40年歌い続ける女優、薬師丸ひろ子の “これまで、現在、そしてこれから”   薬師丸ひろ子 歌手活動40周年

歌手デビュー40周年の薬師丸ひろ子

アンチエイジングという言葉がある。つまり、年齢に抗うということだろう。人は年を重ねることにより熟成し、その人にしか表現できない美しさを醸し出すものであると僕は思っているので、この言葉はどうも好きになれない。ただ、このような価値観が蔓延しているからこそ、経年でしか醸し出すことの出来ない美しさに魅了されてしまうのも確かなことだ。

今年歌手デビュー40周年を迎えた薬師丸ひろ子。1978年、映画『野生の証明』でスクリーンデビュー。眼前で両親を失ったショックで記憶を失った少女という役どころだったが、その時の瞳の奥で何かを物語る強烈な個性が忘れられない。

この瞳の尊さは、出逢いと別れを重ね成長してゆく『セーラー服と機関銃』の中の星泉の役どころでは年齢を重ねた分だけ輝きを増していた。無垢な瞳は、様々な事象を飲み込み、輝きを増してゆく。その後もその輝きを心の奥にひっそりと忍ばせ、自らの年の重ね方と共に歌と向き合ってきたのだろう。

2018年に行われ、現在YouTubeで公開されているBunkamura Orchard Hallにおける薬師丸ひろ子コンサートの映像を観てまず思ったのはそんなことだ。

年齢を重ねた薬師丸の中に新井直美が生きていた「探偵物語」

矛盾しているかもしれないが、同時に「この人は変わらないな」とも思う。コンサートの冒頭は、1989年にリリースされたアルバム『LOVER’S CONCERTO』に収録され、1曲目に収録されている同名曲でスタート。オーケストラの美しいアンサンブルで、誰もが知るポピュラーミュージックの金字塔のイントロが奏でられる。そこに極めて自然体で入っていく薬師丸の歌声。歌う時のキーはデビュー当時から変わらないという。それだけではない。美しいメロディの中、

 恋は不思議
 小さな兎のように動けないわ
 でも恋はすばらしい

… と、たおやかに歌う彼女の中に『探偵物語』で演じた世間ずれしていないお嬢様女子大生、新井直美の幻影を観る。しかし、タイムスリップしただとか、懐かしさだとか、そのような印象は皆無だ。年齢を重ねた薬師丸の中に新井直美が生きている。

また、中島みゆきの「時代」という、もはや日本人のスタンダードナンバーとも言える楽曲の中では、人々に与える癒し、自らがひらいた悟りなど、人としての奥深さを感じずにはいられない。ひとつひとつの役柄、人生を大切にしながら、今を生き、自らがライフワークと公言する歌の中で濃密な人生を凝縮させたような表現力を持つ稀有な歌手だということを存分に感じ取ることができた。

40年歌い続ける薬師丸ひろ子、ステージから感じる現役感

デビュー40周年という長きに渡る活動を経て歌に集約された濃密さをステージから感じると同時に、サラサラと流れる小川のような軽やかさも同時に感じる。それは薬師丸が “歌う” ということが日常のスタンスであるのという現役感だ。この反芻する魅力が現在の薬師丸ひろ子だと思う。

女優が自らの主演映画をきっかけに主題歌でのレコードデビューを果たす。これは決して珍しいことではない。しかし、これを一過性のものとせず、自身の成長と共に歌の世界を常に自分の心の中に忍ばせ、40年歌い続ける女優、いや、歌手は稀有な存在だと思う。

当時と同じキーで歌う「セーラー服と機関銃」は、現在の薬師丸ひろ子を映す鏡のようでもあった。レコードに収録されたものとは異なるオーケストラのアレンジにより時の重みと、時の流れに抗うことなく、身を任せるキャリア40年の歌手の姿があった。

2021年11月21日にリリースされたオールタイムベストアルバム『Indian Summer』そして、80年代から90年代初頭にかけて、つまり歌手として円熟味を増していく過渡期に発表したアルバムを収録した『薬師丸ひろ子 40th Anniversary BOX』で彼女の軌跡を追ってみても、それぞれの時代に表情があり、歌手と揺るがない立ち位置を保ちながら真摯に歌と向き合った軌跡が俯瞰できてなんとも感慨深い。

唯一無二の個性、二十歳前に築き上げた歌手としてスタンス

確かに一連の大ヒットを記録したシングルのリリースにおいては自身が主演する映画の主題だったことや、NTTのキャンペーンソングとしてテレビから聴こえぬ日はなかった「あなたを・もっと・知りたくて」など、当時は話題性が先行して、キャッチ―な部分ばかりが耳に残り、楽曲として、歌手としての正統的な評価が出来なかったことが、今回それぞれのアルバムを聴きながら大きく悔やまれた。そして、当時のアルバムの中に収録された楽曲のクオリティの高さに今改めて驚きを隠せない。

例えば、『Indian Summer』に収録されている薬師丸自身が監修した「夢で逢えたら」から始まる選曲を見ても本気度というか、その矜持が感じ取れる。また、『薬師丸ひろ子 40th Anniversary BOX』に収録、1984年薬師丸が二十歳になる少し前にリリースされた「古今集」を聴いてみても、歌手となって僅かな期間で会得した、歌と向き合う精神性を垣間見ることができる。竹内まりや「元気を出して」、大貫妙子「白い散歩道」といった女性ソングライターの描く、しなやかで丸みを帯びた曲線のようなメロディと真正面から向き合い、飾ることも、背伸びすることもなく唯一無二の個性を打ち出していた。すでに二十歳前の薬師丸は、歌手としての自らのスタンスをしっかりと築き上げていたのだ。

デビューから40年、そのようなスタンスを一切崩すことなく、歌と向き合い、”歌う”という表現手段をライフワークとしてきた歌手・薬師丸ひろ子を多くの人が改めて見直す時期がきたのかもしれない。長きに渡るライフワークの中で、変わらないもの、熟成していくもの、年を重ねるごとに魅力が増していくひとりのシンガーの軌跡を『Indian Summer』、『薬師丸ひろ子 40th Anniversary BOX』という2つのリリースで噛みしめることができるのは、なんと幸せなことだろうと思う。

カタリベ: 本田隆

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