「大人のいじめ」を根絶せよ! 職場でのいじめ・パワハラ根絶に挑戦する NPO法人「POSSE」理事・坂倉昇平さん(38)/シリーズ・令和に生きる No.3

全国の職場で、いじめが蔓延しているという。一般企業にとどまらず、介護・保育の現場で、公務の職場で、パワハラやいじめによって精神障害を発症したと労災認定された件数は、2009年からの11年間で10倍以上の170件に激増した。

労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」(東京)の理事を務める坂倉昇平さん(38)は、年間約5000件もの労働相談に関わる中で、職場いじめやパワハラの背景にある組織や社会の問題点を分析し、『大人のいじめ』(講談社現代新書)を著した。「職場いじめの氾濫は、労働者を過酷に働かせることで『経済成長』を求めてきた日本社会の行き詰まりがもたらした現象。これからも増えつづけるでしょう」と坂倉さんは話す。

◆パワハラなどによる労災認定は激増 09年度16件→20年度170件

私たちに寄せられる労働相談のうち、一番多いのはいじめ・パワハラです。2012年にPOSSE代表の今野晴貴が『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』という本を書いてベストセラーになったことを契機に、POSSEはブラック企業問題に最も取り組んでいるNPOとして知られるようになり、寄せられる相談も増えました。その中でも、パワハラ・いじめの割合はずっと突出しています。

そうした実態の氷山の一角に過ぎませんが、『いじめ・嫌がらせ・暴行』や『パワハラ』を原因として精神疾患を発症したとして労災が認定された件数は、2009年度で16件だったところ、20年度には170件となり、10倍以上に増大しています。労災認定は非常にハードルが高いですから、認定件数だけでなく、認定されなかった件数を合わせた『労災決定件数』を見てみても、09年度は20件ちょっとだったのが、20年度は300件以上。

さらに言えば、被害者がいじめやパワハラによる病気で労災を申請できることを知らなかったり、被害者が自死したために遺族が申請をあきらめてしまったりと、表面化していない事例は無数にあるでしょう。

「POSSE」(東京)理事の坂倉昇平さん

坂倉さんはいじめ・パワハラに関する相談を分析していく中で、あることに気づく。「職場いじめの背景には長時間残業などの労働問題が、往々にして潜んでいる」と。そして「パワハラやいじめは会社に対する不満の『ガス抜き』であり、それどころか経営者に服従するよう労働者の内面を塗り替える役目を果たしているのではないか」と。

『大人のいじめ』には、相談を受けて取り組む中で、職場いじめの加害の構造的なものが見えてきたケースを中心に書いています。メディア業界の下請けで、長時間労働で疲弊する若手社員たちが、理不尽な理由で先輩から殴られ、蹴られて血塗れになり、今度はその被害者が次の世代に対して加害者として牙を剥く職場。過重労働の物流業界で、同僚がパワハラ・いじめによって自死したことを知った男性社員がそれを告発したら、次のいじめの対象が自分になって突然、遠方の職場に異動させられた職場などです。

こうしたに相談を一つひとつ丹念に聞いていると、ハラスメントは加害者の個人的な性格のせいだとか、命令や指導が『行き過ぎた』のが原因といったことは一面的でしかなく、過酷な職場によって人間が加害者になってしまう構造が浮かび上がってきました。

相談者の多くは、真っ先にいじめやパワハラの被害を訴えるのですが、じっくり話を聞いていると、過労死するほどの長時間労働や業務量、残業代の未払いなどの問題が必ず出てくるんですね。そうした土壌から職場いじめが派生しているということが分かるし、そうした背景こそを問題視して解決しないと、ハラスメント対策は対処療法に終わってしまう。『あなたが受けているパワハラ・いじめの被害は、過重労働によって生まれているのではないか』と投げかけてみると、自分が置かれた労働環境の構造に気づいてハッとする相談者の方も多いです。

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◆被害者は「会社の方針に従順ではない人」

坂倉さんの話を続ける。

職場内でのパワハラやいじめの多くは、過酷な労働についていけない人や不正・違法な労働に異を唱えるような人が被害者になっています。言い換えると、利益追求の会社の方針に従順でなかったり、会社の求めるペースに能力的に合わせられなかったりという人たちです。

労働時間や低賃金に社員の多くが鬱屈としている中で、そういう人たちが格好の不満のはけ口にされて、ハラスメントを受けているのです。上司や同僚たちから「休憩なんて取らないでノルマをこなせよ」「お前はみんなに迷惑をかけるだけで使えない奴だ」「きれいごとよりも会社のために働け」と。長時間労働など労働環境が悪化していく中で、その負担に耐えられたり、心身や生活を犠牲にしてノルマをこなしたりできる労働者が、そうではない労働者たちを経営者目線で陰に陽にいじめているという現実がある。

こうした労働者同士のいじめを会社側は基本的に放置します。

これらを放置することが、なぜ会社にとって都合が良いのか?

