東京五輪開催の5年前 予算の無軌道な膨張に警鐘を鳴らした東京新聞の検証報道 東京新聞(2015年〜) [ 調査報道アーカイブス No.56 ]

◆五輪予算 都知事「3兆円」、森氏「2兆円」、五輪相「把握せず」

2020年の「東京オリンピック・パラリンピック」はコロナ禍で1年延期され、2021年夏に開催された。感染拡大と医療逼迫を多くの国民が懸念する中、異論を押し切るようにして開催は“強行”され、現在は巨額経費の処理に注目が集まっている。2013年の招致時に示された開催経費は7340億円だったが、予算は膨らみ続けた。各メディアの報道によると、最終的な経費は3兆円に達しそうだという。

「東京2020」の開催予算については、事前に数多くのメディアが疑問が投げかけていた。とりわけ、東京新聞による五輪検証報道は光っていた。着手も早く、2016年には膨張する一方の予算に警鐘を鳴らす記事を次々と掲載。「予算の数字」をわかりやすく示しながら、政府や大会組織委員会の中で責任を持って明確なことを言う人がいない状況を浮き彫りにした。そんな“無責任体制”を象徴的に示したのは、2016年2月6日朝刊1面の『五輪総費用 公表なし 不足分は税金追加投入』という記事だろう。『都知事「3兆円」、森氏「2兆円」、五輪相「把握せず」』という見出しも付いている。

記事はこう始まる。

2020年東京五輪・パラリンピックは、総費用がいくらかかるのか。12年ロンドン大会では、開催5年前に公的資金が1兆5800億円(1ポンド=170円で計算)と公表された。東京大会は4年後に迫るが公的資金分は公表されず、民間分を合わせた総費用も分からない。足りない場合、税金の追加投入が決まっている。

「3兆円ぐらいかかるつもりで準備するが、半分にする努力をする」。舛添要一都知事は2日、東京大会にかかる経費の総額について、本紙のインタビューにこう述べた。根拠は「ロンドン大会の経費を念頭に置いた」「テロ対策にお金がかかる」などとした。
経費には、主に公的資金で賄われる会場・インフラ整備費と、民間資金で賄われる大会運営費がある。大会組織委員会の森喜朗会長は昨年7月、「全体の計画で当初の3倍ぐらい」かかり「最終的に2兆円を超すかもしれない」と発言。当初は整備費に4300億円、運営費に3000億円の計7300億円とされ、3倍すると2兆円超になる。
一方、遠藤利明五輪相は1月の衆院予算委員会で総額について「組織委も政府も把握していない」と答弁。組織委の武藤敏郎事務総長も昨年12月、運営費は1兆8000億円との一部報道に「確固たる数字は持ち合わせていない」と述べ、はっきりしない。

この記事によると、2012年のロンドン大会では、英国政府が2007年の段階で、公的資金の投入額は1兆5800億円になると正式に発表した。そのうえで、下院や監査局が予算のチェックを実施。使途の内訳や推移は定期的に公表され、最終的に600億円余ったという。

これに対し日本では、担当大臣も組織委員会の事務総長も数字を言わない。これだけでも、いかに常識を外した恐るべき事であるかが分かる。

この記事は1面記事が載った日、別の面では「透明性低い東京五輪 費用公表せず」という記事も掲載。情報開示請求で得た資料が墨塗りだらけだったことも示し、ロンドン五輪との比較で透明性には雲泥の差があることを明らかにした。


◆デタラメがまかり通る五輪事業

東京新聞の追及はこれにとどまらなかった。いくつかの記事の見出しと、リード文の一部を以下に採録してみよう。一連の検証記事の中には、五輪予算の使われ方がいかに度を越しているかを明らかにした調査報道もある。

