「鉄道技術展2021」に見た鉄道の未来(前編) 目指せ「長方形モデル」!? 駅はプラットフォーム、会社はプラットフォーマー【コラム】

鉄道技術展2021にはJR東日本グループからジェイアール東日本商事が出展。駅の安全確保や案内を受け持つディスプレイ式の「AIさくらさん」などを実演しました

〝安全・安心・快適・環境・省エネを追求〟をキャッチフレーズに、新しい鉄道技術を集めた「鉄道技術展2021」が2021年11月24日から3日間、千葉市の幕張メッセで開かれ、2万4717人が来場しました。並べて語られることもある、同年の「東京モーターショー」が見送られた中で、鉄道の総合展が盛況のうちに開催できたことを、まずは素直に喜びたいと思います。

特徴的な出展者や新製品・新サービスは本サイトでも詳報されていますので、ここでは視点を変えて、「会場で見付けた鉄道の未来」を共通テーマに3回の連載をお届けします。2020年からの鉄道はコロナで大打撃を受けたわけで、事業モデルの変革が必要なことは関係者やファンの認めるところです。その答えは技術展にあったということで、初回は「鉄道がつくる新しい社会価値」。

100年に一度のモビリティ革命

鉄道技術展では併催事業として、20件近い講演会やパネルディスカッションが開かれました。2021年は「鉄道国際シンポジウム(STECH2021=エステック)」の開催年で、一部プログラムはSTECHと合同開催されました。

初日の2021年11月24日に基調講演したのは、JR東日本の小縣方樹顧問。同社代表取締役副社長・鉄道事業本部長など要職を歴任、UITP(国際公共交通連合)会長を務めるなど国際経験も豊富です。

講演を終えた小縣JR東日本顧問。100年に一度のモビリティ革命に引っかけて、100年に一人の逸材・大リーグの大谷翔平選手を取り上げるなど鉄道を離れた話題も織り交ぜました

講演タイトルは、「公共交通からはじまる革新的な価値の創造」。振り返ればコロナ前から交通は、環境問題とか自動運転とかMaaSとか、「100年に一度のモビリティ(移動)革命」と称される大変革期を迎えていたわけで、JR東日本は変革を乗り越える中で存在感を高めようというのが全体の流れです。

地方圏ではマイカーがないと生活できない

まずは、地球環境問題。国土交通省の2019年度データでは、運輸部門の二酸化炭素(CO2)排出量は2億600万トンで、全体の18.6%。モード別では自動車が86.1%で、鉄道の3.8%とは大差がつきます。確かに鉄道は環境にやさしい移動手段ですが、「マイカーをやめて鉄道を利用すべき」の理想論には無理もあります。日本の、特に地方圏はマイカーがないと生活できません。

そこで登場するのがMaaS。鉄道とマイカーやバスをシームレスにつなぎ、「交通の総合情報基盤」と表現されるMaaSについて、小縣顧問は「競争を協調に変えるパートナー」と表現しました。

MaaSの底力。本サイトをご覧の皆さんなら、鉄道で1分(象徴的な短時間のこと)時間短縮するには、相当の設備投資や車両・施設改良が必要ということは、感覚的にご理解いただけると思います。しかし、乗り換え時間の1分短縮なら比較的容易。駅を降りて乗り換えのバス停を探し、きっぷを買って乗車する。これがスマホを読み取り機にかざすだけなら、Suicaのネーミングの由来にもなった「スイスイ移動」でバスに乗れます。

「明日、仙台へ」、スマホに話しかける

小縣顧問は、こんな話もしていました。近未来の東京から仙台への出張。夜寝る前、スマートフォンに「明日、仙台に行くよ。東京駅10時発。宿泊は仙台市内のホテル」と話しかけると、翌日はスマホをかざすだけで仙台までスイスイ。いつ実現するかはともかく、日本最大の鉄道会社がこうした着想を持つことは、心に留め置きたい点です。

フタコブラクダより長方形!?

