入管施設からは出たけれど 仕事できず医療も受けられず  外国人に冷たい日本の実態

大阪出入国在留管理局で在留カードを受け取ったブルゴス・フジイさん(左)=9月

 さまざまな理由で在留資格がない外国人に対し、日本は原則として処分決定まで入管施設に長期収容し続けている。長年、国際的に問題視され、3月には名古屋入管の施設に収容されていたスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさんの死亡でも注目を集めた。近年は収容施設から一時的に解放する「仮放免」が増えたが、これは批判に応えたというより、新型コロナウイルス禍で、施設内でクラスター(感染者集団)が発生するのを防ぐ措置を取った結果だ。

 収容されていた外国人にとっては朗報のようにも思えるが、実態は違う。仮放免中は仕事が禁止されて経済的に困窮し、国民健康保険に加入できず、適切な医療も受けられない。「重い病気でも治療費が出せない」「マスクや消毒液も買えない」。支援団体には悲鳴のような相談が相次ぐ。専門家は背景事情として、問題を放置する政府と、それを支える排外主義的な社会の風潮があると指摘する。(共同通信=助川尭史)

 ▽病床から必死の訴え

 日系ペルー人のブルゴス・フジイさん(48)は1991年に来日した。職を転々としながら生活しているうち、在留資格切れに。2017年に入管施設に収容され、約3年後の昨年5月、仮放免となった。長期にわたる収容期間が考慮されたとみられるが、理由ははっきりしないという。

 関西地方で妻子と暮らしていたが、今年6月ごろから体調を崩し、ステージ2の進行性膵臓がんと診断された。医師は開腹手術が必要と言うが、数百万円に上る治療費は到底、負担できない。仮放免のため働けず、世帯月収は児童手当などを含めて約9万円だけだ。国民健康保険にも加入できず、受け入れ先の病院を探すのも困難な状況が続いた。

 

入院中のフジイさん

 なんとか適切な医療を受けようとフジイさんは8月、国に「在留特別許可」を大阪出入国在留管理局に申請した。これは人道的な配慮の必要性などから、在留を認める措置だ。国民健康保険への加入も可能になる。

 家族は大阪入管を直接訪問して早期の許可を訴えた後、窮状を知ってもらうため大阪市で記者会見を開催した。「私を必要とする子どもたちがいる。助けてください」。会見場では病床で録音したフジイさんの悲痛な訴えが流れた。

 フジイさんの弁護団は「審査に半年以上かかるケースも多い」と懸念していたが、約3週間後、異例の早さで1年間の期限付きの在留特別許可が出た。全国の支援者からの寄付もあり、10月には手術を受けることができた。

 現在も療養が続くフジイさんは、在留カードを受け取った直後の取材に、喜びつつこう語っていた。「日本は大好き。支援してくれた人に感謝したいが、私はたまたま幸運だっただけ。入管のシステムは変えた方が良い。他にも困っている外国人はたくさんいる」

 ▽コロナ禍で仮放免は急増、在留特別許可は減少

 仮放免された人の数は15年から減少が続いてきたが、昨年は一転して約800人の増加となった。理由の一つとして考えられるのがコロナ対策だ。昨年5月にまとめられた出入国在留管理庁のコロナ対策マニュアルには、施設内の3密解消のため「仮放免を積極的に活用する」との規定が設けられた。昨年は3061人が仮放免されている。

 ただ、フジイさんのように在留特別許可を取得できた人は多くなく、昨年は1478人だった。6359人だった10年と比べ、大幅に減っている。許可率(申請者に対する許可割合)を見ると、2000年代はほぼ80~90%だったが、16~20年は50~70%程度と減少傾向。入管庁は理由について「許可基準の変更はなく事案ごとに判断している」と説明している。

 ▽医療機関、支援の現場は限界

 仮放免された後、在留特別許可がない外国人の頼みの綱となっているのが、生活困窮者の医療費を減免する「無料低額診療事業」を行う医療機関だ。

 この事業は社会福祉法に基づく制度で、日本人も含めて生活が苦しい人の貴重なセーフティーネットだ。ただ、事業に携わる医療機関もコロナ禍で大きなダメージを受けている。

 「助けたい命が目の前にあっても助けられない」。10月20日、在留資格のない外国人の医療制度整備を求める弁護士や医療関係者が大阪府庁で記者会見した。

 出席した耳原総合病院(堺市)の吉本和人事務次長が、現場の実状をこう明かした。

 事業に参加する多くの病院では、減免される固定資産税などを無料や低額診療の原資に充てるが、耳原総合病院は社会医療法人で課税対象外のため原資がない。

弁護士や医療関係者が開いた記者会見=10月、大阪府

 ただでさえコロナ対応で通常診療は減り、財政が逼迫している。無保険の外国人にがんなどの治療をし、数百万円を負担したケースもある。「(仮放免者らの)医療のニーズに苦労して応えても、何も収入にならない状況が続いている」

 ピンチなのは病院だけではない。NPO法人の北関東医療相談会(群馬県太田市)には今年に入り、電話相談が千件以上寄せられた。月別で前年の2倍近い。長沢正隆事務局長は「入管が本来、仮放免者をケアしなければならないのに、病院や善意の支援団体に甘えっぱなし。もう限界だ」と憤った。

 ▽環境整備求める署名、広がらず

 支援体制全体が疲弊する中、吉本さんや長沢さんらが呼び掛け人となり、国に最低限の医療環境の整備を求めるインターネット署名が「Change.org」上で始まった。

 求めているのは(1)健康保険に加入できる在留資格を、医療を必要とする仮放免者に出し、治療費を入管庁が負担する(2)困窮する外国人を受け入れる病院への補助を拡充する(3)健康保険のない外国人の医療費は高額設定しない―。しかし、署名数は約3400(15日現在)と伸び悩む。それどころか、ネット上では「自己責任」「国に帰って治療したら良い」という書き込みもある。

 ▽専門家は「排除より居場所を」

 こうした問題を自己責任で片付けてしまっていいのだろうか。移民政策が専門で、外国人支援の現場でも活動している国士館大学の鈴木江理子教授に話を聞いた。鈴木教授がまず指摘したのは国の姿勢だ。

国士館大学の鈴木江理子教授

 「仮放免者には、迫害の恐れがあって母国に帰れない人や、日本国内に家族がいて社会の一員として長い間、暮らしている人もいる。子供も高齢者もいる。さまざまな事情があるのに、国はそのような事情に耳を傾けることなく、『いてはいけない人たち』とまとめて認識しているのだと思う。送還のために国費を使っても、国内に残る人の支援はしない。『帰ろうとしないあなたが悪い』『帰らないあなたの責任だ』と責める構図になっている」

 日本社会に根強い抵抗感についても疑問視する。

 「助けなくてもいいという主張は、守られるべき人権のハードルを下げることにつながる。結果的に私たちにも跳ね返ってくる。人間らしく生きる権利は、国籍や在留資格に関わらず、等しく保障されるべきものだ」「コストについても、正規の滞在期間を過ぎた外国人を収容したり、国境を管理したりすることに多大な費用を使っている。排除の費用を度外視し、包摂のための費用だけを問題視するのはおかしい」

 鈴木教授はその上で、仮放免者の帰れない事情を考慮したうえで、受け入れることの重要性を訴えた。

 「いたずらに仮放免者を追い詰めても、問題は解決しない。就労できる資格が与えられれば、『コスト』ではなく、その可能性をこの社会で生かすこともできる。労働者として働くだけでなく、通訳やボランティアとして活躍できる人もいる。日本社会にとっても、好ましい選択だ」

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