「村上春樹を読む」(56)「それだけでは、大切な何かが足りない」 記憶の力の物語

『女のいない男たち』(文芸春秋)

 〈主人公は、悪い人間ではないけれど、いやどちらかと言えば、ちゃんとした人間だけど、でもそれだけでは大切な何かが足りない〉

 村上春樹の作品には、そんなことを主人公に気づかせる、またその気づきを促すような場面があって、このことについて、今月のコラム「村上春樹を読む」を書こうとしていました。私がそういう力を感じる幾つかの作品について考えていたのですが、その中の1つの短編で、主人公に、この気づきが訪れるホテルのある場所が熊本でした。そこに、熊本地震が起きて、驚きました。

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 熊本地震(M7・3)については、被災地を支援するメッセージを村上春樹が、女性誌「クレア」(文芸春秋)の公式サイトで発表し、募金を呼びかけていることがニュースになりました。

 その「CREA〈するめ基金〉熊本へのメッセージ」という村上春樹の言葉を紹介すると、「少し前に雑誌「クレア」のために熊本を旅行し、いろんなところに行って、いろんな方にお目にかかりました(その記事は単行本『ラオスにいったい何があるというんですか?』に収められています)。とても楽しい旅でした。そのときにお目にかかったみなさんが、今回の大地震でどのような被害に遭われたのか、心配でなりません」と書き出されています。

 村上春樹は、都築響一さん、吉本由美さんと、「東京するめクラブ」というものを結成していて、この3人で『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』という本も出しています。

 そのメンバーである「吉本由美さんも、しばらく前から猫たちとともに熊本に住んでおられます。僕としても、被災されたかたがたの、何か少しでもお役に立てればという気持ちでいっぱいです。〈するめ基金〉といってもべつに本物のするめを送るわけではありません。するめを噛むみたいに、じっくりたゆまず支援を進めていきましょう、ということです。もしよろしければ、熊本をはじめとする九州各地で被害に遭われた方々をサポートするこの支援活動に参加してください」と、今回の熊本地震で被災した人びとへの支援を訴えています。

 1995年1月17日に、村上春樹が育った神戸、兵庫県を、阪神大震災(M7・3)が襲い、6400人以上もの人が亡くなりました。同地震の発生時には、村上春樹は米国滞在中だったのですが、帰国後、それまで日本ではほとんどやってこなかった朗読会を被災地で2度、村上春樹は開いています。その頃、まだ本屋の店員だった作家の川上未映子さんが、その朗読会に両方とも行ったことなどを、柴田元幸さん責任編集の雑誌「MONKEY」第7巻に掲載された川上未映子さんによる村上春樹へのインタビューの冒頭で川上さんが話しています。このことは「村上春樹を読む」でも紹介しました。

 今回の熊本地震はマグニチュードが7・3で、これは阪神大震災と同じです。村上春樹も、阪神大震災のことも考えたのではないでしょうか。雑誌「クレア」のために熊本を旅行した際にも、こじんまりとした朗読会を催しているようです。そんなふれあいで知り合った人たちへの思いがこもった呼びかけでしょう。

 バルセロナでのカタルーニャ国際賞授賞式の際の東日本大震災(M9・0、2011年3月11日)と福島第1原発事故について語ったスピーチも印象深く残っていますね。

 これは自分のことですが、私も日本中の災害の歴史と文学作品の関係について書いた『大変を生きる―日本の災害と文学』という本を昨秋、刊行しましたので、それまでの2、3年、日本の古代からの災害史料をずっとみてきました。ですから、これまでにあまりないパターンの熊本地震の激しい余震ぶり、震源の移動・広がりぶりに驚いています。

 亡くなった人たちには、心が痛みますし、また本震と思われていた揺れが前震で、次にそれを上回る本震がやってきて、それまでの本震が前震に訂正されるとなると、無事だった人たちも、もしかしたら、次の3回目の本震がくるのではないか……と不安でならないのではないかと思います。なんとか、地震が落ち着くことを祈りたいです。

