ザ・スミスの都市伝説を青春映画化!『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』 80年代モリッシーの貴重映像も

『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』©2018 SOTW Ltd. All rights reserved

ザ・スミスというバンド

『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』はなんだか中二病のような映画でしたが、ザ・スミスの曲がガンガンかかって気持ちよくなりました。

今からもう40年近くも前ですが、当時イギリスに住んでいて、映画のようにパーティーをしていたときの話。スミスの曲をかけると、日本でバンドの追っかけをやってた女友達のヘヴィメタ彼氏みたいな奴(なぜかそんな女の子たちの彼氏はマッチョなロック野郎ばかりだったんです)に、いつも「今度スミスの曲かけたら、ぶっ殺すからな」と言われました。

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当時からザ・スミスはそんなバンドでした。まさに分断された今の状況をよく表したような存在だったんです。だから今、再評価されているのだと思います。それなのにヴォーカルのモリッシーは、トランピストが喜ぶようなことばっかり言うのです。たぶん上から目線でものを言いたいんでしょう。元相方のジョニー・マーは、どれだけ世の中が酷くなっても愛と平和と調和がいつか訪れると信じているのに。

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きっとモリッシーは、本作のスティーヴン・キジャック監督が作ったドキュメンタリーの傑作『スコット・ウォーカー 30世紀の男』(2007年)のスコット・ウォーカーみたいに生きるべきだったのだと思います。

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にじみ出るカサヴェテス~ジャームッシュ風味

ザ・スミス関係の映画では『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』(2017年)という良い映画もあるのですが、あの映画にはいっさい楽曲の許可を出さなかったのに、本作では信じられないくらいふんだんに使われているのは、キジャック監督が先述の名作ドキュメンタリーを作った人だから、「あいつには任せてもいいかな」ということになったのでしょうか。

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スティーヴン・キジャックはジョン・カサヴェテスの専門家の所で勉強した人みたいで、ちょっとカサヴェテスのような一夜の物語をうまく描いてます。登場人物たちが意見を言い合うところとか、ちょっとウザいと思いながらもカサヴェテス映画のようでいいなと思いました。今から考えるとカサヴェテスも中二病的ですよね。この映画はカラーだし、カサヴェテスというよりもジム・ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』(1989年)なのかもしれませんが、いつの時代も物語は夜、作られるのです。

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モリッシーがこの映画に許可を与えたのって、ラジオ・ジャックしてザ・スミスを何時間もかけさせたという都市伝説を世界に広めたかったということなのでしょう。今の世の中はそんなことしなくっても、いたるところで自分の好きなことを主張できる時代になっているんですけど、なぜ今、僕らはこの映画の時代よりも疎外されていると感じるのでしょうね。映画の中のみんなが、とても楽しそうに見えるのです。

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主人公たちの成長した姿も見たくなる青春映画

しかし、僕らはいつまでこうした分断された世界に生き続けるのでしょう。ロック映画の傑作『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』(1986年)も、この映画の中では否定されていました。

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主人公の一人が「私はモリー・リングウォルドが大嫌い。彼女自身を否定する気はないけど、『プリティ・イン・ピンク』はヒドかった。彼女の役は金持ち男に好かれようと必死だったでしょ? 彼女はいい仕事もしてるし、オシャレのセンスもある。普通の男にとっては、なんとかしてプロムに誘いたい相手よ。しかも彼女はイカした親友の男からも好かれてるの。なのに、それを不満に思ってる。リアリティがないのよ」と喋っている通りなんですけどね。

でも『プリティ・イン・ピンク』はマッチョな奴しかいないと思われていた当時のアメリカで、イギリス音楽を聴いてメソメソしている奴らが本当はどんなに多いかを証明した映画だったのです。

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たぶん、この映画と一番比較されるのはジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフィティ』(1973年)でしょう。あの映画のその後を描いた『アメリカン・グラフィティ2』(1979年)があるように、自分のジェンダーに対してもまだ確かじゃない『ショップリフターズ~』の彼/彼女たちの20年後の姿も見てみたいなと思いました。

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文:久保憲司

『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』は2021年12月3日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか公開

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