「検証・地位協定 不平等の源流」 日本政府の機密文書をすっぱ抜く 琉球新報(2004年) [ 調査報道アーカイブス No.58 ]

◆地位協定の改定を求めず、“解釈”に逃げ込む

米軍三沢基地のF16戦闘機が青森県深浦町に複数の燃料タンクを投棄し、大きな問題になっている。住宅地付近などに投棄したことはもちろん、事故処理に日本側が関与できず、飛行中止要請も無視されているからだ。そこには、「不平等」と言われ続ける日米地位協定の存在がある。

不平等な関係を固定化する地位協定の改定は求めず、日本国内向けには米側の要求を“適切”な法解釈で乗り切っていくー。日本政府のそんな姿勢を示す機密文書が暴露されたのは、2004年1月1日だった。報じたのは、沖縄県の地方紙・琉球新報である。1面に「条文超える米追随 地位協定の機密文書入手」「日本政府の考え方明示 “治外法権”容認」という大見出し。それに続く本文は、次のような内容だった。

日米地位協定に関する政府の基本解釈となる機密文書「地位協定の考え方」を琉球新報社は12月31日までに入手、全容が明らかになった。同文書は、表紙に「秘 無期限」と記された非公開文書。それによると、沖縄を含む日本国内の提供・施設区域における米軍の「排他的使用権」を認め、国内法の適用除外など治外法権的な地位を容認している。米兵犯罪の身柄引き渡し等を定める17条の解説では「日本側が第一次裁判権を有する事件でも公訴提起までは米側」とする点を「もっぱら米国との政治的妥協の産物」とし、「説得力ある説明は必ずしも容易ではない」と問題点を認めている。

地位協定の逐条解説書となる同文書(B五判、132ページ)は、復帰翌年の1973年4月に外務省の条約局とアメリカ局が作成。国会などでの答弁作成の基礎資料とされてきた。

沖縄県には在日米軍専用施設の7割が集中し、県民は長期間にわたって種々の負担を強いられてきた。しかも、米兵による凶悪犯罪や米軍機の事故を除くと、米軍普天間飛行場の辺野古移設問題が浮上するまで、沖縄の米軍基地問題を在京メディアが大きく報道するケースは決して多くなかった。そんな中、琉球新報と沖縄タイムスの地元2紙は、全国メディアには真似できないスクープを次々と放ってきた歴史がある。

日米地位協定の「考え方」に関するスクープも、その輝かしき実績の一つだ。

地位協定に関する機密文書をスクープした琉球新報の紙面

◆地位協定の改定を要求せず、“解釈”に逃げ込む日本

では、この文書はどういった性質のものか。これを調査報道で明るみに出した意義はどこにあるのか。取材を担った前泊博盛記者は、同じ紙面の「解説」でこう書いている。

……「−考え方」は、沖縄返還に伴う在沖米軍基地への地位協定適用などに対応するため、1973年4月に外務省の条約局とアメリカ局が、条項別に「法律的側面の現時点における政府の考え方を総合的にとりまとめた」(はしがき)ものだ。公海上での米軍演習地域の設定や核問題など、締結時には想定されなかった在沖米軍・施設への地位協定適用を「本来、改定で対応すべきを、解釈で乗り切るために策定した」(外務省高官)とされる。いわば“解釈改定書”だ。
文書には具体的な事例が多数盛り込まれ、米軍優位の協定内容への疑問や過去の国会での政府答弁の矛盾、問題点も赤裸々に紹介されている……

安保条約や地位協定を結んだ時には予想できなかった問題が、その後、日米間では生じてきた。本来は地位協定の改定を通じて対応すべきことなのに、日本政府は“解釈”によって問題をやり過ごしていた。それも徹底して米側に従属する形で、である。前泊記者はそこに「日米不平等の源流」を見たという。

◆「琉球新報に漏らした犯人」を徹底的に捜す外務省

この報道があった後、外務省は大騒ぎになった。琉球新報には「国家機密の開示は米国との信頼関係に重大な影響を与え、外交上大きな障害となる」との抗議が寄せられ、省内では「情報漏洩者を見つけ出し、守秘義務違反で処分する」との動きが強まった。

この動きを知った琉球新報は紙面で対抗する。第一報から2週間近くが経過した1月13日、なんと「ー考え方」の全文を紙面に掲載し、沖縄県内にばらまいたのだ。先日までの「秘 無期限」が沖縄では戸別配布ビラのように広く知れ渡ったのである。連載企画「検証・地位協定 不平等の源流」もスタートさせ、この年の6月末までの計56回も続けた。日米間の不平等を「外交機密」の枠の中に閉じこめ、沖縄の声に真剣に耳を傾けようとしなかった日本政府に向かって、調査報道の成果をぶつけたのである。