 「CREA〈するめ基金〉熊本」を通しての支援ではありませんが、私も健康チェックをしてもらっているクリニックの募金箱(段ボール製)に少額の支援金を入れました。早く激しい揺れがおさまって、復興への道が始まってほしいと願っています。私も夜のお酒などを少しひかえて、また募金を考えたいと思います。

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 さて、冒頭にも記しましたが、今回書きたいと思っているのは、地震のことではありません。

 村上春樹の作品の中に、主人公は一見受け身な人間のように見えますが、その人間に自分の弱点への気づきがやってきて、読者の心を静かに深く動かし、本来の人間の生へと向かわせる小説があります。私はそういう作品、また作品のそういう場面が好きで、村上春樹の小説を読んできました。

 今回の「村上春樹を読む」は、その〈ちゃんとした人間だけど、でもそれだけでは大切な何かが足りない〉ということに、自分が気づく、そんな作品について書いてみたいと思います。もちろん、熊本が出てくる小説も紹介いたします。

 最初に述べてみたいのは、第1短編集『中国行きのスロウ・ボート』(1983年)に入っている「午後の最後の芝生」です。これは非常に多くのファンを持つ初期短編ですね。

 この短編の主人公である大学生の「僕」は遠距離恋愛の費用捻出のために芝刈りのバイトをしていたのですが、ある日、恋人から別れの手紙がきて、バイトは不要となってしまいます。その最後の仕事に訪れた家で、芝生を刈るのです。その1日のことを14、5年後に、小説家の「僕」が回想する話です。

 この作品の冒頭近くに「記憶というのは小説に似ている、あるいは小説というのは記憶に似ている」という印象的な言葉があって、この作品が「記憶」をめぐる物語であることが述べられています。村上作品では「記憶」が重要な役割を果たしていますが、この作品はその代表的な短編です。

 でも、その最後の日のバイトで「僕」が依頼された庭を見ると、刈る必要もないほど芝は短いのです。それでも、キッチンドリンカー寸前の依頼主の女性は「もっと短くしてほしい」と言います。

 そして、「僕」が、家の庭の太陽が照っているところで綺麗に芝を刈ると、依頼主のアル中の女性が出てきます(彼女はすでに夫を亡くしているのですが、それに加えて、おそらく娘も失っているような感覚が濃厚にあります)。

 その依頼主のアル中の女性が、娘の残していったものを「僕」に見てくれと言うのです。その依頼主の家の中に入っていく場面は、湿っぽくて「水でといたような淡い闇が漂っていた」というように書かれています。まるで燦々と太陽の光がそそぐ世界から、湿っぽい闇の世界に入っていくような場面です。

 そして家の中で、娘の着ていたものとか、持っていたものを見て、それについて何か感想を言えと言われます。「どう思う?」「彼女についてさ」と依頼主の女性から聞かれるのです。

 村上作品では、主人公が現実の世界(生の世界)から、向こう側の闇の世界(死の世界)に入っていって、ある体験をして、そこで成長して、また現実世界に戻ってくるというような形になっている小説が多いですが、「午後の最後の芝生」は、その原型のような作品です。

 その闇のような世界で、依頼主の娘について、「僕」が「とても感じのいいきちんとした人みたいですね」「あまり押しつけがましくないし、かといって性格が弱いわけでもない」などと感想を述べたあと、そこからまた「僕」と依頼主の女性は同じ階段を下りて同じ廊下を戻り、玄関に出てきます。廊下と玄関は往きと同じように冷やりとして、闇につつまれています。

 子供の頃の夏、浅い川を裸足でさかのぼっていて、大きな鉄橋の下をくぐる時にちょうどこんな感じがしたと村上春樹は書いています。私が育った家も田舎の川沿いにありましたので、村上春樹の文章から喚起される記憶があります。