まず、長時間労働や残業代未払いといった問題から従業員の目をそらすことができる効果があります。それだけではありません。正社員の解雇が会社にとって法的リスクを抱える中で、わずかでも利益追求の足かせになるような存在を自己都合退職に追い込んで「排除」できる。そして「自分もいじめられないように会社の方針に従順になろう」と、従業員たちの考えを「矯正」することもできる。いじめている側は必ずしもそんな効果までは意図していないでしょうが、彼らの行動は会社のインフォーマルな労務管理の役目を「合理的」に果たしているんです。

今や日本型雇用も崩れていますから、経営者に迎合して、『厄介者』をいじめたからといって、自分が出世できるとか、見返りがあるなんて保障はありません。加害者としてのいじめの動機は、ただ単に憂さを晴らしたかったとか、自分より楽な仕事をしている同僚を許せない、そんな理由です。私は本の中でこうしたいじめについて『経営服従型いじめ』と名付けました。

私たちのところに来るいじめ相談の中では最近、ADHD(注意欠如・多動症)など発達障害と診断された人たちからの相談も増えています。労働が過酷化し、仕事に求められる水準が高まった結果、それについていくことができないために、職場で笑いものにされたり、「あいつみたいになるなよ」と後輩の反面教師にされたり、退職を促されられたり。人間にとって、「弱い者の味方に」「虐げられている人を支えなければ」という意識は本来的には自然にある気持ちだと思いますが、労働環境が悪化の一方をたどる中ではそうした余裕が失われ、むしろ蹴落とす側に積極的に加わってしまう人たちが増えていると感じざるを得ません。

◆いじめ・パワハラは「介護と保育の現場」に多い

坂倉さんは著書『大人のいじめ』の中で、保育や介護職場でのいじめについて12の実例を挙げてその実態を指摘している。東京都産業労働局の「東京都の労働相談の状況」によると、職場いじめ相談の20年度の集計では「医療・福祉」の業界から寄せられた相談が1480件で最も多く、2位の「卸売業・小売業」や3位の「情報通信業」に2倍以上の差をつけている。

病院などからのいじめ相談も多いんですが、やはり介護と保育の現場からの相談が圧倒的です。メールも頻繁に届きます。

メールには相談内容とともに、基本給などの労働条件も書いてもらうのですが、多くは最低賃金ギリギリで働かされ、結構な残業を重ねているのに、月に数千円程度の固定残業代になっているようなケースが目立ちます。子どもやお年寄りをケアするという、社会の根幹を支える大切な仕事なのに、会社は利益を出すことを最優先にして職員数を抑えて、劣悪な待遇の中で職員たちの鬱積した不満がいじめという形で顕在化していることが伺えます。子どもたちのためにとか、お年寄りのお世話をしたいとか、志を持って入った人たちの思いをくじくような職場環境ばかりではないか、と。

保育士さんからの相談では、幼児を虐待している先輩職員の行為を園長に報告したら、それがきっかけで徹底的に同僚から無視されるなどのいじめにあったといった事例もあります。少ない職員で多くの園児の面倒をみなければいけない職場では、大声で園児を説き伏せ、園児を暗い部屋や囲いに閉じ込め、「おしっこ」と訴える声も無視する保育方針が、『合理的』だったのでしょう。

でも、自らの良心に従い、子どものために「放っておけない」「何とかしなければ」と思って報告したら、その報告する行為こそが会社の方針に反していて、経営に服従しない『不適格者』になってしまうのです。

保育も規制緩和によって株式会社が参入できるようになって変わりました。保育士の人件費などに充てられるはずの運営費が株主配当などにも使えるようになって、現場は人件費を含めてコストカット一色です。職員の数を減らしたり、保育士の給与を削減したり、利益追求を最優先にする姿勢は強まるばかりです。職業倫理をしっかり持って自律的に働きたいなどと思っても、経営者がお金儲けを一番に考えるから、そんな思いは日々砕かれるだけで、職員同士が互いに互いを締め付けるような関係を強いられている、そんな絶望的な声が相談窓口に殺到しています。「ケア」というお金儲けと矛盾する分野が、市場の論理によって食い荒らされ、子どもたちや高齢者の命まで脅かされているのです。

◆“大人のいじめ”を根絶する方法は?

