ニルヴァーナのカート・コバーンが経験した残酷な家庭環境と宗教での救い

Photo: Paul Bergen/Redferns

ニルヴァーナの「Lithium(リチウム)」は、名盤『Nevermind』に収録された「Come As You Are」の力強く変化するダイナミックスと、「Smells Like Teen Spirit」の潜在的に歌い出したくなるような感染力を持ち合わせている。しかし、聴いてそれとわかるパーソナルで苦悩に満ちた告白のようなものが感じられるか否で、「Lithium」はこの2曲とは異なっている。

<ミュージック・ビデオ:ニルヴァーナ「Lithium」> 

「Lithium」の背景:酷い家庭環境と宗教での救い

かと言って、カート・コバーンはこの曲の歌詞にあまり力を入れなかったというわけではない。事実、この曲の歌詞からは多くのことを推察できるが、彼は何度も「Lithium」で歌われているストーリーは架空のものだと言っている。

「この歌はガールフレンドを失った男の話だ。彼女がなぜ死んだかは判らないが、AIDSか交通事故か何かで死んだとしてみよう。男はふさぎ込んでしまい、自分が自殺に走ってしまわないように最後の頼みの綱として宗教に救いを求めた」

カートはこの歌には「ガールフレンドと別れたり、彼女との関係が良くなかった」という自分の経験の一部が含まれていると認めているが、歌の中で宗教のことが登場するのも、彼のバックグラウンドに根ざすものであると信じられている。

ティーンエイジャーの頃、両親の離婚、その後のトラウマによって裏切られたという思いから敵意を向けられたことへの反応として、彼は両親に反抗したことがあった。カートは母親が彼女のボーイフレンドに虐待されているのを目撃したりもした。

ある時は、カートの素行を改善するために、彼を父親とだけ住まわせることになったが、却ってそれは逆効果で、最終的に父親は責任を放棄して、他の家族や友人たちにカートの世話を託したのだった。ちょうどその頃、カートは両親が新生 (キリスト教)教徒だった学校の友人、ジェシ・リードの家に移り住んできた。ジェシの父親のデイヴ・リードはこう思い返す。

「カートの家族の状態はひどいもんでした。彼は母親について大きな問題を抱えていて、本当につらい時期を過ごしていた。彼とうちの息子はいつも一緒にいたこともあり、うちに一緒に住まないか、と誘ったんです。彼は喜んでその話に乗りました。彼にとって私はTVアニメの『ザ・シンプソンズ』に登場する敬虔なキリスト教徒のネッド・フランダースみたいに見えたんでしょうね。カートは息子のジェシとうちの家庭環境を通じて新生キリスト教徒になりました。教会のドアが開いてる日はほとんど毎日教会に行ってましたね。しばらくの間、彼は本当に真剣にキリスト教徒として生活していたんです」

後にカートは宗教への信仰を捨てることになるが、宗教については現状からの逃避と希望への道筋を可能にする方法として考えており、それは長年にわたってカートの中に残ることになった。彼は1992年にこう語っている。

「宗教っていうのは一定の人たちには有効なんじゃないか、と時々思う。気がふれてしまわないための最後の頼みの綱として宗教に頼ることはいいことだろ。僕のお気に入りの親戚がいて、ミュージシャンだった彼女の家にはいつも行ったりしてて、とても刺激を受けてた。その彼女が自分の人生に本当に幻滅しちゃって自殺まで考えるようになったことがあった。僕らは本当に彼女が自殺するんじゃないかと感じてたんだ。その彼女は今や新生キリスト教徒になっていて、宗教のおかげで今でも生きている。それっていいことだと思うんだ」

「Lithium」の録音とカートのフラストレーション

ニルヴァーナが「Lithium」を最初にレコーディングしたのは1990年4月、ウィスコンシンにあるプロデューサー、ブッチ・ヴィグのスタジオにバンドのメンバーが集まって、彼らのセカンド・アルバムのための曲のリハをやっていた時だ。カートはこの曲でのドラムスのチャド・チャニングの演奏に不満をあらわにした。

一年後のカリフォルニアで、最終的に『Nevermind』として形になるセッションを、今度はチャニングの後任のデイヴ・グロールのドラムスで行った時、彼らは再び「Lithium」にトライしたのだが、それは大きな問題につながることになったと、プロデューサーのブッチはこう語る。