 その大きな鉄橋の下をくぐる時に、まっ暗で突然水の温度が下がり、そして砂地が奇妙なぬめりを帯びるのです。

 玄関でドアを開けると、日の光が「僕」のまわりに溢れ、風に緑の匂いがします。蜂が何匹か眠そうな羽音を立てながら垣根の上を飛びまわっていました。「蜂」は村上春樹の作品では、現実世界の側を表す動物として、登場してくると思われますので、これは現実に戻ってきたということでしょう。

 「僕」は、太陽の下の庭から「水でといたような淡い闇」を通過して「古い洋服や古い家具や、古い本や、古い生活の匂い」の世界に入り、そこである体験をして、また現実世界に戻ってくると、「僕」は成長しているのです。

 どんな成長かというと、こんなことです。

 「僕」は自分がなぜ恋人にふられたかがわからない人間として、最初、存在しているのですが、アル中の女性と家の闇の中に入って、その娘さんの服を見て、「僕」は感想を述べているうちに、自分が恋人にふられた理由がわかるのです。

 「僕」は別れた恋人をきちんと「記憶」していない自分に気づくのです。アル中女性の、不在の娘の部屋で、娘の服などを見せられた「僕」は、自分の恋人のことを考えるのです。

 「彼女がどんな服を着ていたか」「彼女の顔は」……と自分から去っていった恋人のことを思い出そうとするのですが、「ほんの半年前のことなのに何ひとつ思い出せなかった」のです。

 「あなたは私にいろんなものを求めているのでしょうけれど」と手紙を書いてきた恋人は、さらにまた「私は自分が何かを求められているとはどうしても思えないのです」と書いていたことに気づくのです。その手紙には、「(あなたは)やさしくてとても立派な人だと思っています。でもある時、それだけじゃ足りないんじゃないかという気がしたんです」ともありました。

 芝刈りの仕事が終わったあと、帰る途中で入ったドライブインで、そんな恋人の言葉を思い出した「僕」は、車の中で呆然とするのです。

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 「僕」という人間は〈何事もきちんとやり遂げる人間なのですが、それでは大切な何かが足りない〉のです。そのことに気づくのです。

 彼は芝を刈るという仕事をかっちりすることはできる人間です。「すごく綺麗に刈られてるよ」と依頼主のアル中の女性も、「僕」が刈った庭の芝生を眺めながら、そう言います。「かなり僕はきちんとやる。これは性格の問題だ。それからたぶんプライドの問題だ」とも書いてあります。

 でも「僕」という人間が〈ほんとうに生きていく〉には、それだけでは〈大切な何かが足りない〉のです。僕は、アル中の女性の家の闇の中に入っていって、そこから出てくるという体験を通して、そのことにハッと気づくところが、私はすごく好きです。

 その気づきが、別れた恋人のことについての「記憶」の力でなされていることが、印象的ですね。同作冒頭近くにある「記憶というのは小説に似ている、あるいは小説というのは記憶に似ている」という言葉と対応した終わり方です。

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 前々回の「村上春樹を読む」で、村上春樹作品の中の数字の「五」の意味について考えました。そこで、『ノルウェイの森』で「直子」が森の中で首を吊ってしまうと、八月の末の葬儀の後、「僕」(ワタナベ・トオル)はアルバイトも休み、新宿駅から列車に乗って一人旅に出る場面があることを紹介しました。

 「僕」はあちこちを放浪して、ある時、山陰の海岸にいます。鳥取か兵庫の北海岸のあたりです。流木をあつめてたき火をして、魚屋で買ってきた干魚をあぶって食べ、ウイスキーを飲み、波の音に耳を澄ませながら、「僕」は「直子」のことを思うのです。

 「思いださないわけにはいかなかったのだ。僕の中には直子の思い出があまりにも数多くつまっていたし、それらの思い出はほんの少しの隙間をもこじあけて次から次へと外にとびだそうとしていたからだ」とありますので、これも「記憶」をめぐる物語です。