米軍普天間飛行場=2018年(撮影:高田昌幸)

◆情報源を守って守って守り抜いてスクープ

前泊記者はどうやって「ー考え方」という機密文書を入手したのだろうか。そのプロセスを公にしても良いという前提で、筆者(高田)はかつて、前泊記者から取材経緯を詳細に聞き取った。それによると、「ー考え方」という文書の存在を察知してから報道までに7〜8年を要したのだという。文書自体を所持している官僚も数人しかいない。

地位協定の問題が出てくるたびに、外務省が作った「地位協定の考え方」という文書があるらしいという話を聞いていました。でも、聞いただけです。「どこかにある」と人は言うけれど、機密文書だから見た人はいない。ツチノコ伝説とかネッシーのようなものです。見つかれば大発見ですが、見たという人はいてもまだ現物がないという話でした。

しかも、持っている官僚は数人らしい。その数人以外のところから入手できないと、この報道はできません。すぐにネタ元がばれますから。「ー考え方」は報道までにというより、カムフラージュに7〜8年かかったと思えばいいです。文書を入手してから外に出すまでに、それぐらいかかっています。

実は、最初に入手した「ー考え方」には、欠落がありました。その段階で表に出せば、欠落部分からネタ元が特定される可能性がありました。欠落を埋めなければいけないわけですね。その作業をして、全文のかたちにするのに時間がかかりました。

また、コピーをそのまま表に出すと、文書の汚れ、染み、書き込みがあったら、情報源を限定されるのでアウトです。だから、入手した文書の打ち直しも必要でした。オリジナルは絶対外に出しません。文字の欠けや文字ずれがあります。文字ずれを特定すれば、出どころがわかります。それらのカムフラージュ作業が膨大にあって……「ー考え方」を複数入手する必要もありました。(情報源が特定されるので)1冊では困ります。ものすごく手間ひまが掛かりました。

前泊記者に限らないが、とくに前泊記者は「取材源を守ることがいかに重要か」を力説した。

調査報道で大事なのは、ニュースソースを守ることです。このスクープではペーパーをくれた人はいない形になっています。いいですか? だから、ニュースソースはいません。これがとても大事なことです。

取材源を守ることは本当にたいへんです。守れなかったら、その瞬間、僕の職業は終わりです。防衛省や外務省は、職員と記者の交友関係などを徹底的に調べます。役所の幹部たちは「前泊さん、あなたが関係した防衛省の担当は誰々誰々、外務省時代の担当課長は誰々誰々、安全保障課の人は誰々誰々、この中に犯人がいることはわかっているんです」と全部洗ってきます。肝を冷やしたことは何度もありました。

それでも前泊記者の情報源は当然、一度も露見したことがない。時には“大技”を使って、省庁側の犯人捜しを止めさせたという。“大技”とは別の機密文書のことを指す。つまり、入手済みであり、かつ、まだ報道していない機密文書の存在を相手に暗に示しながら、自分の情報源を捜すような行為を中止しないと、こっちの機密文書も報道するぞ、と迫ったのだという。すさまじいばかりの迫力と伝え続けることへの執念を感じさせる。

2004年8月、米軍ヘリが沖縄国際大学の校舎に激突し、大破する事故があった。それを伝える同大学の掲示板=2018年(撮影:高田昌幸)

この「ー考え方」をめぐる報道は2004年の新聞協会賞の最終選考に残り、その最終選考会には在京メディアの編集局長ら5人が審査会委員として出席した。私の手元にある議事録によると、委員の1人だった全国紙の編集局長は「琉球新報がスクープした後、どこの新聞もフォローしていない。そういう程度の話だった」「他紙が追随しなかったのは、大特ダネでなかったことの証左」「政府も大変な秘密を暴露されたという意識もなかった」と発言している。この意見には他の委員も同調した。

全国紙の編集局長が“自分たち全国メディアが追わなかったから大したニュースではない”と言ってのける神経には驚くほかはない。琉球新報のこの調査報道スクープは選外になった。

(フロントラインプレス・高田昌幸)

■参考URL
単行本『検証「地位協定」日米不平等の源流』(琉球新報社・地位協定取材班)
単行本『日米地位協定の考え方 外務省機密文書』(琉球新報社)
単行本『権力VS調査報道』(高田昌幸・小黒純編著)

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