映画『ディア・エヴァン・ハンセン』サントラ全曲解説:劇中楽曲の裏側やその意味

2021年11月26日から日本の劇場で公開された映画『ディア・エヴァン・ハンセン』。この作品のサウンドトラックに収録された全曲について、ライターのakemi nakamuraさんに解説いただきました。

<YouTube:『ディア・エヴァン・ハンセン』サウンドトラック>

01. Waving Through A Window / ウェイヴィング・スルー・ア・ウィンドウ

映画を幕開けするオリジナル・ミュージカルでも最も人気のある曲。エヴァンの孤独や、葛藤、不安、メンタルヘルスに関して抱える問題が告白されている。作詞作曲のパセック&ポールは、エヴァンについて、“孤独で、人と結びつきを持ちたいと思っているのに、怖くて外に出れない。彼は、自分自身が誰なのかを知り、自分で自分を受け入れなくてはいけないのに、自分自身に隠れたままだ”、と説明していたが、この曲でエヴァンは、「いつだって外側から覗いるだけ/そのうちもっとマシな自分になれるんだろう?」と心が張り裂けそうな告白をする。

リズムは王道のミュージカル・ソングだが、時にそれがエヴァンの不安を代弁するような心臓の鼓動にも聴こえ緊迫感が煽られる。曲が3分を過ぎると、この曲を「孤独のアンセム」と言わしめる壮大で感動的なアレンジが展開するのが圧巻だ。最終的には、ここから前進したというエヴァンの切望が溢れ出てくる。オリジナル・ブロードウェイでは、週8回も舞台に立ちこの曲を歌い続けてきたベン・プラットはその天才的なパフォーマンスで、エヴァンになりきり、より深く、映画でこの曲を永遠に刻む完璧すら超えたと思えるパフォーマンスを披露し、感動をもたらす。

02. For Forever / フォー・フォーエヴァー

ピアノに始まり、ある種ファンタジーのような輝きや軽やかさ、希望が垣間見られる曲。エヴァンをコナーの唯一の友達だと勘違いしたコナーの家族が、エヴァンを夕食に招待した時に歌われる。エヴァンは、彼の嘘がとりわけコナーの母シンシアを癒すと気付き、物語を作り始める。歌を歌ううちに、救済が必要なのは、コナーの家族だけではなく、エヴァン自身であることも分かる。

シングル・マザーに育てられた彼は、家族との繋がりを必要していたのだ。しかしモラル的には圧倒的に間違っているので、ベンのパフォーマンスにその複雑な心境が現れている。「僕らはずっと大丈夫/友と二人/本当の友達」と歌う彼の声が切ない。

03. Sincerely Me / シンシアリー・ミー

映画の中でも最も笑える明るい曲。エヴァンとコナーのEメールのやり取りを作るこの曲は、ジャレッド・カルワニも参加し3人の掛け合いが聴ける。ジャレッドを演じた俳優でコメディアンでもあるニック・ドダニはこの役で歌うために特訓。コナー役のコルトン・ライアンは、オリジナル・ブロードウェイの際に3役の代役だったので、この曲は熟知していたはずだ。軽快なドラムのリズムが印象的で、ポップ・パンクの要素も感じられる。

実はパセック&ポールは、こういう笑えるシーンでコナーが戻ってきて観客が笑ってくれるのか?と最も心配だったという。実際はヘビーな物語の中で、観客にとっても笑える良い機会を作ってくれるシーンだ。

04. Requiem / レクイエム

ダークで、怒りに満ちた、悲痛かつ最高のバラード。コナーの妹のゾーイと両親の3人によるこの曲は、監督のスティーブン・チョボスキーもとりわけ気に入っているそうだ。エヴァンの嘘で、家族が自分たちの知らなかったコナーを知り、3人がそれぞれコナーの死をどのように受け取ったのかが語られる。母は癒され、父は死を受け入れることを拒否し、妹のゾーイはコナーの“実像”がまだ信じられないでいる。

アコギとストリングスが印象的なこの曲には、悲しみに関する真実が描かれている。曲の重さに、エヴァンの嘘の深刻さが反映される瞬間でもある。母を演じるエイミー・アダムスが出世作のミュージカル『魔法にかけられて』(2007年)で演じたプリンセスとは全く違う歌声を披露している。

05. If I Could Tell Her / イフ・アイ・クッド・テル・ハー

エヴァンが、コナーの妹であるゾーイに恋していることを告げようとするキュートな曲。コナーについての嘘は語り続けなくてはいけないものの、彼の彼女への思いは真実で、その正直さと儚さがベンの美しすぎる透明感のあるファルセットに託されている。

パセック&ポールによると、アメリカのポップ・パンク/エモ・バンド、プレイン・ホワイト・ティーズに影響されてギター・メロディを書いたそうだ。このアルバムの各所にポップ・パンクの影響は感じられる。