 死んだ「直子」は「大丈夫よ、ワタナベ君、それはただの死よ。気にしないで」「ほら大丈夫よ、私はここにいるでしょ?」などと話します。

 そして漁師がやってきて、その漁師と「僕」は話します。この漁師との会話はとても重要ですが、それは前々回の「村上春樹を読む」に記しましたので、それを読んでください。

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 『ノルウェイの森』(1987年)では、森の中で死んでしまう「直子」が「死」の世界を象徴する女性だとすれば、それと対照的な生命力に満ちた「生」の世界の象徴のような「緑」という女性が出てきます。

 その「緑」が登場する場面では、「僕」が大学近くの小さなレストランでオムレツとサラダを食べていると、「ワタナベ君、でしょ?」と「緑」が話しかけてきます。そして「僕」の席の向かいに「緑」が座ります。

 その「緑」はひどく短い髪で、濃いサングラスをかけて、白いコットンのミニのワンピースというファッションです。「緑」は「僕」と大学で同じ「演劇史II」の授業を受けている1年生ですが、夏休み前とはがらりとヘア・スタイルが変わってしまったので、最初は誰だか分かりません。肩から10センチくらい下まであった髪が、長さ4、5センチの“坊主頭”になっていたのです。

 「でも全然悪くないよ、それ」と「僕」は言います。さらに「うん、とても良く似合ってると思うな」とも言います。すると「緑」が「ねえ、あなた嘘つく人じゃないわよね?」と訊きます。それに「僕」は「まあできることなら正直な人間ではありたいとは思っているけどね」と答えています。

 その活発な「緑」の印象を「まるで春を迎えて世界にとびだしたばかりの小動物のように瑞々しい生命感を体中からほとばしらせていた」と村上春樹は書いています。

 そして『ノルウェイの森』の「直子」のほうの話に、この場面と対応していると思われるところがあるのです。それは「僕」が京都のサナトリウム・阿美寮にいる「直子」をたずねて、宿泊する場面です。夜、目を覚ますと、「直子が僕のベッドの足もとにぽつんと座って、窓の外をじっと見ている」のです。

 この場面が、なぜ「僕」と「緑」の初対面の場面と対応しているのではないかというと、その「僕」のベッドの足もとに座っている「直子」について「直子は同じ姿勢のままぴくりとも動かなかった。彼女はまるで月光にひき寄せられる夜の小動物のように見えた」と村上春樹が書いているからです。

 「緑」は「春を迎えて世界にとびだしたばかりの小動物」のような人です。「直子」は「まるで月光にひき寄せられる夜の小動物」のような人なのです。

 その「直子」は「僕」の前で裸になります。身につけているのは「蝶のかたちをしたヘアピン」だけです。でも「彼女は寝る前には髪どめを外していた」ので、この場面は、夢なのか、現実なのかは、少し不分明のように描かれています。

 そして朝、「僕」が起きると、「ねえ、目が赤いわよ。どうしたの?」と「直子」が言います。「夜中に目が覚めちゃってね、それから上手く寝られなかったんだ」と「僕」が言うと、「私たちいびきかいてなかった?」と「直子」と同室の「レイコさん」が言います。「かいてませんよ」(僕)「よかった」(直子)に続いて、「レイコさん」が「彼、礼儀正しいだけなのよ」と、あくびをしながら言っています。

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 この「彼、礼儀正しいだけなのよ」の言葉は、普通に解釈しますと、「直子」と「レイコさん」はいびきをかいていたかもしれないのですが、「礼儀正しい」という「僕」が「かいてませんよ」と答えたということかと思います。でも「レイコさん」は「僕」と出会ったばかりの人ですから、「彼、礼儀正しいだけなのよ」という物言いは、それまでの会話から、少しジャンプした言葉遣いで、その意味することが、いま一つ掴み難いものではないでしょうか。