職場に蔓延するいじめやパワハラに歯止めをかける解決策はあるのだろうか。坂倉さんは相談業務を通し、光明を見出しているのだろうか。

製造業を中心とする経済成長が行き詰った後、日本では衰退する製造業に代わって広い意味でのサービス業が拡大しました。小売りや外食、規制緩和で介護や保育といったケア事業もサービス業の重要な一角を占めています。ですが、こうした労働集約的なサービス業は技術革新で生産性が上がるというようなことはなく、労働者をひたすら『長く、安く』働かせることで利益を上げる構造になっています。この国の経済は、この20年、30年間、労働者の使い潰しに依存するという一本槍で延命を図ってきたんです。

そして、労働者は過酷な労働環境のもとで『使えるやつ』『使えないやつ』に選別され、互いに分断されていく。『使えないやつ』は職場いじめの対象になってしまう。会社の方針に従順な『使えるやつ』にしても限界まで働かされて使い捨てられる人が大半です。日本の経営者たちはまだまだ、労働者を絞り続けるでしょう。それで利益を上げることは、労働者の抵抗がない限りは、非常に安易なやり方で楽な道です。新しい技術革新も人材育成の努力も要りません。

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いじめやパワハラがこれ以上広がらないためには、それを生み出す長時間労働や残業代未払いなどの過酷な労働について、さらにはこの国の経済のあり方について、『これはおかしい』と声を上げていくしかないでしょう。

いくら国や企業のトップが『働き方改革』と旗を振っても、現場レベルでなし崩しにされ、ごまかされることが大企業でもざらにあるし、それを上層部もほぼ黙認している。長時間労働にしろ、残業代未払いにしろ、水面下ではほとんど実態に変化がないという職場は多いです。違法労働の手口が巧妙になっただけ。働き方改革の表面を繕うために、現場ではむしろハラスメントが増えたという職場も多いようです。

でも、そうした中でも『やっぱり会社の方針はおかしい』と一歩踏み出す人は確実にいるんです。

例えば、介護や保育で働いていて、「利用者にとってこれはさすがにまずい」「会社の利益より大切なことがある」と意を決して、相談に来る人はいるんです。現状を何とかしたいんです、と。そうした職場や社会への違和感を大事にして、権利を十分に行使できるよう支援をするのが私たちの役目です。基本的に会社と闘うことになるわけですが、そうした姿勢を持つ労働者の文化が広がっていけば、職場も社会も変わっていくはずです。

◆「民主主義は工場の門前で立ちすくむ」

坂倉さんは最後にこんなことを語ってくれた。

熊沢誠さんという著名な労働研究者が、『民主主義は工場の門前で立ちすくむ』という本を、ちょうど私が生まれた1983年に書かれています。日本の労働者は自らの生活のために経営の論理を積極的に内面化して、職場において人権や民主主義が沈黙させられてしまうという内容の論考が収められており、私が強い影響を受けた本です。でも、僕らが直面してる現状を見ると民主主義や人権どころか、最低限の価値観すら、会社や職場の方針に疑問を抱く意識すらもはく奪されてしまっているような気がします。

「POSSE」の活動の一場面(写真は一部加工しています)

あの本が出版されてからの約40年で、日本はどれだけ後退してしまったのかと思いますね。経済成長期はまだ、雇用は保障されているからとか、給料は上がっているからとか、そういうことである程度の妥協ができたかもしれませんが、それらがなくなっているのに服従や従属することだけが残り、労働環境は過酷さを増す一方になっています。

私たちのもとには、労働相談の当事者はもちろんのこと、働く人たち人を支援したいという学生や若い社会人のボランティアも増えています。15年間の私のPOSSEの経験の中でも見たことのない勢いです。そうした新しい世代とともに一緒に声を上げ、よりよい社会に変えていきましょう、と呼びかけたいですね。

★坂倉さんが理事を務めるNPO法人「POSSE」は現在、過労死家族による労災補償の申請に向けて、サポート体制の拡充を目指したクラウドファウンディングへの協力を呼び掛けている。期限は2021年12月26日まで。詳しくは https://camp-fire.jp/projects/view/523589

(フロントラインプレス・本間誠也)

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