高橋真梨子の歌謡曲とは一線を画す大人の魅力をソロデビューアルバム『ひとりあるき』から探る

『ひとりあるき』('79)/高橋真梨子

12月1日、高橋真梨子がライヴ映像Blu-ray 5作品とそのボックスセット、そして、それらライヴ作品からMCを除く楽曲のみを収録したCD5作品が発売された。1993年の『CARNEGIE HALL N.Y. COMPLETE LIVE』をはじめ、いずれも彼女のキャリアの中でも伝説的と呼び声の高いコンサートの作品化であり、ファン垂涎のアイテムであることは間違いない。2022年1月からは“最後の全国コンサートツアー”を開催することも話題となっているが、今週はそんな彼女のソロデビュー作『ひとりあるき』に、高橋真梨子の特徴を見出そうという趣向である。

歌謡曲とは一線を画す大人な世界

高橋真梨子というと、すでに“大人”と呼ばれるに十分な年齢になった自分かた見ても、“大人な世界を歌う女性シンガー”という印象が強い。Wikipediaの「桃色吐息」の解説がその辺を上手く言い当てていたので以下に引用させてもらう。[三貴「カメリアダイヤモンド」のCMソングとして一般に浸透し、髙橋の代表曲の一つとなった。妖艶・濃厚な大人の世界を描きながら、それまで業界の大勢であったムード歌謡とは一線を画する美しさを兼ね備えた作風であり、同じく当年の大ヒットである安全地帯『ワインレッドの心』と並び称される]とある。「ワインレッドの心」と並び称されているかどうかはともかく、[妖艶・濃厚な大人の世界]や、[ムード歌謡とは一線を画する美しさを兼ね備えた作風]には激しく同意するばかりだ([]はWikipediaからの引用)。「桃色吐息」の歌詞を以下に抜粋。

《咲かせて 咲かせて/桃色吐息/あなたに 抱かれて/こぼれる華になる》《ふたりして夜に こぎ出すけれど/だれも愛の国を 見たことがない》《金色 銀色/桃色吐息/きれいと 言われる/時は短すぎて》(10thシングル「桃色吐息」(1984年) 作詞:康珍化/作曲:佐藤 隆)

多分、不倫の情事を描いたものだろう(不倫じゃないにせよ、《だれも愛の国を 見たことがない》のだから、いわゆる、愛情のない逢瀬ではあろう)。ムード歌謡で言えば、立花淳一の「ホテル」やテレサ・テンの「愛人」に近い世界観を持った歌詞ではないかと想像するけれども、それらに比べてだいぶマイルドな印象ではあるし、お洒落…というと語弊があるかもしれけれど、少なくとも“THE昭和”的な、いなたさは感じられない。

「桃色吐息」以外の彼女の代表曲である8thシングル「for you…」、26thシングル「ごめんね…」も然り。開放感あるサビメロをドラマティックに歌い上げている「for you…」の歌詞はこんな内容だ。

《わがままばかりでごめんなさいね/恋人と別れて/あなたの部屋で 酔いつぶれてた/そんな夜もあった》《もしも 逢えずにいたら/歩いてゆけなかったわ/激しくこの愛つかめるなら/離さない 失くさない きっと》《あなたが欲しい あなたが欲しい/もっと奪って 心を/あなたが欲しい あなたが欲しい/愛が すべてが欲しい》(8th「for you…」(1982年) 作詞:大津あきら/作曲:鈴木キサブロー)

勢い浜田省吾「もうひとつの土曜日」と対を成しているような内容だと感じたが、「もうひとつ~」は浜省の18thシングル「LONELY-愛という約束事」のカップリング曲として初出が1985年発売なので、「for you…」のほうが先発。だいぶ本音を吐露している印象がある。ある意味、耐え忍んでいる感じがないのがムード歌謡との決定的な違いだろうか。軽々に“女性が強くなった時代が関係していて…”などと言うつもりはないけれど、アグレッシブなスタンスは十分にうかがえる。本音と言えば、「ごめんね…」はもっと赤裸々だ。

《好きだったの それなのに 貴方を傷つけた/ごめんね の言葉 涙で 云えないけど 少しここに居て》《悪ふざけで 他の人 身を任せた夜に/一晩中 待ち続けた 貴方のすがた 目に浮かぶ》《消えない過ちの 言い訳する前に/貴方に もっと 尽くせたはずね/連れて行って 距離のない国》(26th「ごめんね…」(1996年) 作詞:高橋真梨子/作曲:水島康宏)。

“《悪ふざけで》って…!?”と思わず言いそうになるが、その突っ込みはいったん脇に置いておいたとしても、こうして歌詞だけを見てみるとなかなか衝撃的な内容ではある。しかしながら、まったりとしたメロディーに乗せられているからだろう。変に湿っぽくなく、ダークサイドに寄った感じに聴こえない。よくできた楽曲であることを改めて知ったところである。

若手作家陣とAORサウンド

さて、ここからが本題。ムード歌謡とは一線を画す大人の世界。そんな高橋真梨子楽曲の特性は1stアルバム『ひとりあるき』からすでに垣間見ることができる。まず、いわゆるムード歌謡と決定的に違うのは作家陣であろう。尾崎亜美(M1「あなたの空を翔びたい」)、さだまさし(M2「掌」)、来生えつこ&来生たかお(M3「さよならのエチュード」)、クニ河内(M5「マイ・ドリーム」、M8「二人の物語」)、濱田金吾(M10「小さなわたし」)といった布陣。編曲には鈴木 茂の名前もある(M5「マイ・ドリーム」M6「おいでサマー・ホリディ」)。年齢的にもムード歌謡の作家の下の世代と言おうか、当時は概ね20代のまだ若手と言っていい作家が名を連ねている。ムード歌謡を作ったプロ作家を全て調べたわけではないけれど、ザッと見たところ、10歳程度は齢下だったようである。主旋律が歌謡曲とは異なるものになるのも必然だったと言えるし、1976年デビューの尾崎亜美をデビュー曲M1「あなたの空を翔びたい」のコンポーザーにしているのだから、スタッフは端から当時の歌謡曲との差別化を図っていたことは間違いない。グレープのカバーM2「掌」にもその意図が感じられる。