◎別事業で見かけ上 圧縮五輪「水上競技場」(2015年10月20日)
2020年東京五輪・パラリンピックで、東京湾の埋め立て地に新設される「海(うみ)の森(もり)水上競技場」の工費を東京都が昨年11月に圧縮したと発表した際、競技の障害となる橋の撤去費を除外し、環境局の事業に付け替えていたことが都への取材で分かった。別事業になったことで見かけ上の工費削減につながった格好だ。新国立競技場の建設問題では情報公開が不十分なまま工費が膨らんだ経緯があるが、都が主体となる競技場でも不透明な状況が浮き彫りとなった。

◎都の五輪3会場 建設業者決まる 海の森 入札1事業体のみ 波風対策 持ち越し(2016年1月15日)
東京都は14日、2020年東京五輪・パラリンピックで新設する競技施設のうち、設計・施工を一括して公募していたボートとカヌー・スプリント会場の海の森水上競技場など3施設の落札業者が決まったと発表した。水上競技場の入札は一事業体だけ。コストは予定価格から下がらなかった。
東京湾の中央防波堤に造る水上競技場は、大成建設などのJV(共同企業体)のほかに入札はなく、落札額は249億円。公表されていた予定価格より32万円低いだけだった。

◎総費用 説明ないまま 情報公開請求もできず」(2016年4月1日)
「2020年東京五輪・パラリンピックの費用分担をめぐる大会組織委員会、国、東京都の三者会談で、組織委から実質的に費用負担の肩代わりを求められた国と都は応じる姿勢を見せ、税金がより多く使われる方向になった。五輪費用をめぐる情報はほとんど公開されず、総額も分からないまま国民の負担増が決められようとしている。

五輪カラーに染まった東京都庁

◆都合の悪い情報には口を閉ざす 「そんな五輪に共感や感動はない」

一連の取材を担った社会部の中澤誠氏は「このままでいいのか」「ちょっと立ち止まって考えてみては」との思いから検証取材に着手したという。要人たちは予算規模を2兆円と言ったり、3兆円と言ったり、はたまた「分からない」と言ったり。五輪を推進する責任者が、そんな程度のことしか口にしない。そんなことが許されて良いはずはないと中澤記者は考えた。ある出来事が正しいかどうかを確かめる「検証」報道もまた、立派な調査報道である。

中澤記者は一連の検証記事に関して「地方紙で読む 日本の現場 2016」に寄稿し、次のような問題意識を披露している。

「69億円→1000億円超→491億円。これは、2020年東京五輪・パラリンピックのボート・カヌー会場として、東京湾の埋め立て地に建設する「海の森水上競技場」の工費の変遷だ。五輪の主会場となる新国立競技場は工費高騰や不透明なプロセスが批判を浴びたが、都が整備する他の競技会場でも、招致段階から工費の見積もりが大きく膨らんでいた。

なぜここまで工費が膨らんだのか、過去の報道から納得いく答えは見つからない。あらためて水上競技場の検証を始めたのは、2015年8月のことだった。
当初計画が白紙撤回に追い込まれた新国立の問題を受け、当時の舛添要一都知事は「情報公開が不十分だった。都は同じ轍を踏むわけにはいかない」と記者会見で発言していた。

ところが、都の対応は舛添知事の発言とはほど遠いものだった。水上競技場の工費高騰の理由を尋ねても、既に報道された内容をなぞった回答しか返ってこない。積算根拠は「今後の入札に影響するから答えられない」の一点張りだった。

ならばと、都に関係資料を情報公開請求したが、積算した数字はすべて黒塗り。大会組織委員会や競技団体との協議内容も、あちこちの文言が伏せられた。

都合の悪い情報には口を閉ざす。これでは都民の不信感は募るばかりだ。「由らしむべし知らしむべからず」の五輪に、感動と共感が生まれるはずがない。中澤記者は当時、そう書き記している。

その後の展開は、5年前に中澤記者が見立てた通りだったと言ってよい。反対の声を押し切るようにして開催された五輪は、巨額赤字のツケを税金で賄おうとしている。その金額がいったい、どんな数字なのか。開催から半年が経過しようとしているのに、責任をもって数字を示す当事者はまだ現れていない。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
単行本「日本の現場 地方紙で読む2016」(早稲田大学出版部)

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