06. The Anonymous Ones / ジ・アノニマス・ワンズ

映画のために書き下ろしされた曲は2曲あり、これがそのうちの1曲だ。特筆すべきはこの曲を歌ったアラナ役のアマンドラ ・ステンバーグがパセック&ポールとともに曲作りしたこと。“伝説的なソングライターと一緒に曲作りができたなんて信じられなかった。でも私のことを信じてくれていた”、と彼女も語っていたが、実は彼女自身がフォーク・バンドをやっていて曲を発表したこともある。この曲がアコギで始まるのはそのためかもしれない。

また、彼女はLGBTQユースの活動家としても知られるし、彼女自身セラピーにも通うと言っているので、彼女の感性と声をここで取り入れたいと思ったのだと思う。曲作りはズームで行われ、夜中の3時までかかって一緒に考えたりしたそう。この曲が重要なのは、ブロードウェイでは描けなかったアラナとエヴァンの関係性をより深く知れること。一見自信に溢れ、「自分がどうあるべきか分かってる」いるように見えるアラナだが、エヴァン同様、心に「言えないことを 抱え続けている」。社会的な不安や、メンタルヘルスの悩みなどを告白し、この物語の最も重要なテーマでもある「孤独じゃないって知ること」ができる。2人の絆が生まれる感動的な曲だ。

07. You Will Be Found / ユー・ウィル・ビー・ファウンド

オリジナル・ブロードウェイでは第1幕の最後を締めくくる「Waving Through A Window」と並び最も人気のあるアンセムの1曲。コナーのメモリアルでエヴァンが歌いネット上でバズる曲だ。エヴァンが、「人知れぬ場所で/忘れられた気がしたことは?」と問いかけるこの曲には「Waving Through A Window」から繋がるテーマがいくつも描かれている。

例えば「Waving Through A Window」では、「いつだって外側から覗いているだけ」で「誰か見てくれないか?」と切望していた彼が、「For Forever」でコナーと彼が親友だったと嘘を付き始めたことで、「誰かが見つけてくれる」というこの映画の究極のテーマのひとつでもある希望を抱く。

観客もその希望は、彼の嘘に基づいているものだと知りながらも、ついそうあって欲しいと願ってしまう複雑な曲だ。それがこのミュージカルがこれまでになく新しい、優れているところでもある。「まるで木から落ちても/誰にも聞こえないみたいに」という彼が自殺しようとして「傷ついて地面に倒れた時も」本当は誰も見つけてくれなかったという絶望的な孤独が告白されている。

この曲がバズったのは、この孤独は誰もが共感できるからだ。「闇を抜ければ」からのサウンドが最高の高まりを迎え、非常にドラマチックな展開で一転静かに「君は一人じゃない」と何度も繰り返され、それを信じたいと誰もが思う。パセック&ポールが出版した”Dear Evan Hansen: Through The Window”の中で、「君は一人じゃない」をこんなに繰り返して良いか悩んだと記されているが、リハーサルで、この不合理とも言える繰り返しこそが、ここでは機能していると確信した、そうだ。

08. Only Us / オンリー・アス

ゾーイとエヴァンのデュエットで、ピアノとストリングスよる映画の中で唯一のロマンチックな曲。「ここには僕ら二人だけ」それ以外必要ないとお互いの恋心を告白する。ゾーイを演じるケイトリン・デヴァーは妹とBeulahbelleというバンドを組んでいて、フォークっぽいサウンドの曲を発表している。それに比べるとこの曲はよりドラマチックではあるが、彼女の繊細なボーカルの表現がここでも活かされている。

この作品はコロナ禍で撮影されたため、出演者たちは隔離された状態で撮影していた。全員が同じ家に住んでいたそうだが、このシーンはベンとケイトリンが最後に共演したシーンだったため、終わると思うとじーんとしたとケイトリンも語っていた。曲のレコーディングは演技をしながらほぼライブで行われたので、撮影では何度も何度も最後の箇所をぐるぐる周りながら歌ったそう。目を見つめなくてはいけないのに2人とも目が合うとなぜか笑いが止まらなくなって困ったとも語っていた。

09. Words Fail / ワーズ・フェイル

エヴァンがコナーの家族にとうとう真実を打ち明ける曲。「言葉が出ない」と言う彼だが、その一語一語が悲痛だ。ベンが声を震わせて「手に入れたいと願ったものが見えたら」「現実だと信じたく」と歌う瞬間には心が張り開けそうになる。しかしその痛みは、彼が真実を告白し、受け入れたからの痛みでもあるのだ。

「どうやって一歩踏み出せばいい?/太陽の下に」と終わるが、全編を通して「太陽」は繰り返し出てくる。例えば「Waving Through A Window」でも彼は「太陽から身を隠そう」としている。しかしこの曲でとうとう「太陽=真実」の下に歩み出そうとする。悲痛だが成長を記す転機の曲。

10. So Big / So Small / ソー・ビッグ/ソー・スモール

エヴァンの母ハイジが歌う映画の中でも最も感動的な曲。コナーとの友情が嘘であり、エヴァンが自殺を図ったことを知った母は、愛する人がいない家がいかに「大きく見えて」、力のない自分がいかに「小さく思えた」のかを告白する。しかし、「ママはずっとここにいる 何があっても」と語ることで、エヴァンは自分が1人じゃないということを知る。彼に本当に必要だったのは、どんなに孤独でも、誰かが彼のためにそこにいてくれる、というそれだけだったのだ。だから、オリジナル・ブロードウェイはここで終わる。