そうしたコンポーザーに呼応してか、サウンドはさらに洗練されている印象。鈴木 茂編曲のM5「マイ・ドリーム」、M6「おいでサマー・ホリディ」を例に挙げれば──バラードナンバーであるM5は、“歌い上げ”系と言ったら語弊があるかもしれないが、歌メロが溌剌としていて、それをピアノとストリングスとでメジャー感の強いサウンドに仕上げている。全体にアッパーな印象で、なおかつゴージャス。優雅と言ってもいいかもしれない。湿っぽさは微塵もない。個人的には重めのコントラバスがサイケデリックロックっぽさを感じなくもないが、それは気のせいだろう。M6はファンキーで軽快なディスコティックなリズムを持つナンバー。こちらはカラッと完全に突き抜けている。ストリングスとホーンセクションが歌に並走しながら楽曲全体を彩り、徹底してさわやかなイメージだ。ギターは鈴木茂本人が弾いているのだろうか。何気ないカッティングも流石に個性的。アウトロでのサックスも実にいい感じだ。

それ以外でも、M1「あなたの空を翔びたい」では流麗なストリングスや管楽器のキラキラとした印象も強い中に、いわゆるバンドサウンドが根底をしっかりと支えていることが確認できる。アカペラ風のコーラスで始まるM3「さよならのエチュード」も同様で、上物の音色の耳がいくものの、ブルージーに歌に寄り添うギターがなかなかいいし、サックスもいい具合に鳴いている。また、M4「YOU'RE SO FAR AWAY」はボサノヴァ調で、M9「夜の顔」ではスパニッシュなギターやフィドル(チェロ?)にラテンフレイバーを感じる。タイプは様々で、全部が全部そうだとは言わないけれど、共通するのはAORの匂いだろう。

彼女は、[ジャズ、フォークからラテンロックなど洋楽のテイストを取り入れたアダルト・コンテンポラリーのサウンド]を持つグループ、ペドロ&カプリシャスの二代目ボーカリストとしてデビューしているのだから、何をか言わんや…であろうが、メロディにしてもサウンドにしても、ムード歌謡はもちろんのこと、自ずと歌謡曲自体とベクトルが異なるのは自然なことであったと言える([]はWikipediaからの引用)。その後、都倉俊一や筒美京平のプロ作家を起用することもあれば、飛鳥涼や井上陽水、玉置浩二らシンガソングライターを起用することもあり、多種多様なコンポーザーに楽曲を依頼しているので、決していわゆる歌謡曲畑の人をまったく用いていなかったわけではない。しかしながら、最初期の布陣には意欲的な姿勢がうかがえるし、それがのちに髙橋真梨子ならではの世界観の構築に至ったというのは、あながち穿った見方でもなかろう。

のちのヒット曲に通じる萌芽

歌詞においては、その後の「for you…」や「ごめんね…」や「桃色吐息」に直結するものを、アルバム『ひとりあるき』に見出すことはできない。作家が違うのだから当然と言えば当然だが、その萌芽のようなものは見て取れると思う。興味深いのはオープニングとエンディングである。以下に歌詞を記す。

《Kiss again 甘えていたつもり/だから あなたに 背を向けたの/まさか 追いかけて 来ないなんて/思わずにいたから》《Kiss again わかっていたつもり/だからあなたを ふりきったの/他の誰かを 愛せるなんて/思わずにいたから》《あなたの 空を 翔びたい/誰より 高く翔びたい/あなたの 空を 翔びたい/抱きしめて》(M1「あなたの空を翔びたい」)。

《あなたの眼の中に/小さくなって 素直になった/わたしがいる わたしがいる》《あなたの胸の中に/小さくなって 熱くなった/わたしがいる わたしがいる》《わたしのあなた とても大切な人よ/その胸にいつまでも 離さず抱きしめて/深く 深く もっと 深く そうよ…》《あなたの耳の側で/小さくなって 熱くなった/わたしがいる わたしがいる》(M10「小さなわたし」)。

歌詞の内容を細かく説明するのも品がないし、ましてや上記ははっきりとシチュエーションを記したものではないので、何とも言い難いところではあるのだが、M1での悔恨の念、M10で示す相手との距離感は、のちのヒット曲に通じなくもない。また、どちらにも共通する、いい意味でオブラートに包まないエゴも通底しているだろう。ここまで高橋真梨子の音楽性をかなり大掴みにしたので、細かく見ていけば指摘したような部分以外にも彼女を彼女たらしめるものはあると思う。そこは理解しているので、当コラムが浅薄であることの非礼は先にお詫びするが、“デビューアルバムにそのアーティストの全てがある”という話は、どうやら高橋真梨子の『ひとりあるき』にも当てはまるようではある。そこは理解できる。

TEXT:帆苅智之

アルバム『ひとりあるき』

1979年発表作品

<収録曲>
1.あなたの空を翔びたい
2.掌(てのひら)
3.さよならのエチュード
4.YOU'RE SO FAR AWAY
5.マイ・ドリーム
6.おいでサマー・ホリディ
7.訪れ
8.二人の物語
9.夜の顔
10.小さなわたし

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