 でも、これも、もしかしたら「緑」の「ねえ、あなた嘘つく人じゃないわよね?」という言葉に対して、「まあできることなら正直な人間ではありたいとは思っているけどね」と「僕」が言った言葉と対応したものかもしれません。

 その「できることなら正直な人間ではありたいとは思っている」「礼儀正しい」だけの「僕」に、たいへんな危機が訪れます。

 「彼、礼儀正しいだけなのよ」の10行ほど後に「彼、誰かに恋してるのよ」と「レイコさん」が言うのです。この「彼、誰かに恋してるのよ」の語り口は「彼、礼儀正しいだけなのよ」というものと同じですね。ですから、「レイコさん」の「彼、礼儀正しいだけなのよ」という言葉は、次の「彼、誰かに恋してるのよ」を導く言葉でしょう。そして「あなた誰かに恋してるの?」と「直子」が「僕」に訊くのです。

 「そうかもしれないと言って僕も笑った。そして二人の女がそのことで僕をさかなにした冗談を言いあっているのを見ながら、それ以上昨夜の出来事について考えるのをあきらめてパンを食べ、コーヒーを飲んだ」と村上春樹は書いています。

 これは『ノルウェイの森』の「僕」にとって、最大の危機の場面かもしれません。読者は「僕」が「直子」と「緑」の間を行ったり来たりしていることを知っていますので、ここで「恋してる女なんかいないよ」と「僕」が言ったら、もう、この物語の先を読んでいくことができないでしょう。だって「僕」は「できることなら正直な人間ではありたいとは思っている」人間なのですから。

 また「実は…」と「緑」のことをべらべらと詳しく話してしまったら、物語が破壊されてしまうと思います。「僕」は礼儀正しく「できることなら正直な人間ではありたい」という価値観をぎりぎり保っています。

 むしろ「緑」との会話で述べられた「できることなら正直な人間ではありたいとは思っている」というのは、この場面に向けて放たれた言葉かもしれませんね。そして、その正直さが、当然、「直子」を少し傷つけているはずですが、「僕」は、この危機をなんとか回避しています。つまり読者が物語の先を読んでいける力を持続させているのです。

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 このように「僕」は「礼儀正しい」し、「できることなら正直な人間ではありたいとは思っている」人間ですが、でも、それだけでは駄目なのです。

 村上春樹は、そのことがきっとよく分かっているのでしょう。それゆえに「直子」の死後、「僕」をあちこち放浪の旅に出しているのだと思います。

 その海岸線をめぐる旅の中、夜の闇の中で「直子」のことを思い出し、「直子」との対話を通して、「僕」は「高校三年のときに初めて寝たガール・フレンドのことをふと考えた」のです。

 「自分が彼女に対してどれほどひどいことをしてしまったかを思って、どうしようもなく冷えびえとした気持」になり、「彼女はとても優しい女の子だった。でもその当時の僕はそんな優しさをごくあたり前のものだと思って、殆んど振りかえりもしなかった。彼女は今何をしているんだろうか、そして僕を許してくれているのだろうか」というように、「僕」は、その別れたガール・フレンドとの「記憶」が回復して、「記憶」をちゃんと持つ人間に成長しているのです。

 おそらく、我々が生きる世界がもう一度、新しく、しっかり構築されるためには、1人1人の人間が、ちゃんと「記憶」を持ち、その「記憶」を大切にして生きていることが重要だということなのでしょう。そのように村上春樹は考えているのではないかと思います。

 『ノルウェイの森』の冒頭の章で「直子」は「私のことを覚えていてほしいの」としきりに「僕」に告げていますし、最終章の最後に「直子」の分身的女性である「レイコさん」も「私のこと忘れないでね」と「僕」に言っています。これも、この長編が「記憶」をめぐる物語であることを語っているのだと思います。

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 さて、もう一つ紹介したいのは、冒頭に記したように「熊本」が出てくる作品です。

