「褒めてくれると思う」 佐藤義則氏、マスターズ甲子園出場で星野仙一氏を回願

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マスターズ甲子園に出場した佐藤義則氏【写真:喜岡桜】

函館大有斗OBの先発投手として初回をわずか9球で3者凡退

12月4日から2日間開催された「マスターズ甲子園2021」。2日目の第2試合では、函館大有斗OB(北海道代表)の一員として元阪急ブレーブスの佐藤義則氏が大津OB(熊本県代表)戦に先発登板を果たした。

1976年ドラフト会議で阪急ブレーブスから1位指名を受け入団し、入団1年目で7勝を挙げ新人王に輝いた。山田久志氏や山口高志氏らとともに阪急黄金時代を支えた投手陣の1人だ。

1998年に現役引退後、2002年から3年間阪神タイガースの1軍投手コーチを担当。試合前には球場を見渡しながら「緊張はまったくしてない。けど、届くかは分からないなあ」と冗談交じりに笑っていた。しかし、初回をわずか9球で3者凡退に抑える快投だった。

1994年にNPB史上(当時)最年長の40歳でノーヒットノーランを達成した佐藤氏は「あのくらいの力ならもっと球数を投げられましたよ」と余裕のある表情で聖地のマウンドを振り返った。

プロ、アマ野球の“原点”だった聖地・甲子園

マスターズ甲子園の名誉会長を務めている故・星野仙一氏は、佐藤氏が阪神・楽天では監督とコーチだった縁がある。「(見ていてくれたら)ストライク先行だったから褒めてくれると思う。『まだ投げられるんだな』と言ってもらえる」と懐かしんだ。

2019年に楽天のテクニカルコーチを退任後、2020年からは兵庫県西宮市にある関メディベースボール学院で野球の指導をしている。母校・函館有斗で甲子園を目指した49年前は、エースとして夏の甲子園南北海道予選の決勝に進出したが、苫小牧工に春のリベンジを果たされ甲子園出場を逃していた。

「小学生やもっと小さいころから野球を始めるけども、僕らの時代は硬式球を握るのは高校からだったから。みんな3年間ここを目指してやっているし、ここを通らないとプロにも行けない。甲子園は野球の原点だと思う」

今後もマスターズ甲子園大会や函館大有斗OBチームが繁栄していくことを祈念し聖地を後にした。(喜岡桜 / Sakura Kioka)