ケニー・G、6年ぶりの新作『ニュー・スタンダーズ』リリース

6年ぶりの新作『ニュー・スタンダーズ』―ここに来てものすごく冴えたやり方でジャズ・アーティストとして落とし前をつけているとも言いたくなるケニー・G。

文:佐藤英輔
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よくぞ、作った。
ケニー・Gの新作『ニュー・スタンダーズ』は、素晴らしい聞き味を持つ。6年ぶりというインターヴァルも納得の、実に練られた、深い味わいを示す。まず曲とサウンドの佇まいが悠然としていて、するりと聞く者の中に入ってきて、じわ〜んと余韻を広げる。いつもより静謐とも言えるのに、働きかける力は倍増している。

クレジットを見れば、あたかもスタンダード・ソングのような手触りを持つ楽曲群はどれもオリジナル。それを彼はひたひたとした基本控えめなストリングス付きのサウンド(リズム音もナチュラルで落ち着いている)のもと、自在にリード楽器を載せる。ソプラノ・サックスが6曲、テナー・サックスを吹く曲が3曲、アルトを手にするのが1曲、さらにアルトとテナーを重ねるものも一つ。

彼がいろいろなリード楽器を操れる達者な奏者であることは知っていたが、柔らかいのに威風堂々という形容もなぜか用いたくなる、ここでの歌心に満ちる自然体の各種サックスの吹き口は訴求力に満ちる。

<動画:Kenny G - Emeline (Official Audio)

本作ブックレットにはケニー・G自身の文章が掲載されているのだが、それを見ておおいに納得した。曰く、1950〜60年代〜誇張して書けば、まだジャズが洗練された大衆音楽であり得た時代と言えようか〜のジャズ・バラード表現を愛し続けており、そうしたスタンダードの佇まいを今のケニー・Gの回路で録音した……。まさしくその通りであり、そのチャレンジは大成功。ここには優しくてジェントルであるのに、なんとも成熟したジャズ・サックス奏者が超然と立っている。

<動画:Kenny G - Legacy Featuring “The Sound” Of Stan Getz (Official Audio)

うち1曲「レガシー」は先達スタン・ゲッツのテナー・サックス演奏の名フレイズを引き出し、どこに自分のアルト演奏を加えた作風を取り、さらに日本盤にはボーナス曲としてジョン・コルトレーンの名曲「ナイーマ」が収録される(どうやら、ライヴ・ヴァージョンのよう)が、それらもまったく浮くことなくここに収まっているのは、本作のジャズ濃度の高さを物語るだろう。とはいえ、旧来の彼のファンも浸れる寛いだアーバン感覚も残されているのだから、これは巧みだ。そして、ここに来てケニー・Gはものすごく冴えたやり方でジャズ・アーティストとして落とし前をつけているとも言いたくなる。

考えてみれば、ケニー・G(1956年、ワシントン州シアトル生まれ)は目に見える下積みのない人である。西海岸のワシントン大学を出て、まずは当時フュージョン・ブームに乗っていたキーボード奏者/プロデューサーのジェフ・ローバーのグループ入り。彼はそこでレコーディングやツアーのイロハを学び、1982年にはローバーが所属していたアリスタとソロ契約を果たす。

それ以前はコロムビア・レコードの社長も務めた業界やり手のクライヴ・デイヴィス率いるアリスタに20年強在籍し、その口当たり良く、メロディアスでもある作風は多くの人を魅了し、インストゥメンタルの担い手としては異例のセールスを記録し続けた。また、アレサ・フランクリンやホイットニー・ヒューストンらアリスタ在籍の女性シンガーたちの楽曲に客演もし、彼の滑らかな演奏は広くラジオから流れた。

<動画:Listening to Kenny G | Official Trailer | HBO

2008年以降はウェスト・コーストの円満ジャズを送り出すことでスタートし、今や総合レーベルとして大きな姿を見せるコンコードに移籍。本作『ニュー・スタンダーズ』は、同社からの5作目となる。

レコード会社との契約や軋轢に悩むミュージシャンが少なくないなか、彼はスムースに契約を得て、アリスタとコンコードという安定したレーベルと関係を持つ恵まれた境遇を得てきた。それを導いているのはケニー・Gが持つ能力ありきであるだろうが、そうしたヘルシーな歩みは彼の円満な音楽性に跳ね返っているだろう。しなくて良い苦労であるなら経験しないほうが、人間はまっすぐに伸びやすい。音楽作りにも集中できる。その唯一無二のメロウな手触りはケニー・Gが持つ資質であるとともに、そのキャリアが反映していると、ぼくは思う。

<動画:Paris By Night

最後に申し訳ないが、ケニー・Gにまつわる私事に触れさせてもらう。それは、2011年3.11の8日後のこと。当時、今は東京に住むぼくの母親はいわき市に住んでいた。家に地震の被害はまったくなかったが、ぼくは原発事故のことが心配でならなかった。常磐線はずっと止まっている。

毎日電話はし、迎えに行こうかと言っても気丈に大丈夫と彼女は言う。だが、1週間後には、迎えに来て欲しい……。夜は来るなと言うので、翌朝に向かうことにしたが、車にはガソリンが半分ぐらいしか入っていない。当時、ガソリン不足で給油するのは困難だった。最悪、帰りは水戸まで辿りつけば知人の家に車を置かせてもらう手はずを整えた。

普段は常磐道で2時間で着くところが、水戸からは下道に降ろされ、渋滞もあり5時間以上かけて実家に着く。そして、母親を拾い、帰り道はいわきから高速に無料で乗れた。普段車中ではCDしか聞かないぼくだったが、そのときはテンパっていたのかあまりCDを置いておらず、行き帰りは小さな音でラジオをかけていた。当時、ぼくはルノーのマニュアル車に乗っていたが、できるだけニュートラルで走ることを心がけたら、望外にガソリンの減りは少ない。水戸を過ぎてこのまま東京まで行けると確信したとき、ラジオから流れてきたのがケニー・Gだった。ホワンとしたその楽曲が流れた瞬間、緊張に固まっていたぼくの心がゆっくりと溶け出した。ようは、安心感に包まれた。何の変哲もないケニー・Gのソプラノ・サックスとサウンドにこれほど癒されようとは。

それについては、自分でもびっくり。ああ、普段ぼくが聞いているオーネット・コールマンは平常時でこそ魅力的に受け止めることができる音楽であるのを認知するとともに、非常時に映えるケニー・G表現の不思議な包容力をこれでもかと実感した。

もしあのとき車のラジオから流れたのが、この『ニュー・スタンダーズ』の楽曲であったなら。今後の人生、ケニー・Gに絶対服従だなとぼくは感極まったかもしれない。でも、そんなシチュエーションでなくても、今度の“エヴァーグリーン”なケニー・Gは懐深く、味わい深い。ただ今、65歳。ケニー・Gの代表作は? そう問われたら、間違いなく今作『ニュー・スタンダーズ』をぼくは挙げる。

【作品情報】

ケニー・G / ニュー・スタンダーズ
レーベル:: Concord Jazz
SHM-CD
品番:UCCO-1233
定価: 2600円+税 (税込価格 2860円) 
2021/12/3 (金) 世界同時発売
※日本盤ボーナス・トラック1曲収録

視聴・購入などはこちら→kenny-g.lnk.to/New_StandardsPR

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