれているが、処分についての言及はない。このために、類似の違反に対して科せられた処分が「前例」となって、以後も適用されることが多い。

山形中央は、コロナ禍でも選手のモチベーションを維持するなどメンタル面での指導も高く評価されていた。在校生には、庄司監督の名声を聞きつけ、指導を受けることを希望して入学した選手がたくさんいる。2年間の謹慎によって、これらの高校生の大部分は、その希望がかなわなくなる。選手にとっては絶望的な処分になるだろう。

心配なのは、当該選手の心情

この問題と直接の関連性はないが、同じ2018年には「高知商野球部のダンス同好会友情出演問題」があった。野球部員が夏にダンス同好会の女子が応援に来てくれたお礼として同会の発表会にユニフォーム姿で上がったが、この公演が500円の有料イベントだったために

日本学生野球憲章 第2条(学生野球の基本原理)④学生野球は、学生野球、野球部または部員を政治的あるいは商業的に利用しない。

に抵触するとして、1年間の謹慎処分を科せられそうになったのだ。これも関係者のリークがあって問題化したといわれている。

このケースではメディアが同情的に取り上げたこともあって、指導者はペナルティを免れたが、野球部の部長は退任し私学に転勤した。こうした事件は、公立校の有為な人材が流出することにもつながりかねないのだ。

ちなみに山形中央は県立、鹿児島商、高知商は市立。いずれも公立高校だという点も気になる。いわゆる「選手の勧誘」に関する厳しい規制は、本来私学を想定して決められたはずなのだ。

筆者が何よりも心痛を覚えるのは、バッジをもらって喜びのあまりSNSに上げてしまった中学生のことだ。軽率といえばそうだが、結果的に尊敬する指導者に大ダメージを与えることになった彼は今、どうしているのだろうか?

高校野球の危機に「そんなことをしている場合か!」

端的に言えば「高校野球界は、そんなことをしている場合か!」と言いたい。

日本高野連の資料によれば、2021年の高校硬式野球部の競技者数は13万4282人、2014年は17万312人だから21%もの減少だ。2018年に日本高野連は「高校野球200年構想」を打ち出し、高校野球による野球の「普及活動」を推進することになった。しかし、山形中央に科したような苛烈な処分は、新聞やメディアでその発表を目にした中学生以下の子どもや父母に警戒心を抱かせかねない。記念品を渡しただけで、監督が2年間もチームを離れなければならなくなるとは「高校野球は怖いところだ」と思う人がいてもおかしくない。

原理原則論でいえば今回の処分も「高校野球を公正、公平なものにしたい」という使命感からなされたといえる。そういう意味では善意の所産ではあろう。しかし実態にそぐわない、しゃくし定規なルールの適用は、かえって高校野球の発展の阻害要因になる。

関係者各位には現行ルールの柔軟な適用と、時代に即したルールの見直しを検討してほしい。そしてその前に、さまざまな事情を勘案して山形中央監督への処分の見直しを求めたい。

<了>

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