「我々は、とある午後にあの曲を何度もやってみたんですがうまく行かず、何かがしっくり来なかった。そうしたら3回目か4回目のテイクの後にカートが爆発したんです」

そしてバンド・メンバーがフラストレーションを晴らすために、代わりに轟音で延々と続く彼らの曲「Endless, Nameless」をライブでレコーディングし始めたところ、カートが激怒してスタジオ中をのたうち回ったとブッチは語る。

「本当に突然起きたんです。あんなに激しい怒りとフラストレーションが人から吹き出すのを見るのは初めてでした。カートはとんでもなく大声で叫んでいたので、喉の奥から声帯が飛び出してくるんじゃないかと思ったほどです。それで彼は自分の左利き用ギターを叩き壊して、それでその日のセッションはおしまいとなりました」

「Lithium」の意味と双極性障害

翌日、無事に録音は完了して、やっと「Lithium」は完成した。この曲の歌詞は、主人公の落胆「I’m so ugly, I’m so lonely / 俺は醜い、俺は孤独だ」が、彼の庇護者となる神との啓発的な会話の中で癒やされていく様子を描いている。

そして主人公自身が彼のガールフレンドの死に対する責任があることを示しており、「And just maybe I’m to blame for all I’ve heard / 俺が聴いたことの責任は俺にあるのかも」という部分や、サビには重要な一節「I killed you / 君を殺したのは俺だ」というものもある。

しかし、この歌が彼の悔恨を訴える歌なのか、それとも彼が自分の失敗による責任を感じて、ただ嘆き悲しみ、救いを求めてキリスト教に頼っている歌なのかははっきりしない。

一方、曲のタイトル自身も、主人公の精神的状況を示唆している。「Lithium / リチウム」とは、双極性障害や深刻なうつ病の治療のために処方される薬品で、気分を安定させるその効能で患者が自殺に踏み切るリスクを減らす効果があることが知られている。

カートのいとこで、精神科の正看護師であるベヴァリー・コバーンは、かつてカートが双極性障害と診断されたことがあると証言している。

「双極性疾患は深刻なうつ病と同じ性質を持っていますが、怒りや陶酔感、エネルギッシュな言動、興奮性、注意散漫性、自信過剰などの症状として現れる急激な気分の変動を伴います。カート自身も間違いなく判っていましたが、双極性疾患はコントロールすることがとても難しく、正しい診断が重要です。カートにとって不幸なことに、適切な治療にしっかり従うことも重要な要素なんです」

リチウムと宗教による鎮痛作用の相互関係性については、宗教のことを「大衆にとっての素晴らしい鎮静剤」と呼んだカートの言葉で証明されているといえる。彼によると、リチウムも宗教も、存在することの時に耐え難いほどの厳しさから逃れるためのものだという。

「ほとんどの人は現実に向き合わない、でもそれだと全く価値がない。人は人生をとても神聖なものだと考える。死ぬことへの恐れがあまりにも重大ということもあり、たった一度のチャンスだしどうにかして他の人々に対して影響が与えられることをしたいと思うんだ。僕にとっては、人生なんて死後の世界に向かうレースのピットインみたいなものさ。自分が現実にどう対応できるかを見るための試験期間なんだ」

シングルとしてリリース

「Lithium」は『Nevermind』のリリースの約10ヶ月後の、1992年7月にシングルとしてリリースされ、「Come As You Are」や「Smells Like Teen Spirit」よりチャートの順位は低かったが、その煮えたぎるような表現力の部分では、それらの曲を凌駕していた。

静かな曲調と激しい曲調が対比する構成がより不吉な感じを与える効果のために使われ、メロディーは美しいが悪意に満ちたヴァースが次第に盛り上がり、カートが純粋に解放されたかのように「Yeah」と何度も叫ぶ最高のコーラスにつながっていく。

しかしサビで力強く執拗に歌われる「I’m not gonna crack / 俺は潰れないぞ」というフレーズで、「Lithium」は“困難に打ち勝って真の自由を絶対に手にするのだ”と決意した者たちのための強力なアンセムであることが明らかになるのだ。

Nirvana – Lithium (Live And Loud, Seattle / 1993)

Written By Simon Harper

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ニルヴァーナ『Nevermind』(30周年記念盤)
**2021年11月12日発売

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