パセック&ポールはこの曲を作曲している時、『ラ・ラ・ランド』の作詞にすでに取り掛かっていたためロサンゼルスのホテルでその合間を見て書き上げた。エヴァンがコナーとの「友情」を語る「For Forever」とどこか並行していて、「For Forever」は、「5月の終わりか6月の初めの」で始まるが、この曲は、「2月のある日のことだった」と始まる。アコギのメロディがあまりに美しい曲。

キャリアも長く演技派で知られるジュリアン・ムーアだが映画で歌を披露をするのはこれがほぼ初めてだ。しかしオリジナル・ミュージカルを観て感動してどうしても出演したいと、なんと歌のオーディションまで受けて出演。ベン・プラットの前で歌わなくてはいけなかったのは最大の恐怖だったとも語っていたが、ものすごい表現力のある曲で、親であることを彼女側の視点から語っている。彼女はこれまで歌声を披露してはこなかったが、名優であるがゆえの感情表現により曲に必要な感動をしっかりともたらしている。

11. A Little Closer / ア・リトル・クローサー

オリジナル・ブロードウェイにはなかった映画のために書き下ろされた曲。オリジナルでは、未来は示唆されて終わるが、映画ではそれがよりしっかりと描かれていてそれがこの曲で表現されている。エヴァンは真実を語った後に、コナーのセラピーに連絡を取りコナーが録画していたが家族には見せたことのなかった映像を見つける。

コナーは常に殻に閉じこもるか、またはそれをゾーイなどには怒りで表現してきたが、コルトン・ライアン演じるコナーがここで披露するアコギの優しい響きの曲で、孤独を打ち明け、しかし「でも今日は少しだけ近くなったきがする」と希望を歌う。それが、エヴァンとコナーの家族に訪れた救済を象徴している。

12. You Will Be Found / ユー・ウィル・ビー・ファウンド

R&Bの新旧スターによる豪華な共演が実現したカバー。「Stay With ME」などの大ヒットで知られるイギリス出身のサム・スミスと今年発表した『Still Over It』の評価も高いアメリカ出身のサマー・ウォーカー。孤独や「誰かが見つけてくれる」という切望を見事な泣き節で歌い上げている。

13. The Anonymous Ones / ジ・アノニマス・ワンズ

2017年『Ctrl』でデビューし大ブレイクしたアメリカのR&Bシンガー、シザによるカバー。今年もドージャ・キャットの「Kiss Me More」でコラボし、グラミー賞で主要部門2部門を含む3部門のノミネートされている。

そんな彼女は、この曲のMVで人混みに流されそうになりながら、「名もない者たちは誰にも気づいてもらえない/言えないことを抱え続けているのに重苦しくないわけがない」と告白する。『Ctrl』においても恋愛関係における心情を正直に打ち明けることで絶大な人気を得た彼女なので、この歌詞にも共感できる。またMVの中で立ち上がってマイク向かう姿は、歌を歌い始めた頃の彼女の姿も彷彿とさせる。

14. Only Us / オンリー・アス

キャリー・アンダーウッドと、ジャスティン・ビーバーとのコラボでも有名なダン+シェイというカントリーのスーパースター達による強烈なデュエット。スタジオでのレコーディング風景を披露したビデオを公開しているが、カントリー色を強く出すために、試行錯誤した風ではなく、ふたりのボーカルを主役にすることを大事にしたことが分かる。実際マンダリンやヴィオラなども加えているが、最小限のアレンジで、最後にはカントリーを超えた普遍的なパワー・バラッドに仕上がっている。

15. A Little Closer / ア・リトル・クローサー

世界的スーパースター、ビリー・アイリッシュの兄であり、コラボレーターであり、プロデューサーでもあるフィニアスによるカバー。彼自身も今年デビュー作を発表した。

マルチインストゥルメンタリストで、数多くの楽器を演奏できるばかりか、コンピューターのプログラミングなどDIYで何でもできる彼だが、ここでは敢えて映画のコナーをアコギとボーカルのみで、可能な限りそのまま再現しようとしていて、それがむしろ感動的だ。

16. Waving Through A Window / ウェイヴィング・スルー・ア・ウィンドウ

「太陽から身を隠そう」と歌う曲だが、パフォーマンスを披露するビデオの中では、トリー・ケリーが、優しい太陽の日差し下、木に囲まれ歌っている。サウンドもアコギとシェイカーでより温もりがあり希望が感じられるカバーだ。

ケリー・アンダーウッドと同様に米テレビ番組『アメリカン・アイドル』に出演した彼女だが、グラミー賞の新人賞にもノミネートされ、アニメーション『SING/シング』(2016年)で象の少女ミーナ役での活躍も目立った。その時同様にパワフルなボーカルでこのミュージカルを代表するアンセムを見事に歌い切っている。

Written By akemi nakamura

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『ディア・エヴァン・ハンセン(オリジナル・サウンドトラック)』
2021年9月24日発売
国内盤CD 11月24日発売

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