 それは短編集『女のいない男たち』(2014年)の中の「木野」という小説です。

 木野はスポーツ用品を販売する会社に17年間勤務していました。たまたま出張で1日早く戻らなくてはいけなくなって、旅先から直接、葛西のマンションに帰ったら、妻が、自分の同僚の男と寝ていたのです。木野は寝室のドアを閉め、旅行バッグを肩にかけたまま家を出て、家には戻らず、翌日、会社を辞めてしまいます。

 たまたま青山の根津美術館の裏手で喫茶店を経営していた伯母から、店の経営から手を引くので、その店を引き継ぐ気はないかという話が数カ月前にあったので、木野は伯母に月々の家賃を払って、バーを開くことにしたのです。

 「木野」は「無口な性格だった」と書かれていますし、「別れた妻や、彼女と寝ていたかつての同僚に対する怒りや恨みの気持ちはなぜか湧いてこなかった。もちろん最初のうちは強い衝撃を受けたし、うまくものが考えられないような状態がしばらく続いたが、やがて『これもまあ仕方ないことだろう』と思うようになった」とあります。

 彼が開いたバー「木野」は、奥行きと重みを失った木野の心を繋ぎとめておく場所でしたが、それは結果的に「奇妙に居心地の良い空間」となったのです。

 灰色の長くて美しい尻尾を持った若い雌の野良猫が「木野」に居着くようになり、少しずつですが客が「木野」を訪れるようになります。「繁盛するというにはほど遠いが、売り上げから毎月の家賃を支払うくらいはできるようになった。木野にはそれで十分だった」とあります。美しい野良猫が眠り、そこそこの客が来てくれて穏やかに過ぎていく日々が続いています。

 でも、それがずっと続いていくようには、物事はうまく運んでいかないのです。

 ある時、店に暴力団ふうの客が来たり、猫がいなくなったり、そして、店の周辺に、蛇が出るようになったりします。1週間に3度も蛇が現れるようになるのです。木野は伯母に電話で、蛇が1週間に3度も現れたことを話したりしています。

 伯母もよく知っている「神田(カミタ)」という坊主頭の30代前半ぐらいの男がやってきて、「こんなことになってしまって、僕としては残念でならないのです」「この店を閉めざるを得なくなった」と客のカミタのほうから言い出します。

 その理由については「静かに本を読めたし、かかっている音楽も好きだった。この店がこの場所にできたことを喜んでいました。でも残念ながら多くのものが欠けてしまったようです」と言うのです。

 そして、木野はカミタの「しばらくこの店を閉めて、遠くに行くことです」という忠告に従って、「木野」の店を閉めて、長い旅に出るのです。まず高速バスに乗って、高松に行き、四国一周をして、その後に九州に行きます。

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 そして、それは、熊本駅近くにある安いビジネス・ホテルに泊まっていた時に起きました。3泊目の夜のことです。木野は消えた猫のことや、現れた蛇のことなどを考えています。前日は月曜日だったので、木野はホテルの売店で熊本城の絵葉書を買い求め、伊豆にいる伯母に葉書を書きました。

 絵葉書の熊本城の写真には、青空と白い雲を背景に堂々と聳える天守閣が写っています。説明には「別名銀杏城。日本の三名城のひとつとされている」とありました。

 そして木野は「僕はまだこうして一人であちこち旅を続けています。ときどき自分が半分ほど透明になった気がします。とれたての烏賊のように、内臓まで透けて見えてしまいそうです。でもそれを別にすればおおむね元気です」というようなことを伯母に書きます。私も熊本で、透明な烏賊を食べたことがあります。透明な烏賊では佐賀の呼子の烏賊が有名ですが、「木野」も九州を移動するうちに、するめではなく、生の透明な呼子の烏賊を食べたということでしょうか。