続いて、講演からキーワードを2つ。1つは「レクトモデル」。レクトはレクタングル、長方形のことです。電車は横から見ると長方形……という話ではなく、輸送のピークをならす平準化を意味します。鉄道の1日の輸送量を折れ線グラフ化すれば、朝と夕方のラッシュ時に2つの山ができるフタコブラクダ状ですが、これをなるべく平準化してコブをなくし、長方形に近づける。

JR東日本の2021年4~9月の利用状況。定期客はコロナ前の7割程度まで戻っていますが、新幹線や在来線特急は3割前後で、長期化した緊急事態宣言の影響が色濃く表れます=小縣顧問の講演資料から=

鉄道会社は輸送のピークにあわせて車両や乗務員を用意するわけで、ピークをならせば、車両や乗務員は今より少なくて済む。世上をにぎわす時間帯別運賃も、本当の目的はレクトモデルの実現にあります。

プラットフォーマーツールとしてのSuicaやMaaS

2つ目は、「プラットフォーマー」としてのJR東日本。企業と利用者をつなぐ情報基盤の提供を意味し、代表例がSuicaです。電車に乗れる便利なICカード乗車券というのは当たり前ですが、最近はビルの入退館や社員証代わりになります。MaaSも、有力なプラットフォームツールです。

そういえば小縣顧問が挙げたJR東日本の針路には、「Beyond Green Rail」のフレーズもありました。意訳すれば、「環境にやさしい鉄道のその先へ」といったところ。JR東日本の経営が厳しい状況にあることは事実ですが、小縣顧問の講演、そして鉄道技術展2021への出展内容からは、将来展望をしっかり持っていることを確認できました。

JR東日本は、電力の自社供給にも取り組みます。首都圏に限れば、既に自前の電力で列車を運行。目標は、「つくる(発電)」、「送る・貯める(送電・蓄電)」、「使う(鉄道、駅ビルなど)」の最適化です=小縣顧問の講演資料から=

迷うことなく非常ボタンを押して!

鉄道技術展では、ほかにもさまざまな講演がありました。ここでは国土交通省の江口秀二大臣官房審議官(鉄道)の「鉄道技術行政における新たな課題への対応」、そして鉄道総研の渡辺郁夫理事長の「COVID-19を乗り越えて:鉄道の未来を創る研究開発」の2件を、ポイントだけですがまとめます。

国交省の鉄道行政は、新幹線ネットワークの方向性を考えたり、技術開発を主導したりと重要な役割があるのですが、それとは別に難題が次々に降りかかります。最近でいえば列車内のセキュリティー。詳細は省きますが、小田急電鉄や京王電鉄で発生した不幸な事件は鉄道利用客に衝撃を与えました。

国交省と事業者が共同で取り組むのは、「警備の強化」や「被害回避・軽減対策」。最近の鉄道車両は、技術基準省令で非常通報装置の設置を義務化しますが、ボタンの場所が車両ごとに違うのが悩ましい点です。

江口審議官は、一般利用客へのメッセージとして「列車に乗ったら、非常通報装置がどこにあるか確認してほしい」、「万一、非常事態に遭遇したら、迷うことなくボタンを押してほしい」と要請しました。輸送の安全を守るのは、ある意味では利用客一人ひとり。安全・安心を早期に取り戻し、心配なく列車に乗れる日が来ることを願うばかりです。

未来の鉄道へのメッセージ

鉄道総研の渡辺理事長の講演からも抜粋。コロナ禍で志向する技術開発の方向性を、「未来の鉄道へのメッセージ」と表現しました。コロナでクローズアップされた鉄道の安全・安心をレベルアップして、レガシー(遺産)化する思いが読み取れます。

実践例が、「デジタル技術革新プロジェクト」。鮮明な画像を撮影できる4Kカメラを用い、昼間に300メートル先の人物を90%以上の確率で認知、運転士をサポートします。

以上が鉄道技術展2021で見聞した、未来の鉄道に向けたメッセージの初回分で、少々堅い話になった点はご容赦を。

次週の中編は、鉄道ファンの皆さんにも興味を持っていただける話題として、7回目の「レイルウェイ・デザイナー・イブニング」を報告します。タイトルを先出しすれば、「どうして鉄道は人を惹(ひ)きつけるのか~技術だけでは語れない鉄道の魅力を探る」。次回も、ぜひご覧下さい。

記事:上里夏生(写真は全て筆者撮影)

© 株式会社エキスプレス