 3日目の夜に、木野が午前2時15分に目を覚ますと、誰かがドアをノックしています。強いノックではありませんが、簡潔で凝縮されたノックです。

 でも「その誰かには外からドアを開けるだけの力はない。ドアは内側から木野自身の手によって開けられなくてはならない」と書かれています。

 木野のドアをノックする「誰かには外からドアを開けるだけの力はない」のです。「ドアは内側から木野自身の手によって開けられなくてはならない」のです。これは、どういうことでしょうか。

 木野は無口な性格で、別れた妻や、彼女と関係していたかつての同僚に対する怒りや恨みの気持ちもなぜか湧いてこないような人間です。「これもまあ仕方ないことだろう」と思って、静かに暮らしている人間です。すべてを諦めたような存在でもあります。

 でも、それで、人間は生きていると言えるのでしょうか。木野が〈ほうとうに生きていく〉には〈大切な何かが足りない〉のではないでしょうか。

 妻がかつての同僚と関係していたことの「記憶」は消すことができるのでしょうか。人は「記憶」から逃げることは、実はできないのです。

 バー「木野」に暴力団ふうの客たちが来た際、カミタとその客たちが、言いあうような場面があります。暴力団ふうの客たちが、「おたく、名前はなんていうんだ?」と訊くと、「神様の田んぼと書いて、カミタと言います。カンダではなく」とカミタが答えると、「覚えておこう」と言われるのですが、カミタは「いい考えです。記憶は何かと力になります」と応じています。ついに「表に出よう……」と暴力団ふうの客たちから、カミタは言われるのですが、それからのことは小説「木野」を読んでもらうとして、この小説の中で、カミタの「記憶は何かと力になります」は3度も繰り返して記されているのです。やはり同作の中でも「記憶」は大切なものとしてあるということだと思います。

 別れた妻が謝罪のために、木野を訪ねてきて、「傷ついたんでしょう、少しくらいは?」と彼に聞きます。その時「僕もやはり人間だから、傷つくことは傷つく」と木野は答えたのですが、熊本のビジネス・ホテルで、ドアのノックの音を聞きながら、「でもそれは本当ではない。少なくとも半分は嘘だ。おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ」と認めるのです。「本物の痛みを感じるべきときに、おれは肝心の感覚を押し殺してしまった。痛切なものを引き受けたくなかったから、真実と正面から向かい合うことを回避し、その結果こうして中身のない虚ろな心を抱き続けることになった」と思うのです。

 そして、ノックの音はビジネス・ホテルのドアではなく、「それは彼の心の扉を叩いているのだ。人はそんな音から逃げ切ることはできない」と村上春樹は書いています。

 物語の最後、木野は、熊本のビジネス・ホテルで、「そう、おれは傷ついている、それもとても深く」と自らに向かって言います。その少し前に「木野の内奥にある暗い小さな一室で、誰かの温かい手が彼の手に向けて伸ばされ、重ねられようとしていた」と村上春樹は記しています。木野も「記憶」の力によって、再び生きる力を得たのです。

 木野は「忘れる」のではなく、起きたことをしっかり見つめて「赦す」ことを覚えなくてはいけないことにも気づくのです。

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 また、この作品ではカミタがこんなことを木野に言っています。

 「木野さんは自分から進んで間違ったことができるような人ではありません。それはよくわかっています。しかし正しからざることをしないでいるだけでは足りないことも、この世界にはあるのです」

 それに対して、木野は「カミタさんが言うのは、私が何か正しくないことをしたからではなく、正しいことをしなかったから、重大な問題が生じたということなのでしょうか?」と聞いています。これにカミタは肯いています。

 ここに、初期から持続する村上春樹の一貫した姿勢を感じることができると思います。

 さらにカミタは、バー「木野」が「きっと誰にとっても居心地の良い場所だったのでしょう」と語っています。

 きっと「木野」の問題は、誰にとってもあることだということでしょう。いま「木野」は世界の問題であると、村上春樹は書いているのです。(共同通信編集委員・小山鉄郎)

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